第14章 冬休み―クリスマス兼誕生日―
12月、それは1年の締めくくりの月だ。
私は、少し曇った空に向かって息をはーっと吐いてみる。なんとなく白くなるのが嬉しかった。
家から1分くらいの所にある公園へと自転車を急がせた。最近はそこで待ち合わせている相手がいる。
「佐々ー!ごめん、待たせたー!」
言った直後、自転車の前輪と道路と歩道の間にある段差に躓いてしまった。体が傾いてそのまま地面に頭から突っ込みそうになって・・・視界の片隅で佐々木が動いたのがわかったが、そのまま地面に突っ込んだ。
なんとか手をついたので顔を怪我することはなかった。しかし・・・
「普通さ、こけそうになってる人を助けない?自転車を助けてどーすんの!?」
「いや・・・自転車のほうが手前にあったから」
がっちりと自転車をつかんでいる佐々木は、あははと笑いながら言ってのける。
いつもこんなカンジだった。2人の過去を知ってからも私は普段どおりに接した。ここが2人にとって安らげる場所であったらいいと思う。
もうすぐ冬休み。そして、もうすぐ佐々木と西村の誕生日だった。
「12月24日が佐々木君の誕生日で25日が西村君の誕生日なんだって」
それは数日前の放課後、ミッチーがなんとなくうきうきしながら薫にそう話していた。薫はさして興味なさそうに、いや本当に興味がないらしくどうでもいいような声でへーと答えた。
「すっごいよね!2人とも1日違い!」
「それよりも2人ともクリスマスに生まれてるほうがすごいと思うけど」
「ちなみに・・・鳩山君は2月10日生まれ!バレンタイン前だよ」
薫は興味なさそうにしているが、今度は動揺していることが私にはわかった。
「柚芽は?去年は何あげたの?」
「えぇ・・・去年は・・・何もあげてない。メールしただけ・・・・・」
「ほーじゃぁ中学のときは?」
「カズには・・・アジの干物。佐々には・・・なんだったっけ。そんなたいしたものあげてないと思うよ」
「うん。そんな気がする」
ミッチーと薫が少しずつ私から遠ざかっていくように感じるのは気のせいだろうか。
しかし、プレゼントなんて昔から何をあげたらいいのかわからなかった。都合のいいことに2人の誕生日は1日違いだから、まとめてあげたこともある。男の好みなんてわからないんだ。
とある策を思いついたのはこのときだった。
「おーい、柚芽?こけたひょうしに頭でも打ったかー?」
はっとして我に返る。そうだ、今この策の第1段階を実行するときだった。
佐々木から自転車を受け取り、私は改めてこほんと咳き込んだ。
「あ、そうだ柚芽。24日って暇?」
先に言葉を発したのは佐々木だった。今まさにそのことを言おうとしていたからさすがにびっくりしてしまった。
「へっ?あ・・暇だけど・・・・・」
「じゃぁさ、一緒にクリスマスマラソン大会に出ない?」
「は?何ソレ?」
突拍子のない言葉に私は目をしばたかせる。
「よくね?クリスマスにマラソンだってさ!なんかカズが出るっていうからさ、俺も出たくなって、柚芽ももし良かったら一緒にどうかなーって・・・」
その顔は、もうすでに出る気満々らしかった。マラソンなんて私の苦手なことだったりして散々迷ったが、まぁ西村と佐々木3人で一緒にいられるということは元々の私の策どおりだったので、
「うん。いいよ」
と答えてしまった。
そうしてクリスマスになった日、市内で開催される『聖なる夜こそマラソン大会!』という意味不明のイベントにはなぜか大勢の人が参加していた。しかも、走る時間帯が午前の部が11時、午後の部が7時と別れている。私たちは午後の部に出る予定だ。
スタートの1時間前、私は受付でゼッケンをもらってると西村が現れた。
「よ!やっぱ来ると思ったよ」
「そうなの?来ようかすっごい迷ったけど・・・」
「え・・?柚芽・・・・・・や、なんでもない」
何かを言いたかったのかは知らないが、西村がゼッケンをもらいに言ったので聞くことができなくなった。代わりに無意識に左足を眺めてしまった。春休みに会ったときは普通に歩いていたから、あの事件があったときはもう少し前の話になる。私は正式な日時を聞いていなかった。
