第21話 犯人はゴーレム
我はゴーレムなり。
老婆が乾いた笑みを浮かべつつ、我に声をかけようとした時、部屋の扉がコンコンとノックされた。そして、大きな声で「トウアクイテ様! ご無事ですか?」と声がかけられた。
「おや、だれか来たようだね。
ゴーレム、部屋の扉を開けてあげておくれ」
老婆に扉を開けるよう頼まれた我は扉まで行き、ガチャリと扉を開けた。扉の外には、肩にかからないあたりで切りそろえられた金髪の女性が1人いた。
『はいはーい。どちら様ですか?』
「わっ、なにこのロボット!?」
なにとは失礼な人なのだ。
『我はゴーレムなり。おぬしこそだれなのだ?』
「私はネンマー・ジャンツ・ボ・ラクジタカ様のアシスタントを務めております、ニューメと申します」
我は首を家事げながら問い返す。
『年末ジャンボ宝クジとな?
変わった名前なのだな』
「いえ、ネンマー・ジャンツ・ボ・ラクジタカ様です」
『で、お主は何か用があるのか?』
「えっ、スルーですか!?
あぁ、そうです! トウアクイテ様はいらっしゃいますか!?
非常事態なのです!」
『いや、ここには我と老婆しかいないのだ。
もしかして、老婆のことか?』
「ろ、老婆!?
確かにトウアクイテ様は結構なお年ですが、老婆とまでは」
『うーむ、ならば部屋を間違えているのではないかな。
ここにはさっきも言ったように、我と老婆しかいないのだ」
「えっ?
でも、ここはトウアクイテ様の部屋のはずなのですが」
『じゃあ、やはり老婆がトウアクイテなのだな』
「いえ、老婆とまではいかないと思うのですが」
『うーむ、ならばやはり部屋を間違えているのではないか?』
「えっ、でもここは」
うーむ、どうしたことか。
話が前に進まないのだ。念のために老婆の名前を聞いておこう。
『おーい、老婆よ、おぬしの名前はトウアクイテというのか?』
「ああ、そうじゃよ。さっきから黙って聞いていたら、話が全然進んでないじゃないか。本当にあんたはマイペースだね。ニューメも早く中に入りな。なにをしてるんだい。まったく」
「あっ、トウアクイテ様!」
やはり老婆がトウアクイテというらしい。
『なんだ、やっぱり老婆のことだったのか』
「いえ、さすがに老婆とまでは」
「もう、なんでもいいから早くお入り!
非常事態というからには何かあったのだろう?」
ニューメは部屋の中に入ってきて、老婆に駆け寄る。我は扉を閉めて、老婆の方へと歩いていく。
「トウアクイテ様、大変なのです! 暴れ者の管理者を隔離していた超重力空間が打ち破られました!」
「ロクバイを封印してたあの空間がかえ?
あの空間はそんなに簡単に打ち破られるはずがないんじゃがね」
「ですが、ネンマー・ジャンツ・ボ・ラクジタカ様の手元に置かれていた黒い宝玉が割れてしまいましたのでまちがいありません! ラクジタカ様はすでに封印されし扉に向かわれました。私はラクジタカ様の指示に従って、超重力空間を作成した方々に連絡を取って回っているのです!」
老婆はうーむとうなる。
何か非常事態が起こりつつあるようなのだ。
これは、我も協力せねばなるまい!
しかし、超重力空間とな。似たような場所があるのだな。
「ニューメよ、お前さんは、なぜ直接部屋に来たんだわえ?
急いでいるならば連絡をしてくれれば良かったのに」
「えっと、トウアクイテ様の部屋にはなぜか連絡が届かなかったのです。
今も何名かの管理者の方に連絡が取れない状態なのです」
「連絡が取れない?」
老婆は目を細めて、ニューメを見やる。
「はい。どうも超重力空間があった場所を中心に空間が不安定になっていまして、そこにあったはずの扉がすべてなくなっているのです」
我はニューメの言葉を聞いて、はっと気づく。
『老婆よ!
その原因は、先ほどまでこの扉が半分壊れていたからだと思うぞ!
このあたり一体は、我が使った【万物崩壊】によってバチバチ言っていたからな。
しかし、我が扉は直したから大丈夫なのだ!』
老婆とニューメは、えっという表情を浮かべて我の方を向いた。
「壊れていた? それに直した?」
「ええっと、どういうことですか? ゴーレムさん」
『うむ、実はな、先ほどまでこの扉は半分しかなかったのだ。
我がちょっと前に巨人のジャジャイアンを助けるために使った万物崩壊が原因で、扉が壊れたのかもしれぬと思って直しておいたのだ!』
老婆とニューメはポカンとして我を見てくる。
「まさか、世界を破壊するモノというのは、そのままの意味だったのか?」
老婆が何かブツブツも言い始めた。ニューメが我に質問してくる。
「あの、ゴーレムさん? 巨人のジャジャイアンという方はどういった方なのでしょうか?」
『ジャジャイアンか? まぁ、本当の名前は知らぬから、我がつけた愛称だな。
ジャジャイアンはな、黒い空間の中にあった扉の中に閉じ込められて出たがっていたのだ!
しかも鎖で扉はがんじがらめにされていたのでな、これはいかんと思って、助け出したのだ!』
ニューメがえええええって表情で我を見てくる。
何か、我はおかしなことを言っただろうか?
