第11章 そして真実は語られる
クラス全員で買ったおそろいのジーンズ生地のエプロンを着て、私たちは開店準備を始める。今日はいよいよ待ちに待った文化祭だった。
私はお好み焼きの下準備とウェイターの仕事をやることになっている。開店時間が10時の予定だから、そのときまでにいくつか作り置きをしておかなければならない。慣れない手つきで分量を量り、時々なぜか多くなったり少なくなったりしたが、気にしないことにした。
「柚芽・・キャベツ切んのヘッタクソだよね」
容赦ない薫の一言にぐさっときた。確かに、家では全然料理をしないが、もう少し配慮した物言いをしてくれたっていいんじゃないだろうか。
「ねぇこの後一緒にまわらない?」
「いいけど、あんた佐々木君とまわるんじゃないんだ?」
「まわんないよ!バレるのやだし・・・」
私たちが付き合い始めたことを知っているのは、本当にごく一部の人間だけだった。薫とミッチー、西村、鳩山、そして橘の5人だ。私がなるべく人に言わないでと頼み込んで、親しい人になら話してもいいということになった。実際にミッチーから佐々木を好きだと思われる女子の名前を3人教えてもらったが、全員クラスメートだった。
「あのさー私認めたんだから薫も話してみるんじゃなかったの?」
「さって・・・忙しー忙しー」
この話になるとすぐにそらされてしまう。不公平だと思いながらも、薫のおかげで私は佐々木と付き合うことができたので強いことは言えなかった。
付き合うと言ってもたいしていつもと変わらなかった。一緒に帰ることは前にも時々あったし、週末会うこともやっぱりあった。ただ、雰囲気が違った。妙に緊張感を覚えるようになったのだ。それは佐々木も同じようで、照れた笑いをすることが多くなった。
「でも柚芽も罪な人だよね。もし西村君が柚芽のこと好きだったらどうするの?」
「ないよ〜。カズはわかりやすいから、それはないって」
「言い切れるの?」
「うん」
はっきりと言い切れた。根拠なんてない。西村は昔から私のことを妹のようにしか思っていない。そして、私も兄のように思っていた。
そういえば、過去にこんなことを言っていたような気がする。私が彼女とかほしくないの?と尋ねると、柚芽に彼氏ができたら考えようかなって言っていた。その後、行かず後家にはなるなよとも言っていたから失礼にも程がある。
そうしているうちに他校の生徒や、後輩が多く見られるようになった。私は改めて文化祭が始まったんだと実感した。
私は12時から接客の担当だったので、だいたい2時間はぶらぶらと見てまわることができた。
恒例のお化け屋敷にも入った。私はなんとなく怖かったが、それを表に出すことが嫌で平気なフリをしていた一方で、薫は超平然としてお化けに目をくれることなくずんずんと進んでいったので助かった。お化けはいると思うが、作り物には怖さを感じないらしかった。一瞬だけ、鳩山と一緒にお化け屋敷に入った薫を想像したが、きゃーこわーいなんて言って薫が鳩山に抱きつくシーンだけは思い浮かばなかった。
フランクフルトの屋台があったので薫と一緒に食べていると、見知った人を見たような気がした。スーツ姿の男性で、あれは門脇先生だろうか。
「どうしたの?」
「あ・・ううん。ちょっと知ってる人に似た人がいたんだけど、たぶん気のせいだと思う」
すぐに12時近くになった。私たちは急いで持ち場についた。
「翔太ー!カズー!」
人が少なくなってきた午後2時頃、甲高い声が聞こえてきた。簡易厨房の奥に引っ込んでいた西村がまず顔を出した。
「あ・・・みんな来てたのか!」
「あぁぁっ!ひっさしぶりー!!」