たまにドラマで似たようなシーンを見たことがあるが、それで外傷はひどかったらしいが佐々木の肋骨のヒビで済んだケガは本当に奇跡だ。西村はもう普通に走っているのでリハビリは順調ということなのだろうか。
と、戻ってきた西村と目が合った。
「どした?」
「あ・・・ううん、足治ったんだなって」
慌てて言い繕ったつもりだったがすぐに地雷を踏んでしまったことに気づいた。
「・・・・・知ってるんだな」
「あ・・・うん、ごめん」
「ううん。いつかは話そうと思ってたんだ。心配かけてごめんな」
その笑顔が悲しかった。安らげる場所であったらいいと思っていたのに、辛いことを思い出させるつもりなんてなかったのに。
「そんな顔するなよ。今日はクリスマスなんだから、サンタさん来ねぇぞ?」
「・・・そうだね。うん、ありがと・・・・・」
ちょうどそのとき佐々木がゼッケンを持ってやって来た。私は笑顔で出迎えた。
午後7時、マラソンはスタートした。
私は自分のペースで走るつもりでいたが、佐々木も西村も私に合わせてくれた。どうやら2人にとって、速く走ることよりもゴールすることに意味があるらしい。星空の下をゆっくりと走り続けた。
「あっ、あれオリオン座だ!」
「いつも出てるだろ。俺なんか部活の帰りにしょっちゅう見てる」
そんな佐々木と西村のやり取りを私は隣で聞いていた。めちゃくちゃだけど、気がつくといつも私の傍にいてくれた。それだけで救われた。
坂もなかったし、ゆっくり走っていたのでペースも乱れなかった。
私たちは3人でゴールした。
「はい!誕生日プレゼント。カズにはちょっと早いけど」
私が渡した物を見て、2人はうーんと悩みこむ。
「なに?」
「今度はなんだろうって思って・・・確か前はアジの干物だったよな」
「俺んときはキュウリの漬物だったよ。今度はナスとか?」
「・・・食べ物はやめたの!」
佐々木にはキュウリの漬物をあげたんだったと今さらになって思い出した。今回のプレゼントは、迷った挙句にマフラーをあげることにした。それぞれのイメージになるべく合うような物を選んだつもりだった。
「お、マフラーだ。サンキュー」
「柚芽にしては上出来だね」
「どーゆー意味よ・・・」
失礼なところは昔も今も変わりない。私ははーっと白い息を吐いた。
帰り道をしばらく歩いたところで、西村がコンビニに寄るから先に帰っててと言い出した。
「あ、じゃぁ私も行こうかな」
「俺も」
「おまえらは来んなよ。せっかく気を遣ってんのに。そうだ、柚芽」
ちょいちょいと手招きをされて私は西村に近寄っていく。なにやら話したいことがあるらしかった。
「あのマラソンって恋人同士で走るとずっと一緒にいられるって言われてるんだ。佐々はそれで柚芽を誘ったんだよ」
心臓がどくんと高鳴ってしまった。そういえばそんなような話をミッチーに聞いたことがある。すごく嬉しかった。
西村はじゃあな、と言ってコンビニのほうへ走っていった。
なんだか変に緊張してしまった。いつも以上に心臓がどくどくと鳴っている。
とりとめのない会話をしていると、すぐに私の家の前に着いてしまった。ん、と何かを渡されたときは一瞬びっくりした。
「え・・何?」
「今日はクリスマスイブだろ」
そうだ。私は誕生日にばかりかまけてしまって、まったくクリスマスのほうを意識していなかったのだ。
渡された物は、長細い箱だった。中を開けてみるとかわいい時計が入っていた。
「ありがとう!・・・っていうか、私クリスマスのことなんて全然考えてなかった・・・なんかごめんね」
「俺は嬉しかったよ?俺たちのこと考えてくれてて・・・このマフラー」
そう言って首に巻いてあるマフラーを示した。
「選ぶのにすごい必死だったって向井さんに聞いた」
「ミッチーめ・・・じゃぁプレゼントの中身知ってたんじゃん・・・・」
「それは知らなかったよ」
なぜか笑って佐々木は答える。何に対して笑っているのかわからなかった。
「でさ・・・柚芽、明日どっか出掛けない!?」
急に態度が急変した。私は佐々木が照れているのがわかった。そういえば初めてデートに誘われたと今さらになって思った。
「行く!」
私の吐いた息が白くなって空に上っていった。きれいな星空だった。