第12章 2人の過去―前編―
少し暴力シーンを含みます。
苦手な方はご遠慮ください。
秀明高校。この県で超難関校といって最初に思いつく学校がここである。有名大への進学率も非常に高く、ここさえ出ていれば例え高卒でも就職において有利になるとさえ言われているほどだった。
しかし、通っている生徒は他となんら変わりはない。普通に登校し、普通に授業を受け、普通に寄り道をして帰る。要は時間の使い方が上手い人が多いのだ。それでも変わり者もいる。
「あ・・間宮航平だ」
小声で囁かれるその人物は、間宮航平という名の不良だった。赤茶髪に耳にピアス、だらしなく着くずした制服、もし他人が見たら秀明高校の生徒だとは思わないだろうその人物は、この高校でとにかく嫌われていた。間宮に関わると仲間の不良に呼び出されるといった噂も流れた。
だから、みんな自然と間宮とは距離を置いていた。彼らを除いては・・・
「おーっす!まーみやー!」
軽快な声とともに聞こえる自転車のブレーキ音。間宮が振り返ると、自転車に2人乗りした男子生徒2人組みがつっこんできた。慌てて飛びのくと、さっきまで間宮がいた所で自転車が停止した。
こいでいたのは、西村和樹。後ろに乗っていたのは、佐々木翔太のようだった。ちょうど朝練が終わった後らしい西村と、たった今登校してきた佐々木が朝に一緒にいるのは珍しいことだが、何よりもこんな行為をできるのはこの2人だけだ。
「よっ!1週間ぶりだな、もっとまじめに登校しろよ」
何事もなかったかのように自転車を降りる佐々木に間宮はぷっちんときた。
「おまえらこそ普通に登校しろよ!一歩間違えれば俺をひくとこだったんだからな!」
「ほらさっき言っただろ?普通に登校しないと俺の自転車がやばくなってくんだよ」
前かごの曲がった自転車を起こしながら西村も言う。フォローしたつもりが、フォローになってないどころか素っ頓狂なことを言っている。
「・・・なんで俺と関わろうとするんだよ」
誰も関わろうとはしない。教師でさえも不定期登校の間宮に対してはもうあきらめている。しかし、同じクラスの佐々木、西村、そういえば数学の教科担の門脇も違った。
「なんでっておもしろいから?」
そんなことをなぜ言えるのだろうか。昔から転校が多くて友達付き合いが上手くできなかった間宮にとって、こんな人たちは初めてだった。面倒くさかったが、悪い気は起こらなかった。
たかがコンビニに行くだけなのに人気のない場所へ連れて行かれ、間宮は暴力をふるわれることが度々あった。こういうのをフクロ叩きというのだろう。もともと中学生のときにストレス解消のために手当たり次第に暴力をふるっていた自分が周囲に目をつけられるのは当たり前のことだとすでにあきらめていた。
どしゃっと金網に体がぶつかったところで一旦不良の動きが止まった。その隙に間宮は体を起こしてそのまま目の前にいた1人に体当たりした。
「うぐっ・・・」
男がうめいてその場にうずくまる。切れた口の端のせいで鉄の味がしたが、そんなことはもう気にしなかった。すぐに傍にいた男を殴りつけ、後ろから押さえつけようとしてきた男を蹴り飛ばす。しかし、相手は7人だったためすぐに押さえつけられてしまった。
「こいつ・・・もう我慢なんねぇ・・・・・」
誰かがそんなことをつぶやいて、間宮の腹を思いっきり蹴り上げる。体をくの字に折ってなんとか痛みを緩和しようとするが、すぐさま次の蹴りが入った。
「やれ」
リーダー格の1人が仲間にそうつぶやく。すでにぼろぼろになった間宮にはもう逃げる力なんて残っていなかった。誰かの拳が振り上げられた。
と、そのときだった。殴られると覚悟していた痛みは一向に襲ってこない代わりに、目の前に人影が立っていた。まるで間宮をかばうように。ゆっくりと起き上がってその人物を見ると、がくっとその場にうずくまってしまった。
「カズ!!」
少し離れた所で、顔の前で腕を交差させて不良の攻撃をかわしている佐々木がいた。
「西村!佐々木!なんでここに・・・」
すぐに何が起こったかわかった。さきほど間宮に振り上げられた拳を西村がかばい、逆に別の男に鉄パイプのような棒で足を狙われてしまったのだ。
「おっおい・・・西村!大丈夫か!?」
「超いてー。暴力反対」
そんなことを言いながら、ぐいっと西村は近くに転がっていた微妙に前かごの曲がった自転車の傍へ間宮を押した。
「早く乗れ!逃げろ」
「なっ・・・は・・・・・」
視界の隅で数人に蹴られている佐々木を見た。なんとか力を振り絞って体を回転させ、ダッシュで西村たちの元へ走っていく。ぎこちない走りだった。近くに転がっていたもう1台の自転車に西村が乗り、佐々木を乗せて2人乗りでこぎだす。間宮も慌ててその後に続いた。
背後で何か声が聞こえてきたが、お構いなしだった。無我夢中で逃げた。
1番近かった佐々木の家に行き、間宮は手当てを受けた。ちょうど親も留守にしていて、双子の妹たちもケンカだー、と言って茶化してきただけで深く追求してこなかったので、3人にとってはありがたかった。
「なんで助けたんだよ?」
壁に寄りかかって天井を仰いでいた間宮がつぶやいた。
「なんでって質問ばっかだな、間宮って。たまたま一緒にゲームやってて、たまたまその途中でコンビニに行って、たまたま変な音を聞いて見に行ってみたら、たまたま間宮がいたんだよ」
