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第2章 2人乗りには気をつけて

 本当になんでこんなことになってしまったのだろうか?

 そもそも学校の帰り道でホストクラブで働く男と自転車に2人乗りした私たちがぶつかりそうになって、避けたはいいものの、男が驚いて持っていた花瓶を落としてしまったことからすべてが始まる。その花瓶というのがまた厄介だった。どうやら、店のお得意様からのプレゼントらしく、ちょうどホストクラブの近くにその人の家があるため、その男が取りに来るように頼まれたそうだ。

 花瓶の相場は恐ろしくて聞けなかった。

 私たちは、表通りに建つビルの2階に位置するホストクラブに案内された。中は数人の男性がいる他は誰もいなかった。私たちは、裏の事務所でしばらく待たされることになった。

 少し時間を置くと、ようやく頭の中が整理されてきた。

「あのさ、佐々・・・・・ごめんなさい。こんなことになちゃって・・・」

「ほんとだよな〜柚芽(ゆめ)のせいだ」

「・・・・・ごめん」

「嘘だって!本気にすんなよ!大丈夫、俺働いて弁償するから。なっ?」

 そのとき、あの男が言っていた「体で払え」という言葉を思い出した。

「私・・・一晩いくらなんだろう・・・・」

「何言ってんの!?そんなことしなくていいって!!つーかするな!」

「だってそうでもしなきゃ、一生働かされることになるかもだし」

「俺のことはいいって。俺のせいなんだし。それより・・・」

 佐々木が言いかけたとき、さっきの男とは違う、もっと茶髪で髪の毛の長い20代前半くらいの男が事務所に入ってきた。いかにもホストという風貌をしている。

「話は聞きました。私がここの責任者の坪井(つぼい)です。見たところ、あなたたちは高校生のようですね」

 見た目とは裏腹に坪井という男の話し方は丁寧だった。ルックスは私のタイプではないが、醸し出す雰囲気は私好みかもしれないとなぜかそのとき思った。

「はい、そうです」

「そうか・・・実はあの花瓶は・・・・・・・・いや。とりあえず今日1日タダ働きをしてもらいたいと思っています。そちらの女性には開店前の準備と営業中の裏方の仕事を、男性の君にはヘルプとして僕についてもらいます。あぁ、お酒は飲まなくても構いません。そこは私がフォローします」

「わかりました」

 そこで素直に、はいわかりました、と言える佐々木がすごいと思った。いや、すごくない。ありえない展開に私の頭の中はぐるぐるしていた。


『はははっマジで〜!?超おもしろー!』

 電話で事情を説明し、その返事としての(かおる)の開口一番がそれだった。笑い事じゃないんだ、むしろ心配して欲しかったんだ・・・。そう思いながらも、私の声はひそひそと小声だった。

『で?今日は私の家に泊まっておくことにしておけばいいんだね?』

「そういうことにしといてほしいです」

『いいよ。そっちのほうは心配しなくても。それより明日報告しろよ〜』

 この友人は、どちらかというと私の境遇を楽しんでいるように思える。私はため息とともにケータイを切った。

 私が任されたのは、店内の掃除と、グラス磨き。後の仕事は順を追って説明されるという。今は雑巾を片手に『塵1つないように』テーブルの上を磨いている。

 体で払うとは、私が考えていたようないかがわしいものではなかった。それはそれで安心したが、今度は佐々木の仕事が気になってしまった。あいつは何をされるのだろうか・・・?佐々木は私と違って単純で純粋だから、嫌な仕事をどんどん押し付けられているかもしれない。

 だんだん最悪な考えになってきたところで、近くの扉が開いた。

「あっ、柚芽!見て見て似合う?俺のコスチューム!」

 扉から出てきたのは、髪を立たせ、いくらかホストに見えなくもないノリノリの佐々木翔太だった。何を思ったのか、彼は私の耳に手を当ててきて、

「お客様、今夜は眠れない夜にしてあげる・・・」

 声と同時に耳元に吐息がかかった。鳥肌が立った。

「どーお?俺の色仕掛け」

「キモイよ!っていうか自信満々にやってる佐々が1番怖いよ!」

「え〜いいと思ったのになぁ」

 ふてくされた佐々木の背後の扉が開いてぞろぞろとホスト陣が出てきた。ぎょっとするほど大人数だ。開店前にお客を呼び込むキャッチと呼ばれることをしていると坪井に聞いていたが、いつの間に戻ってきたのだろうか。

「開店だ。カケル準備して」

 坪井の言葉に、佐々木は頷いて駆け出す。カケル、どうやらそれが彼の源氏名らしかった。たぶん翔太の翔からカケルという名にしたのだろう。


 開店と同時にお客さんは入ってきた。まず、店の玄関口でホスト総出でお出迎え。まるで、バージンロードを歩いてるかのような気分で、お金持ちのマダムが嬉しそうな顔をしている。持っているバッグも身につけているアクセサリーも素人の私が見ても高価なものであるとすぐにわかった。本当に別世界だ。

