最終話 ゴーレムの帰還
我はゴーレムなり。
とうとうこの日がやってきた。
我は多くの管理者たちに囲まれつつ、我がいた世界へと続く扉の前へと進んでいく。
これでこの空間ともお別れか。振り返ってみると、あっという間だったのだ。
いろいろな世界に行くことが出来たし、まるで夢の中みたいだったのだ。
「ゴーレムさん、こちらです」
ニューメが神妙な面持ちで我を扉の前へと案内してくれる。
やはり、この世界に来てから一番長いこと一緒にいたのが、ニューメだからな。我と別れるのが寂しいのだろう。
『ニューメよ。元気でな』
「はい。ゴーレムさんが元の世界に帰ってくれたら、私の平和な日々が帰ってきます」
『えっ?』
「いえ、ゴーレムさんはほどほどにお元気で」
『我はいつも元気だから心配無用なのだ』
ニューメは、なんともいえぬ表情になり、「なんでゴーレムさんがいるのに、あの世界は大丈夫なんだろう」と呟いていた。我は何を言っているのだと思いつつも、ニューメに「じゃあな」と声をかけ、扉へと進んでいく。
我が扉に近づくと周りを囲んでいる管理者達がこみ上げてくる気持ちを抑えきれないのか、すすり泣くような声があちこちから聞こえてくる。さらに近くにいたラクジタカたちも感極まったように涙をぬぐっている。
「ああ、ようやく悪夢が終わる」とラクジタカは安心したような声を出した。
我はラクジタカの言葉を聞いて、悪夢とはなんだと思い、振り返ろうとしたらこけてしまった。我はゴンと大きな音を立て勢いよく扉とぶつかってしまう。なんと扉がガラガラと音を立て、壊れてしまったではないか。
やっべと思い、我はアセアセと扉のかけらを拾い集める。その様子を見ていた周りの管理者達がざわついていた。
巨人のジャジャイアンが、「これは夢だ。夢なんだ」と言い始めた。
なんだと!? これは夢なのか?
ニューメが呆然としつつ「こんなことがあっていいはずがないです……」と呟いた。
やはり、ニューメは我との別れが寂しいのだろうな。
見知らぬ管理者が「なんだよ、あれ、おかしいだろ!」と何かに怒っている。誰だろうか? 我の知っている者なのか?
ラクジタカが何かを諦めたような表情で、「夢なら良かったのに」と自嘲気味に笑っている。
んん? 夢なら良かったのにとは、これは夢ではなかったのか?
夢だとか、夢でないとか、どういうことなのだ? 誰か説明をしてほしいのだ!
まろひげが何故か「これからはきちんと仕事をしよう」とやる気を見せている。
うむ、確かにおぬしはもう少し仕事をがんばった方が良いのだ!
我が疑問を抱きつつも扉を直していると周囲の管理者たちから
「話には聞いていたが、マジかよ」
「いや、夢じゃないのか?」
「ああ、夢だよ」
「そうだな、夢だよな」
「ああ……」
さざ波のように、「夢だよ」、「夢だ」、「悪夢だ」、「夢なら早く覚めて」、「夢よ」、「これは夢や」という声が広がっていく。
むむ、やはりこれは夢なのか?
そんなことを考えていると、扉の復元が完了した。我も伊達に数多くの扉を直してきたわけではないのだ! おし、では今度こそ帰るかな。我は扉を開け、管理者たちの方を向き、声をかける。
『それでは、またな!』
我は手を大きく振り、扉の中へと入っていく。部屋の中央には世界儀があるが、誰もいない。どうやら、この部屋には管理者はいないみたいなのだ。これで、いいのだろうか。いや、いかん!
我は、ガチャリと扉を開けてラクジタカに声をかけようとする。しかし、扉の外では、なぜか管理者たちが喜びに包まれている。何かいいことがあったのか?
『ラクジタカ! どうやら、この扉の中に管理者がいないみたいなのだ。
きちんと管理した方がいいと思うぞ』
ぎょっとしつつ、ラクジタカや他の管理者が我の方を見てくる。
「ご、ゴーレムさん。まだ帰ってなかったのですか?」
『えっ、ああ、うむ。帰ろうとしたのだが、なぜかこの部屋の中には管理者がいなかったので、注意したほうがいいと思ってな』
「そ、そうですか。わかりました。ありがとうございます。
それでは早くおかえりください」
『うむ、またな!
あっ、そうだ。結局ここは夢なのか? 現実なのか?』
我が質問をするとラクジタカは、えっと驚いた。
「夢、これが夢ですか。そう夢ですね。悪夢です」
そして、何かをあきらめたような顔をしたラクジタカが小さく呟いた。
「夢ならどんなに良かったことか」
「そうです。ラクジタカ様、もうすぐこの悪夢は終わります!
