第29話 ゴーレム、最後の戦いに向かう
我はゴーレムなり。
とうとう、この不思議な空間から旅立つ時がやってきた。
長いようで短い、あっという間のことだったのだ。
我が元いた世界へつながる扉を目指し、我は移動を始めた。そんな我を取り囲むように、ゴーレム監視隊の面々が一定の距離をとりつつ、ついてくる。我のすぐ近くにいるのは、隊長のニューメだけなのだ。
『まったく。こんな気の良いゴーレムをみんな警戒しすぎではないのか?』
「気は良いかもしれませんが、無害じゃないですからね」
『えっ!?』
「えっ!?」
我とニューメが互いに、何を言っているんだコイツはという目で互いを見やる。
むむむとしばし、見つめ合うが、そんな我の視界の端に、多くの者達にかこまれてどこかに連れて行かれようとしているフクロウの姿が目に入った。
あれ?
我はゴーレムズームを発動し、フクロウの姿を確認する。
やっぱり、あれは博士ではないか! どうしたのだろう。
何かがあったのかもしれぬ。
我は博士の元に向かって駆け出した。我の前に立ち塞がるゴーレム監視隊を華麗にかわそうとしたら、なぜか、監視隊の面々はさっと道を空けてくれた。
我はえっと思いながらも、博士の下に向かう。
きっと監視隊の面々も、気を遣って道を空けてくれたのだろう。
「ちょっ!? どこに行くんですかゴーレムさん!
皆さんもなんで道をあけちゃうんですか!?」
「いや、隊長。無理です」
「あっしらに、あのゴーレムは止められないっす」
「そんなぁー! ゴーレムさーん!」
後ろの方でニューメ達が何かを言っているが、そんなことを聞いている場合ではないのだ。
待っていろ、博士。すぐに行くからな。
◆
博士の後を追っていくと、博士を連れた一行はとある大きな扉の中へと入っていった。
我もその後に続き、中へと入っていく。
すると扉の中には、とても大きな世界儀があり、その周りをこれまたたくさんの管理者達が囲んでいた。管理者たちの真ん中の方から、怒声が聞こえてくる。
「ホゥホゥホゥホゥばかり言っているんじゃないよ!」
「あの星をどうやって誕生させたんだ!」
「このままでは世界の危機だぞ!」
「ホゥホゥ。世界の危機ですか?
吾輩はただ単に星にも進化が起こるということを示しただけなのであります」
「それが世界の危機を招いたのだ!」
「どうやって、あの星を進化させたのだ!?」
「それは吾輩の力ではありません」
「あなたの力ではない? それでは一体何が要因で?」
何か、揉め事みたいなのだ。
星とか言っているし、もしかして、あの星のことだろうか? ラクジタカもいるみたいだし、ここは我が間に入って、博士の弁護をするしかあるまい。
我は管理者達をかき分け、言い争いの中心へと躍り出る。
『異議あり!』
我の発言に、博士はもちろん、ラクジタカたち他の管理者も我の方へと視線を向ける。
「ゴーレムさん? なぜ、あなたがここに?」
「ホゥホゥ! ゴーレム殿! お久しぶりです!」
『うむ。久しいな、博士。なにやら博士が連行されていたようなので、様子を見に来たのだ。
一体、何があったのだ?』
「ホゥホゥ! 何、たいしたことはありません。それよりもゴーレム殿。
星がドンドン進化しておりますよ! あれをご覧ください」
そう言って博士が大きな世界儀を見るように翼で指し示した。
そこには巨大になった星がいた。我は両手を握りしめる。
『おおおおおお!
