第13話 星の進化
我はゴーレムなり。
サンタクロースと羊と一緒に子供たちの夢を守った我は、晴れやかな気持ちで白い空間をスキップしてさまよっていた。
やはり、いいことをすると気分も良くなるのである! さぁ、元の世界につながる扉を頑張って探そうじゃないか。我はルンルンしながら、どの扉に入ろうか迷いながら進む。
むむ!?
なんかあの扉が我を呼んでいる気がするのだ。行ってみよう!
◆
我は普通の扉の前に立つ。いたって普通。特にこれといった特徴もない普通の扉を我はノックする。コンコンとノックをししばらく待つ。
すると、ホゥホゥとドアが開いて一人の、いや、一匹、いや、一羽の小柄なフクロウが姿を表した。我の身長の半分くらいの大きさなのだ。フクロウとしては普通の大きさなのか? でも、きちんと服を着ているし、なんなのだろう。
我の目の前にいるフクロウは、白衣を着て、メガネをかけていた。フクロウなのに、メガネとは、疑問を抱きつつ、我は目の前のフクロウを博士と呼ぶ事にした。
「ホゥホゥ、どちら様ですかな?」
博士が我に声をかけてきたので、我も挨拶をする。
『初めまして、博士。我はゴーレムなり』
博士は、首をひねる。
「ホゥホゥ? 博士とは、吾輩の事ですかな? よくわかりましたな?」
『我は、博士が何かお困りかと思い、お手伝いに来たのであります!』
「ホゥホゥ! それでは、あなたは吾輩が要請していた方なのですな! いやぁ、要請しても無理かと思っていたのですが、手助けに来ていただいて吾輩も心強いですよ!」
『なに、当然のことでありますよ!』
我はやはり呼ばれていたのだなと思いながら、博士に招き入れられ扉の中へと入る。博士の助けを求める強い思いが、我をこの部屋に招いたのだ。
おっし、我もできるだけ、このフクロウの姿をした博士の力になるのである!
◆
我は博士の横に立ち、透明な四角い箱を見る。
「ゴーレム殿、この世界儀をご覧ください」
『世界儀、ですと?』
博士は、首をひねる。首が真後ろまで向くのでちょっと怖い。
「はい、この透明な四角い箱のことです。ご存じない?」
ほぅ、世界儀という名前なのか。ちょっとかっこいいのだ。
『うむ、もちろんご存じないのだ』
「ホゥホゥ。そうでしょう、そうでしょう。世界儀を知らぬ者などいるはずがないですからな」
我はご存じないと言ったが、博士はどうやら、知っているとうけとったようだ。この博士は、ちょっと、はやとちりなのかもしれぬなと思い、我がしっかりせねばと気を引き締める。
『で、博士よ。我に手助けしてもらいたいというのは何なのだ?』
「ホゥホゥ? なんか口調が変わりましたな?」
『まぁ、これから大仕事に取りかからねばならぬのだ。小さいことは気にしない方がいいのである」
「ホゥホゥ。たしかに、たしかに。それでは、少しばかり説明させてもらいます」
博士はホゥホゥと鳴き声を上げると語り出した。
「吾輩は昔から思っていたのです! 星とは一個の生命なのではないかと!? 管理者が力を注ぐことで生命が誕生し、進化するのであれば、星そのものに力を注いでいけば星も進化するのではないかと思っているのです。しかし、それを確かめるのは至難でしてな。吾輩一人の力をどれだけ注いでも、星が進化することがないのです。いやはや、なんとももどかしい。ホゥホゥホゥ。ですが、吾輩はどれだけ時間がかかろうとも、星を進化させたいと思っているのですよ。おっと、話がそれましたな。星の進化といっても、惑星を恒星にしたいというのではありません。星そのものに知性を持たせたいのです。知恵ある生命に進化することがあるのですから、知恵ある星に進化してもおかしくないのではないか? それが吾輩が長年思っていることなのです。だからこそ、吾輩は確かめたい。知恵ある星がどういう風に考え行動していくのかを! ホゥホゥ。一人ではあと何億年、いや、何十億年かかるかと心配していたのですが、ゴーレム殿が手助けしてくれるというのであれば、百人力ですよ。ホゥホゥホゥ。それでで、ギュプ」
我は博士のくちばしを指先でつまんで開かぬようにする。
ふー。ようやく静かになった。博士の話は長いのだ。
早口だったし、何を言いたいのかよくわからなかったぞ。つまり、どういうことだろう。今の話を完結にまとめると、世界儀に力を一杯注いで星を進化させたいということなのかな。
なるほどな。我に助けを求めるわけなのだ。
我は力をどれだけ使おうと、減ることがない、いわば夢の永久機関とも言えるゴーレムだからな! 博士が我に助けを求めてきたのは正しい判断なのだ!
