第11話 バカになる
我はゴーレムなり。
我は、どうやってかぐや姫を説得すればいいだろうか?
かぐや姫の管理する世界で虐げられている鬼達の生活をよくするためにはどうしたらいい?
『かぐや姫よ、鬼達の生活をもっとよくしてやってもいいのではないか?』
「だから、何度も言ってるけど、鬼なんて、やられるためだけに存在しているんだから、このままでいいのよ!」
『でも、かわいそうではないか!』
「しつこいわね。あんたも」
我とかぐや姫の話し合いは平行線をたどる。
ぐぬぬ、どうしたらいいのだ。
我は、良い案が浮かばずに、ゴーレムズームを作動させて、透明な四角い箱の中をのぞき込む。
ああ、せっせと働く鬼達の上前を桃太郎に従う猿たちがかっさらっていくのだ。鬼達も、そんな猿たちにやられっぱなしになるのではなく、やっつければ良いのに!
?
ん? 猿たち?
あれ? そういえば、この桃太郎の世界には、犬、猿、キジが一匹ずつではなく、たくさんいるぞ?
どういうことだろう?
我はゴーレムズームで、四角い箱の中をのぞき込んだままかぐや姫に質問をする。
『なぁ、かぐや姫。なんで、犬、猿、キジがいっぱいいるのだ?』
「なんでって、桃太郎がきびだんごをあげたからに決まってるじゃない」
我は首をかしげる。
『物語では、桃太郎に付き従って行ったのは、一匹ずつだろう? おかしいのではないか?』
「まぁ、私が桃太郎に授けたハイパーきびだんごの数が多かったからね。それでいっぱい仲間にしたのよ」
『は、ハイパーきびだんご? 何だ、それは!?』
「えっ、ハイパーきびだんごは、ハイパーきびだんごよ。 あんた、まさか、普通のきびだんごをあげたら犬、猿、キジが仲間になるなんて思ってるんじゃないでしょうね? ハイパーきびだんごをあげないと仲間になんてならないわよ」
我はゴーレムズームを中断し、かぐや姫を見る。
な、何を言ってるのだ、この娘は。我は、きびだんごで仲間になったと思ってたよ。我はかぐや姫にさらに問いかける。
『ハイパーきびだんごとはどんなものなのだ?』
「ハイパーきびだんごは、それを与えた者に強制的に忠誠を捧げさせられるすごいアイテムなのよ。まぁ、一種の洗脳アイテムね。そういう効果がないと、犬、猿、キジがあんなにいうことを聞くわけないじゃない」
かぐや姫が当然じゃないって感じで説明してくれる。
我は唖然としてかぐや姫を見る。
こ、こやつ。思考回路がぶっ飛んでいるのではないか?
強制的に忠誠……、洗脳アイテム……。
だ、だめだ、こいつ。なんとかしないと。いや、もう、手遅れなのではないか?
いや、あきらめるな。まだ、かぐや姫は若いのだ! まだ、性格を変えることができるはずなのだ!
我は【諦めぬモノ】なり!
かぐや姫をまともな思考回路に教育してやるのだ!
◆
我はかぐや姫の目を見て、話しかける。
『かぐや姫よ。おぬしは鬼達だけでなく、犬、猿、キジにもひどいことをしているぞ! わかっているのか?』
かぐや姫はぷいっとそっぽを向いて、文句を言う。
「なによ、私の管理する世界なんだからいいじゃない。あんたに何の権利があって、そんなことを私に言ってくるのよ!」
『たしかに、我には権利などない。しかし、おぬしの考え方が間違っていると思うから、口をすっぱくして言うのだ! そう、これは年長者としての義務なのだよ!』
「もう! うるさい! うるさい! うるさい! ほっといてよ!」
『ほっとけぬ! 若人が道を外れそうになっているのを見て見ぬふりなど、我にはできぬ! おぬしがどれだけ拒もうと我は言い続けるぞ!』
我とかぐや姫は、ぐぬぬとにらみ合う。
負けるな、我! ここはひいてはならぬところだ!