すごい! すごいではないか! 博士!』
「ホゥホゥ! いえいえ、これも全てゴーレム殿のおかげですよ」
『いやいやいや、謙遜するでない。
これは博士が長い間夢を諦めずに取り組んでいたからこその成果なのだ』
「ホゥホゥホゥ! いえいえ、ゴーレム殿のおかげですよ」
「いやいやいや、博士がいたからこそなのだ」
我と博士が互いの健闘をたたえ合っていると、ラクジタカが何かを理解したかのような、半ば諦めたかのような表情で我らの方を見ていた。
「ご、ゴーレムさん。
あなたはこちらの管理者とお知り合いなのですか?」
『うむ、博士が星の進化に取り組んでいたのでな、我が少しばかり力を貸したことがあるのだ』
「ホゥホゥ! 少しばかりとはご謙遜を!
ほとんどゴーレム殿の力なのでありますよ!」
『いやいやいや、博士がいたからこそできたことなのだ』
再び、我と博士が互いの健闘をたたえ合い、朗らかに笑いあっていると、ラクジタカはがっくりと床に手をつきうなだれていた。
◆
ど、どうしたのだ?
いきなりうずくまって、何があったのだろうか?
『ら、ラクジタカ? どうした?
何があったのだ? おなかが痛いのか』
「この短期間に、これだけ前代未聞の事態を引き起こすなんて。
悪夢よ。これは悪夢だわ」
どうしよう。ラクジタカがぶつぶつ言い始めたのだ。
何か激しいストレスにさらされたのだろうか。
『ど、どうしたのだ、ラクジタカ?
何か悩みがあるのなら、我に言ってみるといい』
ラクジタカはふふふと乾いた笑顔を浮かべている。そんな中、周りの管理者たちもざわつきはじめた。
「またか?」
「またゴーレムが原因みたいだぞ」
「嘘だろ? なんであの怪星の原因がゴーレムなんだ?」
「ゴーレムが力を注いだために進化したみたいね」
ん? 我が原因?
なんだ? また、我が何かしたというのだろうか?
我が首を傾げているとようやくニューメが追いついてきた。
「ゴーレムさん! 勝手にどこかに行っては駄目ですよ!
ら、ラクジタカ様!? どうしたのですか」
『うむ、先ほどから、ラクジタカの様子がおかしいのだ。
あっ、ニューメよ。見てみるがいい、あの星を! 元気よく動き回っているのだ。すごいであろう』
ニューメは我が指さした先にある大きな世界儀の方を見て、唖然とした。
「えっ? えっ? 星に手足があります。
えっ? 転がりながら移動? うそ!? 星を食べてる!
ま、まるでゴーレムさんみたい」
そこまで言うとニューメはバッと我の方を見てきた。
「ま、まさか、またゴーレムさんの仕業ですか!?」
またとはひどい言われようなのだ。
『うむ、博士と我の協力した結果なのだ。どうだ?
なかなかすごいであろう!』
我は胸を張ってニューメに答える。ニューメは呆然と大きな世界儀を見て、静かに呟いた。
「こ、こんなことがあっていいはずがないです」
ラクジタカがすっと立ち上がり、周りの管理者に静かな声で指示をした。
「このフクロウを連れて行きなさい。
管理者会議にかけ、罰を決めます」
『なっ!? 罰? 罰とはなんだ!?』
ラクジタカの目がすっと細まり、我をにらみつける。そんな中、博士が管理者たちに連れて行かれる。
『は、博士!?』
「ホゥホゥ。ゴーレム殿、あの星のことはお任せしましたよ」
『は、博士ー!』
博士は、満足げな笑顔を我へと向け、管理者達に連れられて扉の外へと歩いて行った。いったい、博士が何をしたというのだろうか。
そんな我の疑問に答えるかのように、ラクジタカが我へ語りかけてくる。
◆
「ゴーレムさん」
『なんなのだ、ラクジタカ。
博士は何故連れて行かれたのだ?』
「あのフクロウは、自分の管理する世界をきちんとコントロールできなかったからです」
『なんだと!?
博士はきちんと星の進化を成し遂げたではないか!』
「それが問題だって言っているのです!
