第17話 原因はゴーレム
「パキィーン」
という音が部屋の中に鳴り響いた。からりと黒い宝玉が台座から転げ落ちる。
ネンマー・ジャンツ・ボ・ラクジタカは、管理者会議の準備に追われていたが、目の前の異常事態にその手を止めた。ラクジタカの部屋に置かれていた黒い宝玉は、暴れ者の管理者を隔離していた超重力空間とリンクしていた。黒い宝玉が壊れということは、超重力空間がなくなったことを意味していた。
「まさか、あの管理者が隔離空間を打ち破った?」
ラクジタカは、自分自身に言い聞かせるように小さく呟く。そして、自分を落ち着かせながらゆっくりと思考する。超重力空間はまだまだその抗力を失わぬはずだ、これは間違いなく何かが起こっている。それも良くないであろう何かが。
ラクジタカは管理者会議の準備を中断し、1人のアシスタントに超重力空間を協力して作った他の12人の管理者達に連絡するように指示し、残りの3人のアシスタントに付いてくるように指示をする。ラクジタカは部屋から飛び出し、とてつもない速さで飛び立った。目指すは、暴れ者の管理者を隔離していた空間。アシスタント達からは、あっという間にラクジタカが見えなくなった。
ラクジタカは焦る気持ちを抑えながら、最悪の事態を想定して飛び続ける。
「最悪、私の生命をかけることになるかもしれませんね」
ラクジタカのつぶやきを聞いた者は誰もいなかった。
◆
ラクジタカは、暴れ者を隔離していた超重力空間の近くまで来て表情を曇らせる。自身の想定しいていた最悪よりも悪い方へと物事が進んでいると理解したからだ。
黒い空間だけでなく、白い空間までもなくなっている箇所があり、空間がうつろだった。そして、あるべきはずの場所に扉がないことに戦慄を覚える。
何をすればこのような状態になるのか、ラクジタカには理解できなかった。
「あの管理者は、封印中にとんでもない力を手に入れたようですね」
ラクジタカは、この事態を引き起こしたであろう、暴れ者の管理者を脳裏に浮かべる。以前、封印するときでさえ、かなり手こずったのだ。これは、自分一人の生命をかければいいだけの話ではないと理解した。犠牲者がでるのは当たり前、どれだけ犠牲者を減らして、あの管理者を再び封印できるかの話なのだ。
ラクジタカはうつろな空間の奥へと進む。
うつろだった空間は、暴れ者の管理者を封印していた扉に近づけば近づくほど安定していった。ラクジタカは首を傾げる。中心に行けば行くほど、より一層、空間がうつろになると想定していたのに、これでは反対だ。
ラクジタカは、自分の想定がことごとく外れたことにより、自分の常識では計り知れない何かが起こっているのだと、より一層気を引き締めた。
◆
とうとうラクジタカは暴れ者の管理者を封印していた扉の前へと辿り着いた。
他の管理者の到着を待つべきだったかもしれないが、被害が広がるのを防ぐためにと、一人だけでもやってきたのだ。ラクジタカは長い間議長を務めているだけあり、管理者の中では非常に強い力を持っていたからだ。
ラクジタカは、扉の中からあふれ出してくる暴れ者の管理者の力を感じ取った。
「なんという力なのでしょう。
扉の外にまで力があふれてくるとは……」
ラクジタカが扉の前で小さな声で呟くと、扉が少しだけ開いた。ラクジタカはいつ戦いになっても対処できるように、戦闘態勢になる。
しかし、扉の中から聞こえてきたのは、あふれ出す力とは正反対の弱々しい声だった。
「ネンマー・ジャンツ・ボ・ラクジタカか?」
「え、ええ。わたくしです。巨人の暴れ者の管理者ウインエヒ・ロクバイ、あなたがこの惨状を引き起こしたのですね。しかし、これ以上「違う!」
ラクジタカの声は、扉の中の巨人、ロクバイの声によって遮られた。
ロクバイはさらにラクジタカに話をする。
「ラクジタカよ、周囲に何かいるか? 小さな銀色のロボットがいたりしないか?」
ラクジタカは、ロクバイの問いかけの意味するところがわからず、首を傾げながらも返事をする。
「この扉の周囲にはわたくし以外誰もいません。
小さな銀色のロボットとは何のことでしょうか?」
扉の中から安堵の吐息が聞こえてくる。
「そうか、ならば、オレが知りうる全ての事をお前に話そう」
「ロクバイ、あなた何か雰囲気が変わりましたね。
前はもっとあらあらしい雰囲気で、とても会話などが落ち着いてできるような人じゃなかったのに」
「オレにはわかったんだ。オレの力はたいしたことなんてないんだ。上には上がいて、善も悪も絶対的強者の前には等しく無力なんだ」
「ろ、ロクバイ一体何があったんですか!?」
ロクバイの弱気な発言を聞いて、ラクジタカは狼狽した。そんなラクジタカの都合はおかまいなしに、扉が開く。その扉の中から封印していた時よりも、何倍も巨大になったロクバイが匍匐前進をしながら姿を現した。
「なっ、お、大きい」
白い空間にでてきたロクバイは、すくっと立ち上がる。ラクジタカの唖然としながら、ロクバイを見上げたが、ロクバイが大きすぎて顔の表情などはまったく見えなかった。
「ラクジタカよ。すべては、ゴーレムという名の小さな銀色のロボットが原因だ」
「小さなロボットですか?」
「ああ、小さなロボットのような姿をしている。ゴーレムは非常識な力を持っていて、善意で迷惑なことをやってしまう存在だ」
「あなたが、非常識と呼ぶほどの力を持っているのですか?」
「オレの力は、常識の範囲内だ。本当の非常識な存在には遠く及ばん。黒い空間を壊したのもゴーレムだし、オレに力を分け与えて、これほどの巨体にしたのもゴーレムだ」
ラクジタカは、暴れ者の管理者ですら、非常識と呼ぶ存在がいるのかと驚きを隠せない。
「そのゴーレムというのは、今どこにいるのですか?」
ロクバイは「わからん」と一言だけ答えた。
続けてラクジタカに1つだけ提案した。
「ラクジタカよ、すぐに管理者全員で、ゴーレムという名の小さな銀色のロボットを探し出し、何のためにこの空間に来たのか確認したほうがいい。そして、できるだけ早くゴーレムの願いを叶えて、元の世界へ戻ってもらうのだ」
ラクジタカはロクバイの言葉が本当かどうかを確かめねばと、ロクバイの顔の高さまで飛び上がる。
ロクバイの表情に嘘を言っているような雰囲気はなかった。
「ロクバイ、あなたの知っている話をもっと詳しく教えてもらってもいいですか?」
「もちろんだ」
ラクジタカとロクバイは、相手の瞳を見つつ、しっかりと頷くのだった。