『ニューメよ、どうかしたのか?』
「あの、ゴーレムさん?
その黒い空間というの中ではすごい重力がかかりませんでしたか?」
『うーん、ジャジャイアンは超重力空間とか言ってたけど、我には大したことがなかったよ』
「そのジャジャイアンさんがいた部屋は、鎖でがんじがらめにされちゃってたんですよね?
なんで開けたんですか?」
『おぬしはおかしな事を聞くのだな。
普通に鎖を切って扉を開けたのだ』
「いえ、まぁ、鎖を切れるのもおかしいんですが、そんな鎖でがんじがらめにされた部屋を開けるのを躊躇しなかったんですか?」
我は、ニューメの問いかけに首をかしげる。
『躊躇などせぬよ。
むしろ躊躇してはいかぬ場面ではないか!
部屋の中に人が閉じ込められていたのだぞ?
我は困っている者を見捨てることなどできんからな!』
ニューメが、小さな声で、「えええええ」ってつぶやいた。
老婆がニューメの後を継いで質問してくる。
「ゴーレム、その巨人は、あえて閉じ込められていたんだよ。
暴れん坊で手に負えなくてね。それをあんたは解放しちまったんだよ」
『暴れん坊? 解放してしまった?
それはないのだ。あれはちょっと遊びたがりの巨人だったよ。
それに遊び終わったら自ら部屋に帰っていったし、老婆の言っている巨人とジャジャイアンは別人じゃないのか?』
「いや、間違いなく同一人物のはずだね。
黒い空間なんて、その巨人の所にしかないからね」
むー、そうなのだろうか。何か老婆には確信があるみたいだし、ここはそういうことにしておくのだ。
『そうか、まぁ、そこまでいうのならば、それでいいのだ。
で、結局、非常事態というのはどういう状況なのだ?』
ニューメは、はっとして、我に向かって話し始めた。
「非常事態というのは、3つあって、まず一つ目は超重力空間が打ち破られたこと」
『ふむ、先ほどの話で、その一つ目の原因は我だと思うのだ』
ニューメと老婆がしわい顔をして我を見てくる。
「二つ目は、巨人が外に出てしまったこと」
『ふむ、その二つ目も巨人がジャジャイアンであればおとなしく部屋に帰ったから問題ないと思うのだ。
我と遊んで満足したのか、部屋に自分から戻っていったぞ』
ニューメと老婆が互いに視線を交わし、老婆が首を左右に振った。
「三つ目は、白い空間が不安定になって、扉が消えてしまったこと」
『ふむ、その三つ目も一つ目の理由と一緒だと思うのだ。
我の万物崩壊で壊れただけだと思うよ。全部の原因がわかってよかったのだ。
でも、扉がなくなってるのはやっぱり、直さないとまずいかな?』
「ネンマー・ジャンツ・ボ・ラクジタカ様ぁあああああ!
犯人がここにいましたぁああああああ!」
いきなりニューメが大声で叫んだ。
な、なんなのだ!?
「と、トウアクイテ様! なんなんですか、このゴーレムさんは!?」
「落ち着きな、ニューメ。
時代の変わり目にはこういうおかしな存在が出てくるものなんだよ」
「いえいえ、落ち着けって言われても無理ですよ!
なんですか! 空間を壊したってどういうことですか!?
おかしいですよ!」
『ちょっと待って欲しいのだ!
あの黒い空間から巨人を救うためには、壊すしかなかったのだ!』
「いえいえ、その巨人は隔離されていたんですから、救うとかじゃなくて、出しちゃダメなんですよ!
いえ、部屋から出したとしても、黒い空間を壊せるのはおかしいですよ!」
『いやいや、ちょっと待って欲しいのだ!
あんな閉じ込められていたら、誰でも助けようと思うはずなのだ!
むしろ、助けようとしないのはおかしくないか!?』
我とニューメが言い合いをしていると、老婆が声をかけた。
「ちょっとお待ち! 話が進まないよ!
ゴーレム、あんたが犯人なのはよく分かった」
『いやいやいや、ちょっと待って欲しいのだ!
原因は我かも知れないが、犯人というのはまるで我が悪いことをしたみたいではないか!』
「あぁ! もう! じゃぁ、原因があんたなのはよく分かった」
『うむ、そうだな。
我の行動が原因のようだな』
「はぁ、あたしの思っていたのより、ひどいねぇ」
『現実は常に残酷だからね。
仕方ないのだ』
「……はぁ」
『老婆よ、ため息をつくと幸せが逃げるぞ』
そんな我と老婆のやりとりとは別に、ニューメは独り言を言い始めた。
どうした!? なにかあったのか!?
「あっ、もしもし、ラクジタカ様ですか!?
超重力空間を壊した原因の存在を見つけました! はい。トウアクイテ様の部屋にいます。できるだけ早く来てください。えっ、巨人の方も来られるのですか?」
あぁ、どうやらタカラクジさんとやらと話をしているようなのだ。
電話機もないのに便利なものだな。
「ゴーレム、もう少しあんたはこの部屋で待ってておくれ。
ラクジタカも来てから、今後の事を話そうじゃないか。あたしはちょっと疲れたよ」
『うむ、わかったのだ。
老婆も年なのだから、あまり無理をしてはいかんぞ』
「はぁ」
老婆は疲れた様子でため息をつき、机に突っ伏した。
我はそんな老婆を見やりつつ、タカラクジの到着を待つのであった。




