第15章 今年1年の占い
年が明けた。
1年の始まりで最初に楽しみなことと言えば、年賀状だった。今の若者は年賀状よりもケータイで新年の挨拶を済ませてしまうが、私は年賀状のほうが好きだった。特に、1月1日に届いていると嬉しくなるのだ。
昼ごろに起きていくと、リビングのテーブルの上に年賀状の束が届いていた。クラスメート、親戚、中学生のときの友達。私が年賀状を送っていない人からも届いていて、焦って年賀状を書き始める。
と、そのときテレビで今年1年の12星座占いというものがやっていやので何気なく私は目線をテレビに移した。
『みずがめ座の女性は・・今年はもう少し女らしく過ごしてみて!周囲の反応が変わってくるよ!言葉遣いも気品を大切にねっ!男性のアナタは・・進むことも大切だけど、たまには一歩後退するのもいいかも!新たな進展につながりそう!みずがめ座のラッキーアイテムは卓球のラケットだよ!』
それから、初詣に行ったり、親戚の家に行ったりと忙しくしているうちに、高校の始業式の日になってしまった。
「あ、柚芽おはよー」
教室に入ると、朝ごはんを食べていた西村と冬休みの宿題を必死になって片付けている佐々木の姿が目に入った。
「あら、おはよう。佐々木君、西村君」
飲んでいたペットボトルのお茶を危うく吹き出しそうになっている西村を無視して私はにこにこと笑顔で接する。佐々木の持っていたシャープペンシルの芯が折れて私の顔にぺちっと飛んできても気にしなかった。
女らしく、言葉に気品を・・・今の私にはそれだけだった。
「え・・なんかキモいよ。どうしたの?」
佐々木が心配してくれているらしいが、キモいとは失礼だと頭の片隅で思いながら、
「そんなことないわ。いつもの私じゃない」
「いつも変だけど、3倍増しで今日は変だぞ。悪いもんでも食ったか?」
そんな西村の言葉にも私はうふふと対応する。なんとなく変と言われれば変なような気がすると今さらになって気づき始めた。
「・・・・・・・・・・なんか違う。こんな反応を求めてたわけじゃない・・・・・」
「変なのは柚芽だけじゃないよ。鳩山も変だったよな?」
「鳩山?」
うんと佐々木はうなずいた。
「教室に後ろ向きで歩きながら入ってきてさー。なんか登校するときも後ろ歩きだったとか・・・」
思わずぐるんと鳩山のほうを向いた。自分の席で佐々木と同じように宿題を片付けている。その机の上には、卓球のラケットが置いてあった。
そういえばと今さらになって思い出した。確か前にミッチーが、鳩山の誕生日は2月10日だと言っていたはずだ。つまりみずがめ座だ。みずがめ座の男性の運勢は、後退することも大切だとか言っていたような気がする。
「鳩山ァ!!」
私は容赦なくだんっと鳩山の机を手で叩いた。
「なんだ!・・・・三枝か、びっくりさせんなよ!」
「鳩山ってみずがめ座なんだよね!?」
「あ、ああ」
びくびくしたような顔で鳩山は答える。私は早口でまくしたてた。
「昼休み、一緒に卓球やんない!?」
「・・・・・おう!やるぜ!同士がいたー!!」
後で思えば、私たちはかなりガキだったのかもしれない。
昼休みに誰もいない体育館の2階を借り、中央に卓球の台をどしんと広げた。ネットを張って私はシェイクと呼ばれるラケットを握る。
「いーい?鳩山。勝負は1セットマッチ。先に11点取ったほうが勝ちだよ!」
「おうよ!ぜってー負けねーかんな」
いつのまに勝負になったのか、私と鳩山はなぜか気合が入っていた。得点係として無理やり連れてきた薫とミッチー、興味本位でついてきた西村と佐々木はなんとなくテンションが低そうだった。
「ねぇ・・なにあいつらあんなにはりきってんの?」
薫がどうでもよさそうにミッチーに尋ねる。
「なんか今年1年の運勢を賭けてるんだって。本人たちは必死なんだよ」
「行くぜ!三枝柚芽!」
「来い!鳩山大貴!」
勝負は、元卓球部だった私が常に優位だった。初心者相手に一切の手加減なしで私は本気で攻めていった。