がんばりましょう!」
ニューメもラクジタカに同意するかのように頷きながら、ラクジタカに励ましの言葉をかける。ラクジタカはニューメの方を見てしっかりと頷いた。しかし、ラクジタカもニューメも夢、悪夢と言っている。これはやはり夢なのだろうか。
『むぅ。やはり夢なのか。
それでは、今度こそ本当にさよならなのだ!』
我は皆に別れの言葉を伝え、扉の中へと入っていく。
そして、部屋の真ん中にあった世界儀に手を向け、入ると念じた。
◆
我は、気がつくと、自分の部屋の中で寝転んでいた。
床には我が描いた魔法陣がそのまま残っている。我がきょろきょろと部屋の中を見回しても、いつものように埃ひとつない。部屋の様子も変わっていないし、あまり時間は経っていないみたいなのだ。
我がゴーレムアイはごまかせない!
{ログ:ゴーレムアイというスキルはありません}
えっ? 世界の声が聞こえたのだ。
我のゴーレムイヤーの能力が上がったのか!?
{ログ:ゴーレムイヤーというスキルはありません}
今まで世界の声が聞こえなかったのに、どういうことなのだ?
元の世界に戻ってきたから、世界の声が仕事をし始めたのか!?
どうなのだ、世界の声よ!
ーー5分後
うーむ。世界の声は無反応。
さきほどまでのあれは夢だったのか? だから、世界の声も聞こえてこなかったのか? ラクジタカやニューメ、他の管理者と呼ばれる者達の多くも夢と言っていたし。
あっ! そうだ!
ないわーポーチが外せるか試してみるのだ。我がないわーポーチを外そうとすると、黒いオーラがないわーポーチからあふれだし、どれだけの力を込めても外すことができない。
ふー、ふー。ダメだ。やっぱり、ダメなのだ。
我はやはりないわーポーチを外すことができないのだ……。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、がっかり状態が解消しました}
まっ、白い空間の中では一度外せたけど、その後はまた外せなかったからね。そうか、我の願望が、ないわーポーチを外せるという叶わぬ夢を見せたのかもしれないな。
うーむ、そう考えるとやはり先ほどまでのことは夢だったのかもしれぬ。
ゴンレムとかも、我がロボットに乗りたかったから見ちゃったのかもなぁ。
あっ! この魔法陣に力を再び込めてみれば、夢か現実かはっきりするのではなかろうか! 夢じゃなかったら、きっとまたあの空間に行けるはずなのだ。我は魔法陣に力を込めてみる。魔法陣は光輝いたが、バチッという音を立てて、暗くなっていった。
{ログ:ゴーレムのアクセスは管理者たちの団結により拒否されました}
んん? どういうことだ?
我は念の為にもう一度魔法陣に力を込めるが、何の変化も起こらない。
{ログ:ゴーレムのアクセスが管理者たちの総意により禁止されました}
なんだ? どういうことだ? よくわからないログばかりなのだ。我はうーんと首を傾げる。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、混乱状態が解消しました}
◆
我は静かに窓に近づき、外を眺める。
『夢、だな。まるで夢への扉だったのだ』
我が窓の外を見ていると扉がガチャリと開いた。そこには目を見開き驚いた様子のジスポがいた。そして、猛ダッシュで近づいてくる。
「ちゅちゅ!? ちゅ、ちゅちゅ!」
{お、親分!? よ、ようやく戻ってきたんですね!}
『ジスポか。我はどうやら、少し疲れて眠っていたようだな』
「ちゅ? ちゅちゅ」
{眠っていた? 何を言っているのですか、親分}
『ふっ、我はな、不思議な夢を見ていたのだ』
「ちゅ? ちゅちゅ」
{夢? 親分は5年くらいいなくなってましたよ}
『5年? そんな訳は無いのだ。いくら我でも5年も寝るわけがないのだ。
ハムスターの寿命は2年くらいのはずだぞ? そんなに寝てたらジスポは死んじゃってるはずなのだ』
「ちゅちゅ!? ちゅ? ちゅっちゅちゅー!」
{ハムスター? 死んでる? 僕はアクティブソフティスマウスですよ!}
『あっ、そうだ! せっかくなので、この夢を忘れないうちにノートに書いておくのだ!』
我は机に移動し、ノートを取り出してせっせと夢の中での出来事を書き始める。ジスポもよじよじと机に登って、ノートを覗き込んでくる。
「ちゅちゅ。ちゅちゅちゅ」
{全然話を聞いていないのです。
でも、親分はまったく変わらないですね}
『まぁな、我は変わらぬモノだからな』
部屋の中には、我がペンを動かすカリカリカリという音だけが響いた。