佐々木も嬉しそうに駆け寄った。男子2人、女子2人で来ていたそのお客さんは、どうやら西村と佐々木の知り合いのようだった。なんとなく聞き耳をたてていると、秀明高校のときの同級生ということがわかった。それにしても、佐々木は翔太と呼ばれていたんだ・・・
「新しい生活はどうよ?もう慣れたか?」
「おかげさまでエンジョイしてる。そっちは?変わりない?」
「おまえらがいなくなって泣いてる奴が多かったなー・・・3組の田中とか」
「あぁ!カズ一直線の人!なつかしー」
西村が戸惑った顔をした。仲良く話しているが、女子の1人だけが佐々木を翔太と呼ぶようだ。他の人は佐々と呼んでいた。
「翔太、まさかと思うけど私に黙って彼女とかいたりしないでしょうねー」
「なんだよー彼女つくるのに佳奈の許可がいるのかよ」
「そうそう!私たちの仲じゃん」
直感的に、この佳奈という女の子は佐々木のことが好きなんじゃないかと思った。
と、そのときだった。
「西村、佐々木、久しぶりだね」
その声に私以上に2人がびくっとなった。その落ち着いた声、間違いない。
「門脇先生!なんでここに・・・」
「そりゃぁお好み焼きを食べに来るためだよ」
そう言って店の奥に入っていくと、なぜか私と目が合った。やばいと思ったときにはもう遅かった。
「あれ・・・確か君はうどん屋の・・・」
「お、お久しぶりです・・・・・・」
「え・・先生、柚芽のこと知ってるんですか?」
佐々木が驚いて尋ねる。
「以前ちょっとね。そうか・・・2人の友達だったのか」
「は、はい・・・まぁ」
「ケガはもう大丈夫かな?」
「はい!もう大丈夫です」
私はすぐにその場を離れてしまいたかった。薫に呼ばれたのをきっかけにぴゅーっとその場を後にした。もしあのままい続けたら、私が入ってはいけない領域にまで踏み込んでしまう気がしたのだ。
私がその人に呼び止められたのは文化祭の片付けに入ろうとしていたときだった。さっき佐々木と親しそうに話していた佳奈という女の子が、なぜか私の前に現れてこんにちは、とあいさつしてきたのだ。
「さっきはうるさくしてごめんね。久しぶりにあの2人にあったもんだから私たちみんなハイテンションになっちゃって」
「ううん。そんなこと気にしてませんよ」
私はかぶりを振って答える。
「ならいいんだ!じゃあね!今度秀明の文化祭にもぜひ来てね!」
立ち去ろうとする彼女を私は呼び止めた。きょとんとした顔で佳奈は振り返る。
「あの・・・あなたは知ってますか?佐々とカズが秀明をやめた理由を・・・」
佳奈はしばらく何も言わなかったが、やがてうんとうなずいた。
「教えてください!なんで2人はやめたんですか!?」
「・・・プライバシーに関わることだから私の口からは言えないよ。・・・・・・でも、1つだけ聞いてもいい?あなたはあの2人にとって何なの?」
そう言われてもどう答えていいのかわからない。幼なじみ、腐れ縁。でも、佳奈は今ここでそんな答えを期待しているわけではないことはなんとなくわかっていた。
「あいつらにとって私が何なのかはわからないけど・・・私にとってあいつらは失礼だし、容赦ないし、めちゃくちゃだけど、大切なの」
答えになっていないかもしれない。だけど、これが私の精一杯だった。
しばらく佳奈は黙っていたが、にこっと笑うのが空気でわかった。
「そっか・・・わかった、教える。あんたはきっと本当のことを知ってもいい人間だと思うから・・・うーん、今年の3月に秀明高校の生徒が1人殺された事件知ってる?」
私の浅い記憶の中からその糸をたどってみる。基本的にニュースに疎いので、新聞もテレビ欄しか目を通さないのだ。しかし、そういえば思い当たらないこともないかもしれない。
「亡くなったのは、間宮航平。私たちのクラスメートだった―・・・」
そして、佳奈はあの日の出来事を語りだした。