「俺、今柚芽と卓球やったら負ける気がする」
ぼそりと西村がつぶやく。
「そうか?カズは賭け事負けねーじゃん」
「球技はそんなに得意じゃないんだよ。っていうか、気合ですでに負けてる」
「そりゃそうだ」
結果は11対4で私の圧勝だった。買った喜びと同時に一気に現実世界に引き戻されてしまった。4人の観客を見ると、誰1人として何も喋らなかった。
目の前で、鳩山が悔しそうにしゃがみこんだ。
「あー・・・完敗だわ。柚芽強いなー」
初めて名前で呼ばれてすこしどきっとしてしまった。私もその場にかがみこむ。
「大貴もかっこよかったよ。ほら、一歩後退ってこういうことだったんだよ」
私は体育館の隅にいる観客の1人、薫を見た。少し赤い顔で驚いたように私たちを見つめていたが、私と目が合うとすぐにそらされてしまった。
「やきもちやいてんだよ。私と仲良く卓球やった上に、今下の名前で呼んじゃったから」
「ちっ違う!そんなんじゃない!」
薫が精一杯否定しているが、ミッチーに背中を押されて前につんのめりそうになりながら数歩こちらに近づいてきた。鳩山も薫に近づいていく。
「倉咲・・・そろそろ返事聞かせてもらってもいいか?」
私の位置からだと鳩山の顔は見えなかったが、薫のことは見えた。うつむきながらその頬は真っ赤だった。
薫が何か答えようとする、そんなときだった。
「ぶえっっっくしゅ!!!」
そのなんとも場違いなオヤジ臭いくしゃみは、いつかの天才犬のクゥのようだった。その根源を見ると佐々木があーとぼやきながら鼻をすっている。
「あーーー・・・すんません。どうぞ続けて」
涙目になりながら何事もなかったかのように振舞う佐々木に、隣にいた西村がチョップをかまし、ずるずると引きずって体育館から出て行った。私とミッチーもその後に続く。
まぁこれで貸し借りはなしということで・・・私は体育館を振り返って薫にそう告げた。
翌日、鳩山と薫のカップル誕生はクラス中に波紋を広げた。まず、ガキ大将的な存在の鳩山に彼女ができたこと。その彼女が美人で現実的な薫だということ。そしてなにより、不釣合いな2人がお似合いでラブラブだったこと。
朝登校してくるときも、目撃者によると手をつないでいたとか。
「薫、大胆じゃーん」
私は茶化したつもりで言ったのだが、薫にはきょとんとした顔をされた。
「え?だって付き合ってるんだもん。柚芽だって手くらいつなぐでしょ?」
私はえっと思ってしまった。付き合い始めて2ヶ月たつが、デートだってクリスマスの1回だけだし、別に登下校をわざわざ一緒にしているわけでもない。学校でいつも顔を合わせるからこれ以上一緒にいる必要性も感じなくなっているのかもしれない。手をつなぐなんて考えたこともなかった。
「用事がなければこれからは大貴と一緒に帰ることにしたからよろしくね」
すでに下の名前で呼んでいるらしい。
「ねぇ、ミッチー。私なんだかムカムカしてきたよ」
「同感」
さすがのミッチーも呆れているらしかった。薫だけがやっぱりきょとんとして、
「なに?胃でも痛めてんの?」
「薫、ジュース買いに行かね?」
「あ、いいよ」
ちょうど現れた鳩山に薫はほいほいとついていく。自販機なんて階段を下りてすぐの所にあるのだから1人で行けよと私たちは強く思った。
「それにしても、なーんで私女らしく接したのに周囲の反応変わんなかったんだろー・・・鳩山の運勢は当たって私ははずれるなんて不公平だなー」
ぶーぶーと文句を垂れて、西村と佐々木に愚痴を言うと、2人は顔を見合わせて苦い顔をした。
「そもそも柚芽って根本的に違うんだよ」
「それにある意味で当たってたかもよ。俺らの反応はいつもとは違ってたから」
「そんな反応を求めてたんじゃないんだよ〜・・・」
口々にそんなことを言われた私はしゅんとなった。
あのテレビの占いは当たっているのかどうかは微妙だったが、とりあえず薫と鳩山のカップルも誕生したことだし、これはこれで良かったんだと思うようにした。
 