我がひとりで納得して頷いていると、博士がじたばたし始めた。
博士はタンタンタンと羽で我に期待しているよと叩いてくる。その必死さに我は博士のこれまでの苦労が手に取るようにわかった。
博士は長年一人で辛い戦いをしてきたのだ。
そして、ようやく現れた協力者の我を目の当たりにして、興奮しているのだな。我はうむうむと頷く。博士よ、我はわかっているからな。
博士は、そんな我の様子にさらに感激したのか、もっと大きくタンタンタンと羽で我を叩いてくる。
フッフッフ。我は期待されるとがんばるタイプだからな。
安心せよ、博士。
我はこの星を立派に進化させてみせるのだ。
博士は安心したのか、静かになり、だらりと羽を下に落とした。
◆
感激のしすぎで疲れた様子の博士を我はそっと横に寝かせる。白目をむくほど感激しているのだ。
博士よ! 我も期待に応えられるようにがんばるからな!
我はやる気を出して世界儀に向き合う。
おっし! かぐや姫の世界では、鬼達に意識を絞ることで、鬼達だけに力を注ぐことが出来た。あれと同じ感じで、星そのものが進化するように願いながら、力を注いでいけば、星が進化するのではないだろうか。
我は慎重に世界儀へと力を注ぐ。
『進化せよ。進化せよ』
我はぶつぶつ念じながら、ゆっくりと世界儀へと力を注いで行く。
ーー10分後
『進化せよ。進化せよ』
我は徐々に注ぎ込む力を多くする。なんというか、慎重にやっていても、まったく星に変化がないから、飽きてくるのだ。
『はぁああああ! 進化せよ。進化せよ』
ーー力を注ぎ始めて1時間後
『うぉりゃああああああああああああ! 早く進化するのだ! もっとか!? もっといるのか!? この食いしん坊め! どれだけの力が必要なのだ!?』
ーー力を注ぎ始めて3時間後
『はあああああああああああああああああああああああああああああああ! やってやる! 我なら出来る! 我なら出来るのだ! お前がどれだけ力を蓄えられようと、我はお前の限界を超えてみせるのだ!』
ーー力を注ぎ始めて5時間後
『はあ。……飽きちゃったな』
ーー力を注ぎ始めて5時間30分後
『飽きたら、だめだ! もっと力を注げば、きっと星が進化してくれるのだ! がんばるのだ、我!』
ーー力を注ぎ始めて10時間後
『どぅりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』
ーー力を注ぎ始めて12時間後
はっ!? そうか!
ただ単に力を注ぐだけではダメなのではないだろうかと、我は閃いた!
『イメージか!? イメージが足らぬのか!?』
我は進化した星のイメージを思い浮かべる!
目が2つあって、口があって、手足が生えてるのが星の進化形ではなかろうか。
そして、その星は転がりながら移動し、おなかが減ったら、近くの星を金平糖のようにおやつ代わりにポリポリとつまみ食いをしながら動いていくのだ。うむ、これが我の思い浮かべる星の進化形なのだ。
我は星の進化した形を思い浮かべて、さらに力を注ぎ込んでいった。
ーー力を注ぎ始めて24時間後
「ホゥホゥホゥ!? おじいさんが手招きしていたのですよ!」
おっ、博士が目を覚ましたのだ。我は星に力を注ぎつつ、博士に声をかける。
『博士よ。大分疲れていたようだな。丸一日眠っていたのだ』
「ホゥホゥ! ちょっとゴーレム殿! 吾輩危うく永眠するところでしたぞ!』
博士が何故か怒っている。何故だろう? もっと早く起こした方がよかったのかな? 疲れているだろうから、起こさなかったのだが、我は何か対処を間違えたのだろうか?
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。博士に我ががんばった成果を見せねば!