 常連客はすぐにホストを指名するが、初めて来店したお客さんは玄関先にずらりと並んだ彼らの顔写真を見て決める。もちろん誰でもいいと言うこともできるらしい。

 開店30分後にして店は混雑していた。

 私はキッチンで洗い物をしながら佐々木を捜していた。慣れない場所で1人だと心細い上に、さっきから姿が見えないのだ。なぜか意味不明な妄想が頭の中に浮かんできた。

「今ぜってー変なこと考えてただろ」

 気づくといつの間にかグラスを手に抱えた佐々木が背後にいた。

「佐々!いたんだ!」

「今来た。これお願いね」

 そう言ってグラスを渡された。

「ねぇ・・今何やってんの?さっきから姿見えなかったけど・・・」

「え?坪井さんのところでヘルプに入ってたよ?あっ、やっぱ変なこと考えてたんだ。柚芽はすぐに顔に出るからなー」

 笑いながら頭をなでてくれているらしいが、なんとなく髪の毛をぐしゃぐしゃにしているようにしか思えない。だけど、その行為に私は安心した。

「心配しなくても大丈夫だって。それよりあそこの席見てみろよ」

「どこ?」

「ほら、隅っこの席。茶髪を縦ロールもどきにした女の人がいるんだけど・・・」

「あーわかった。・・・なんかどっかで見たような」

「あれ3丁目の雷オヤジの長女だよ。おもしれー!ホストクラブに通ってたんだ。オヤジが知ったら勘当(かんどう)されるな」

 3丁目の雷オヤジはこの辺りでは有名人だ。昭和の典型的オヤジがそのまま平成にやって来たような人で、とにかく怒ると誰であろうと怒鳴り散らす。子供が3人いるのは知っていたが、直接面識があるわけではなく、遠くから見たことがあるだけだった。

「どうしよ・・・実はオヤジはホストでした、なんてオチがあって、親子の衝撃的対面があったりして」

「ウケる〜!!」

 私を安心させるために雷オヤジの長女の話をしたのか、単純に面白かったからなのか理由はわからないが、それでも私が冗談を言えるようになったのは佐々木のおかげであった。しゃくだけど、少しだけ感謝した。

「カケル、坪井さんが呼んでるよ」

 やって来た他のホストの言葉に頷いて佐々木は行ってしまった。

 私も食器洗いに専念した。


「ドンペリ入りまーす!」

 時々聞こえるこの言葉で、周囲はかなり盛り上がっている。観察していると、トークが面白いことが分かった。話題に事欠かない。そして、常に女性を持ち上げ、女性優先の立場をとっている。ここでは当たり前のことなのかもしれないが、改めて見るとまるで女王様にでもなった気分だ。お客でない私に対しても男性陣は優しくて、明るい気持ちにさせてくれた。

 気になるのが、やっぱり佐々木だ。今度は見える位置に座っているが、最初は明るく場を盛り上げていたのに、急に態度が変わった。仕舞いには、頭まで下げ始めて、最終的に土下座をしていた。

 なんだかまたすごく心配になってしまった。


 私たちが帰ってもいいと言われたのは午前4時頃だった。どのみち家に帰るつもりはなかったし、また明日もここへ来ることになるだろうと私が覚悟していると、

「今日1日で十分です。ごくろうさまでした。これからは前方に注意して自転車に乗ってくださいね」

「へ?あの、花瓶の弁償は・・・」

 思わず、素っ頓狂な声が出た。坪井はにっこりと笑う。

「あの花瓶は、本当はお客様が趣味で作った物なんです。ですが、お金には代えられないと言ってもウチの大切な物。だから、カケルに直接お客様に事実を話して謝罪してもらったんです。大丈夫、許して頂けましたよ」

 だから土下座していたのか・・・。私はようやく納得した。何も知らなかったのはどうやら私だけのようだった。


「今日その花瓶のお客さんが来ることいつ知ったの?」

 帰り道、佐々木が自転車を引き、私がその隣を歩きながら尋ねる。

「開店する少し前に坪井さんに教えてもらった」

「一言言ってよ。そしたら私も謝ったのに」

「それはだめ。ここはホストクラブだもんね。柚芽も一応女だし」

「一応は余計だっ」

「ははっそうだな!じゃぁ、お詫びに家までお送りします」

 そう言って佐々木は、自転車にまたがった。男が乗るにはサドルが低いが、それよりも私が気になったのは、2人乗りをしようとしていることだった。

「乗らないの?」

「なんかヤな予感がする」

「だーいじょうぶだよ。早くしないと置いてくよ〜」

 置いてくよ、と言いながら自転車をこぎだすので、慌てて後ろに飛び乗る。

 しばらく乗っていて、ふと思った。こんな風に過ごすのは久しぶりだ。ロクなことが起こらなかったが、でも、すごく楽しかった。懐かしい・・・

 こんな日々が続けばいい、一瞬そう思った。

「げっ!!!」

 それは、一瞬だった。その声とともに自転車が斜めに傾いて、遠心力でぽんと放り出された。今度は反対の膝を擦りむいた。

 佐々木はというと、転んだ形跡はなく、

「ワリ、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよ!」

「いや・・人とぶつかりそうになちゃって・・・」

 そのことに気づいて、慌てて佐々木はぶつかりそうになった相手のほうへと駆け寄った。私の位置からだと、四つん這いになっているバーコード頭が見える。そして、傍にはなぜか折れた盆栽があった。

 嫌な予感がした。

 バーコード頭がゆっくりと起き上がった。

「バカタレー!!!!!」

 朝方にありえない落雷の音がした。それは、3丁目の雷オヤジだった。

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