『かぐや姫よ、では、おぬしの管理する世界の者達に決めてもらおうではないか』
「どういうことよ?」
かぐや姫がちょっといらだたしげに問い返してきた。
『うむ、おぬしはそのまま桃太郎のサポートをしているがよい。我は鬼達に、桃太郎の支配から独立するように促し、サポートしよう。それで、鬼達が桃太郎の支配から抜け出せたら、おぬしの考えを改めてはくれぬだろうか?』
かぐや姫は少し考える。
「あんた、この世界は私の管理下にあるのよ? あんた程度が鬼をサポートしたくらいで何か変わると思うの?」
我はこくりと頷く。
『役割など関係ないということを、かぐや姫に教えてあげるのだ! 大切なのは力ではなく心なのだ! 我はそれをおぬしにも気付いて欲しいのだ!』
かぐや姫は、何かを考え、ゆっくりとうなずいた。
「いいわ。その条件をのみましょう。役割通りに生きてればいいことを、あんたに教えてあげる」
◆
我とかぐや姫が話し合った結果、桃太郎の登場人物たちで決着をつけることになった。
かぐや姫は桃太郎に何か指示を出している。あっ、ハイパーきびだんごを渡しているのだ。こっそりどんな指示をしているのか聞いてみたところ、洗脳効果の他に、筋力増強、魔力強化、闘争心向上などのドーピング効果も付加したきびだんごを渡したようなのだ。
かぐや姫め、しょうこりもなく、おかしなアイテムを桃太郎に授けるとは。
これは負けられないのだ!
おし、鬼達に声をかけよう。
『鬼よ、鬼達よ、立ち上がる時は来た。桃太郎の支配から抜け出すのだ!』
鬼達がきょろきょろしだした。
でも、鬼達の声は聞こえてこないのだ。どうしてだろう? 前の白い人達の声は聞こえてきたのだけどね。
我はもういちど鬼達に声をかける。
『鬼よ、鬼達よ、立ち上がる時は来た。桃太郎の支配から抜け出すのだ!』
鬼達はきょろきょろしているが、行動を起こそうとはしない。
なんというか、負け犬根性が染みついているのではないだろうか。
鬼達はやさしそうだが、やさしさだけではダメなのだ! 時には厳しさが必要なのだ! 我は、三度鬼達に立ち上がるように促す。
『鬼よ、鬼達よ、立ち上がる時は来た。桃太郎の支配から抜け出すのだ!』
しかし、これでもまだ鬼達は立ち上がろうとしない。このままではかぐや姫の教育上も良くないのだ。鬼達には、もっと単純に、バカになって物事を考えてほしいと思うのだ!
『鬼よ、鬼達よ、バカになるのだ! やさしさだけではダメなのだ! 桃太郎の支配という理不尽を受け入れるのではない! 立ち上がれ! バカになれ! 鬼の方が強いのだ! 我の力を受け取るがよい!』
我は、鬼達に向かうようにイメージして、透明な四角い箱に力を注いで行く。
うぬぬぬぬぬ!
おお、世界が輝くのではなく、鬼達の姿だけが変わっていくぞ。
やさしそうだった鬼達が、般若の形相に変わっていき、体つきもムキムキになっていく。
おお! 我の力をきちんと受け取っているようなのだ!
「……」
「……オオ!」
「………オオオオオオオ!」
「グゥオオオオオオオオオオオオオオ!」
おお! 鬼達の声が聞こえてきた!
『鬼よ、鬼達よ! バカになるのだ! 桃太郎の支配をぶちこわすのだ!』
「コワス!」
「「コワス!」」
「「「コワス!」」」
『鬼よ、鬼達よ! おぬし達ならできる! おぬし達なら出来るのだ!』
「デキル!」
「「デキル!」」
「「「デキル!」」」
『鬼よ、鬼達よ! 合図があるまで、しばし待つのだ。我の合図で、桃太郎の支配をぶちこわせ!』
「コワス!」
「「コワス!」」
「「「コワス!」」」
うむ、我の応援によって鬼達はやる気満々になったぞ!
やさしそうだった鬼達の面影はなくなったが、これなら、かぐや姫がサポートする桃太郎たちにも勝てるであろう。
すこし呆然としつつ我と鬼達のやりとりを見ていたかぐや姫に向かって話しかける。
『かぐや姫よ。準備はよいな? 勝負を始めさせてもらうぞ!』
「ちょ、ちょっと待って。あんた、何したの? 鬼達の様子がすごいおかしいんだけど。なんか、体の作りも表情も、性格まで全部変わってるように見えるんだけど!?」
かぐや姫は慌てて我に話しかけてきた。
これは、あれだな。
負けそうになったから、かぐや姫は焦り始めたのだ。
ふっふっふ。きっちり負かして、かぐや姫の考えが間違っていることを教えてやるのだ!