西村が左足に包帯を巻きながら答える。血の量はたいしたことなかったが、上手く歩けないらしかった。
「足・・・大丈夫かよ?」
「たぶん。まだ痺れっけど」
「佐々木は・・?かなりキツそうだったじゃん」
「俺は大丈夫。っていうか、間宮のほうが痛そう」
「見た目ほどたいしたことないんだ・・・痛いのはそんときだっけっつーか・・おまえらが来てくれたから軽く済んだ。サンキュー・・・・・」
今まで誰かに礼を言ったことなんてなかった。礼の仕方も知らなかった。こんな場面での礼だったが、間宮は2人に心から感謝していたと思う。しかし、その一方で妙な胸騒ぎがして内心落ち着かないでいた。
「さっきの何?ナワバリ争いとか?」
こんなときに佐々木が的外れなことを聞くので緊張感もなくなってくる。
「なんだ、ソレ」
さすがに西村がつっこむ。
「テレビでよくあるじゃん。熱血教師もののドラマで生徒が他校の生徒にからまれてるシーン。あれってナワバリ争いじゃないの?」
「・・・それは違うと思う」
いつも爽やかに笑う西村の顔が引きつった。
「そんなんじゃねーよ。あいつらは・・・前に俺がのした奴ら。今日はその仕返しってヤツ」
自嘲気味に間宮は答える。
「じゃぁ、間宮が悪いんじゃん」
「その前に俺の弟をカツアゲしてきたから俺は悪くない」
「弟って今一緒に住んでんの?」
西村が尋ねる。間宮は首を振った。
「今は北海道。俺だけがこっちに残ってるんだ」
答えながら、間宮は佐々木が口の端にバンドエイドを貼るのをぼーっと見ていた。そして、急に緊張感が走った。
「おまえら、まさか東条たちに手ぇ出してねーだろうな?」
「出してないよ。停学とかになるのはごめんだし」
「俺も。陸上出れんくなんのはやだ」
口々に言う2人の言葉に間宮はとりあえず安堵した。こいつらだけは絶対に巻き込むわけにはいかないと強く思った。
「なぁ・・・間宮、もうケンカなんかするなよ」
包帯を巻き終えて、改めて顔を上げた西村が言った。
「そうだよ。間宮が停学になったら寂しいじゃん。それに数学の門脇先生も気にしてたよ」
「約束しろよ。それと、学校にも来ること」
2人が拳を前に突き出してくる。間宮は戸惑った。こういうときどうすればいいのかわからなかった。わからないなりに、同じように拳を突き出してみた。3人の拳がごつんと重なった。
「ははっ、おまえらってほんっと変だよな」
「類は友を呼ぶってか?」
意味もなく笑えてしまった。それが、最初で最後の夜だった。
翌日、学校に間宮の姿はなかった。別に学校に来ないことなんてしょっちゅうだったので気にすることでもないのだが、西村と佐々木にはわけのわからない胸騒ぎがしていた。
その原因がわかったのは、昼休みのことだった。1人の男子生徒が慌てて教室に入ってきて大声で叫んだ。
「なあ!間宮が他校の生徒とケンカだってよ!!」
「マジかよ?」
クラスメートの1人がコメントを返す。
「マジ。今朝間宮が登校してきたときに他校の奴らが待ってたらしくてさ、そいつらと例の建設中のビルでケンカしてんだと」
例の建設中のビルとは、不幸な事件が立て続けに続いたために建設が行き詰っているビルのことだった。
それだけ聞いて2人は同時に立ち上がった。
「おい!佐々木!西村!」
クラスメートの呼び声を無視して、そのビルへと突っ走っていった。
「なんだぁ・・・今日は反撃してこないんだなぁ。それともできないのか?」
そう言って、もう何度目かになる蹴りをみぞおちにくらった。けほっと咳き込んでから間宮は赤い痰を吐いた。
反撃できないんじゃない、反撃してやらないんだよと胸中で悪態をつきながら目だけは意志を持ち続けた。あいつらと約束してしまった。もうケンカはするなって。面倒くさいが、従ってやろうと考えていた。
不思議だった。あいつらと会うまではただがむしゃらに生きていただけなのに、関わり始めてからは面倒なことばかりだった。こんな痛い思いをするくらいなら、いっそ停学になったほうがマシだ。だけど、約束したから・・・・・
「その目がムカツクんだよ!!」
顔面に誰かの蹴りが入ったときにはさすがに意識が飛ぶかと思った。しかし、間宮はやはり東条たちをにらみつけることをやめなかった。意味のわからない意地だった。
と、そのとき目の前が真っ暗になったと思ったら間宮は自分が数メートル吹っ飛んでいることがわかった。何かで頭を殴られた、と妙にはっきりした頭で考えたところで、何も考えられなくなった。
猛スピードで自転車をこぎ、ようやく目的地までたどり着くまでに20分かかってしまった。自転車を放り投げて、しばらく辺りを見渡したが、人影はない。
「まみやー!いたら返事しろー!!」
懸命に声を出すが返事はない。ビルの2階かもしれないと思って西村を振り向くと、一瞬だったがびっこをひいているように見えた。
「カズ・・・もしかして足・・・・・」
「大丈夫だって。それより」
ガターン
ビルの2階からそんな物音が響き渡った。はっとして上を仰いだ。2人は顔を見合わせてこくっとうなずき、階段を見つけてすぐに駆け上がる。
着いた2人の目にその光景が映った。昨日の連中が円を作り、中央にぼろぼろになった間宮の姿があった。
「間宮!!」
叫んでも反応はない。駆け寄ろうとすると、不良たちが行く手を阻むように1列に並ぶ。
「おまえら昨日の・・・ちょうどええ。おまえらもここで間宮のようにしてやる」
東条だと思われる男が口の端をつりあげて笑った。