次から次に問題を起こして、何なのですか! あなたは!」
ら、ラクジタカがキレたのだ。
ニューメといい、ラクジタカといい、カルシウムが足りぬのではないだろうか。そんな中、ぼろぼろになったジャジャイアンが突如、我の目の前に現れた。
「ラクジタカよ、すまん。あれはオレの手には負えない。
死亡者はゼロだが、ケガ人が多数出てしまった。うわっ!? ご、ゴーレムがいる!」
『ジャジャイアンではないか?
傷だらけでどうしたのだ?』
ラクジタカはジャジャイアンにケガの手当をするように言って下がらせようとしたが、ジャジャイアンは首を横に振り、その場に留まった。しかたありませんねとつぶやき、ラクジタカが我へ説明をしてくれる。
「あの星のせいですよ。ゴーレムさん」
『ほしのせい? 星の星? それはしゃれのつもりか?』
我が質問をすると、ラクジタカにギロっと鋭く睨まれた。
「冗談を言っている場合じゃないんですよ。ゴーレムさん」
『あっ、はい。すいません』
「あの進化したという星が、多くの星や世界を食べたり、壊しているのが大問題なのです。
このままでは全世界のバランスが崩れてしまいます。あの星は、巨大で強力になりすぎて、もはや私たちにはなすすべがありません」
そこで一息つき、ラクジタカは大きな世界儀へと視線をやった。
我もラクジタカの横に行き、世界儀の中の星を見る。
「ゴーレムさん、あなたならあの星を何とかできるのではありませんか?
あの星は私たちの話をすでに聞きません」
我はラクジタカの説明に首を傾げる。
話を聞かないとはどういうことだろうか?
『話を聞かないとはどういうことなのだ?
意思の疎通ができるということなのか?』
「ええ。あの星とは会話が可能です」
『な、なんと!?
あの星はそこまで育っていたのか!
立派に……。立派になったのだ!』
我が星が立派に成長したことに感動していると、ラクジタカから突っ込みが入った。
「いえ、そういうことではなく、立派とかそういう事を言いたいのではなく、あの星を何とかしていただけますか?」
『ふむ。そういうことであれば、我があの星を説得してみせようではないか!』
そうときまれば、早速、あの星に話しかけてみるのだ。
『星よ! おーい、星よ!』
「ゴーレムさん。すいませんが、全世界儀では外から中に声をかけることはできません。
数が多すぎるために、会話機能がないのです」
『なんと!?
では、直接行ってくるのだ!
我にどんと任せておいてくれ』
我はそういうなり、大きな世界儀に手を向けて、入ると念じた。
◆
ゴーレムが全世界儀の中に入り、全世界儀を囲んだ管理者たちはざわつき始める。
ニューメがそんな中、我に返りラクジタカに駆け寄った。
「ラクジタカ様! ゴーレムさん一人だけで向かわせてよかったのですか?」
ラクジタカはしばし目をつむり考える。
ウインエヒ・ロクバイを囲んでいた超重力空間の破壊。それに伴う扉の破壊。おかしなポーチが原因の意味不明な空間の発生。その全てにゴーレムが絡み、ろくな結果になっていない。
一応、ゴーレム自身が対処に当たって事をおさめているが、ゴーレムがいなければそもそも必要のなかった事ばかりだ。
そして、今度の星の異常な進化。
ラクジタカはめまいを起こしそうになりながら、あぁ、ゴーレムだけに任せておいたらだめだと思い至る。
「よくないですね。私もゴーレムの後を追います」
「ラクジタカ様、私も共に」
ラクジタカはニューメの目をしっかりと見つめる。
いつの間に、ニューメはこんな力強い目をするようになったのだろうか。それを頼もしいと感じつつ、ラクジタカは頷いた。
「わかりました。一緒に行きましょう」
「はい!」
ラクジタカとニューメは共に全世界儀に手を向けて、入ると念じた。
ゴーレムと異常な星が向かいあっている場所へと、ラクジタカとニューメは現れた。
異世界へと続く扉がある世界での最後の戦いが始まろうとしていた。