『ふっふっふ、負けそうになって、あせっておるな。かぐや姫よ』
「なっ、そんなわけないでしょ! あんたがちょっと何かをしたくらいで私がサポートする桃太郎が負けるわけないでしょ!」
『そうか? それでは、始めさせてもらうぞ』
「いいわよ。桃太郎の方も準備万端なんだから」
我は鬼達に号令をかける。
『鬼よ、鬼達よ! バカになるのだ! 桃太郎の支配をぶちこわすのだ!』
「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
◆ ◆ ◆
ゴーレムの合図とともに、鬼達はすさまじい勢いで走り始めた。
ムキムキになった肉体だけを武器に猛然と犬、猿、キジたちに襲いかかる。犬、猿、キジもドーピングの効果で速さや力が上がっていたが、ムキムキになった鬼達にはかなわず、あっという間に蹴散らされていく。
世界儀をのぞき込んでいたゴーレムとかぐや姫はその光景に呆然とする。ゴーレムは『やっべ、我ってばやりすぎちゃった?』と少しあせり始める。
ゴーレム自身は気付いていなかったが、ゴーレムのスキル【バカになる】が発動していたのだ。【バカになる】は、通常発動すると自分自身がバカになってパワーアップするスキルだった。しかし、管理者の部屋でバカになれと念じながら世界儀に力を注いだというイレギュラーが重なって奇跡が起こった。ゴーレムの【バカになる】というスキルの効果が鬼達にかかってしまったのだ。
皮肉な事に、洗脳を非難していたゴーレムが鬼達を洗脳してしまった。
バカになった鬼達は、たいした時間もかけずに桃太郎を袋だたきにした。
ゴーレムから力を注がれ、バカになった鬼達の前には、犬、猿、キジ達は敵ではなかった。桃太郎は泣きながら、鬼ヶ島を後にする。
ここまでで終われば、まだゴーレムの思惑の範囲内だったろう。
ゴーレムも、桃太郎が泣きながら鬼ヶ島を後にしたときに、『まぁ、これでいいか』と一人で納得したくらいだ。
しかし、鬼達は止まらなかった。
鬼達は桃太郎を鬼ヶ島から追い出してからも、バカになったままだった。
桃太郎が主役のおとぎ話の世界は、鬼達が侵略を始める地獄の世界へと変わろうとしていた。
◆
かぐや姫は、世界儀に手を添えながら、食い入るように自身が管理している世界を見る。
ゴーレムはかぐや姫の横で『止まれ! 止まるのだ! 鬼達よ!』と必死に鬼達を止めようとするが、まったく効果がなかった。なぜならば、ゴーレムは力を与えることはできても、力の取り上げ方を知らなかったからだ。
ゴーレムは、『ま、まずいのだ』と思いながらも、かぐや姫に声をかける。
『かぐや姫よ、こ、これで分かったであろう。役割だけが全てではないのだ。思いが、心の強さがあれば、道は切り開けるのだよ』
かぐや姫はゴーレムの話に反応を示さない。かぐや姫は目の前の状況を理解しようとするのに夢中だったから、ゴーレムの言葉が耳に入らなかった。
かぐや姫が管理する世界のはずなのに、なぜ、かぐや姫がサポートをしていた桃太郎が負け、よく分からない銀色の人形がサポートをした鬼達が勝つのか、かぐや姫には理解できなかった。
ゴーレムは、かぐや姫が反応を示さないので、この部屋から出ることにした。もうここでは自分にできることは何もないと思ったからだ。決して、かぐや姫が呆然としている間に逃げようと考えてのことではない。
『じゃあ、かぐや姫よ、これからはみんな仲良く暮らせる世界を作り上げてくれ。おぬしならできる。おぬしならできるから!』
ゴーレムは、かぐや姫に声をかけた後、『お邪魔しました』とお辞儀をしてそそくさと部屋を出て行った。
◆
かぐや姫が正気に戻って、部屋の中を見回した時には、すでにゴーレムはいなかった。
鬼達の進撃は止まらず、かぐや姫が管理する世界はほどなくして鬼による鬼のための鬼の世界、おとぎ話の世界ではなく、地獄の世界となった。
この後、かぐや姫は、管理する世界の者達にいろいろな役割を与えていた自分がばかばかしくなる。もう、いいやと、働くのがいやになったかぐや姫は、しばらく管理者を休職し、旅に出た。