『博士よ! そんな小さなことを言っている場合ではない! 我の努力の成果を見て欲しいのだ!』
「ホゥホゥ!? 吾輩の永眠は、小さなことで、は、な……、な、な、なあああ!!」
博士は目を見開いて、世界儀に一歩、また一歩と近づいていく。
『フッフッフ。どうだ、博士よ。星が進化しつつあるのだ!』
「す、すごい! すごいですぞ! ゴーレム殿! これは確かに吾輩の永眠など些事ですな!」
『フッフッフ。そうだろう、そうだろう』
博士は、くるりと首を回した。何度も180度まわしている。ちょっと怖い。
「ゴーレム殿、あなたはまだ力を注ぐことはできるのですか?」
『無論だ。きちんと進化を成し遂げるまで、我は力を注ぎ続けるぞ!』
博士は感動したように、目に涙を浮かべる。
「ご、ゴーレム殿。あなたという人は」
『博士よ。そなたの夢なのであろう?』
「はい。吾輩は他の管理者たちに長い間笑われ続けてきました。でも、吾輩は一人で星の進化を夢見て力を注ぎ続けてきたのです」
我は、そうだろうそうだろうと頷く。
『博士よ。そなたの夢の実現までもうしばらくなのだ! 共に星の進化を見届けようではないか!』
「ご、ゴーレム殿!」
博士がすごく感激してくれている。我は厳かにわかっているのだという意思を込めて博士に頷いた。
◆
我が力を注ぎ続けることで、星に2つの目が出来た。星はぱちくりぱちくりと瞬きをしている。ちょっとかわいいのだ。
そして、口ができたところで、寝ていた博士が目を覚ましたのだ。そこからは、博士も星の進化を見守りつつ、我は最大出力で星に力を注いでいた。
さらに1日、力を注ぎ続けると星に手が生えた。
博士のテンションは大上がりで、「ホゥホゥホゥホゥ!」とうるさかった。
さらに1日、力を注ぎ続けることで星に足が生えた。
博士はその様子を見て「ホッホゥ! ホッホゥ!」とうるさかった。
我は星の進化が成し遂げられたと判断し、力を注ぐのを止める。
博士は感激した面持ちで我の右手をそっと両方の羽で包み込み、一言「ありがとうございます」と頭を下げたのだった。
◆
我と博士は進化した星の様子を見守る。
星はとことこと歩き出した。たまに別の星に足をひっかけて転んだ。そして、転がった方が早いと気がついたのか、星はごろごろと転がりだした。
進化した星は、他の星にぶつかりつつ、転がり続ける。なんというか、ビリヤードみたいで面白いのだ。
『博士よ、なんか星が生き生きとしているな!』
「ホゥホゥ。そうですな。ゴーレム殿! やはり、星も進化できてうれしいのでありましょう!」
我と博士は、星のそんな様子を温かく見守る。
◆
星は転がることに疲れたのか、転がるのを止めた。星はうつむき、手を星のおなかの辺りだと思われる場所に添えた。
「どうしたのでしょうか?」
博士が心配しつつ、我に声をかけてきた。
『おそらく、おなかが減ったのだと思うのだ』
「なるほど、進化して食事が必要になったのですな!」
『うむ。だが、心配ない。星には口もあるからな!』
「おお、そのための口だったのですか! さすがはゴーレム殿ですな! ぬかりないですな!」
『ふっふっふ、我もいろいろと考えているからな』
「ホゥホゥ! いやはや、頼もしい!」
そんな我らの会話を聞いていたかのように、進化した星は近くの星に近づき、バクバクとかじり始めた。進化した星は、そんなに時間をかけずに、丸々1つの星を食べきった。
我と博士は「ほほぅ」と感心しながら進化した星を見る。満足満足という表情をした星は、目を閉じると横になって眠り始めた。
すると、眠り始めた星は一回り大きくなった。どうやら、成長しているようなのだ。
うむ。きちんとひとつの意思をもった星に進化できたようなのだ。我は自分の成し遂げた仕事に満足した。
◆
眠り始めた星のことは博士に任せて、我は元の世界へとつながる扉を探すために、旅立つことにした。
『それでは、博士よ! 進化した星の観察を頼んだぞ!』
「ゴーレム殿! あなたが来てくださらなかったら、星の進化は成し遂げられませんでした。本当にありがとうございます!」
博士が我の両手をしっかりと握りしめる。
『博士よ。そなたの必死の願いが我を呼び寄せたのだ。これはそなたがいたからこそ成し遂げられたことだよ』
「ご、ゴーレム殿!」
名残惜しいが、このままでは旅立てぬ。
『では、博士よ。元気でな!』
我はピカッとラインライトを発生させて、その部屋から素早く旅立った。
◆ ◆ ◆
ゴーレムが旅立った後、一羽残された博士は、呆然としていた。
突然現れ、長年の夢だった星の進化を手助けしてくれた、銀色のロボット。
不可能だと笑われ続けても、諦めなかった夢を叶えてくれたゴーレムに、博士は感謝をし続けた。
数年後、進化した星が、周りの星を食べ続け、手がつけられなくなってしまい、管理者会議からマッドサイエンティストとして禁固刑に処せられたが、博士はゴーレムに対する感謝を忘れなかった。
「ホゥホゥ。吾輩に悔いはないですよ」
と、笑顔で博士は語っていたそうだ。
そして、進化した星は、周りの星を食べ続けることで、成長し続け、誰にも止めることができなくなってしまった。
ゴーレムは、進化した星と次に会う時が、戦いの場だとは夢にも思わないのであった。




