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第7話 con angore~心痛めて~

 ≪フォーンの音楽堂≫の外に出ると、音楽堂に併設された厩舎の外で、カノンが体長4メートル程の飛竜ワイバーンの鱗を撫でているのが見えた。

 飛竜ワイバーンは非常に優美な姿をしていて、前足が進化することによって得た主翼を大きく広げて機嫌良さそうに佇んでいる。

 その鱗はてらてらと光り、その爬虫類性を伝え、口の中には鋭く尖った歯が覗き、先端が三つに分かれた舌がちろちろと蠢いている。

 目は黄金色で、ところどころ入った黒が不気味さと無機質さを主張していた。

 地面を抉るような太さの足の爪は動物に突き立てれば一撃でその命を刈り取るだろうと思われ、腿の強靭な筋肉は空を飛ばず地上を走ったとしても人より早い速度で進むだろうことを想像させる。

 もしも人間がこの生き物に出くわしたらまず間違いなくその時点で自分の命が幾ばくも残されていないことを悟るだろう。

 飛竜ワイバーンは、それほどに恐ろしい姿をした、絶対的な生き物のように思えた。

 けれど、どれだけ凶悪な姿をしているとしても、IMMでは見慣れた魔物であったのも確かである。

 IMMの時とは異なって、より現実性を帯びた不気味さを纏ってはいるが、それでも、昔から一緒に世界を飛び回ってきた仲間だ。

 その姿が多少不気味だからと言って、恐れる訳にはいかなかった。

 僕は至って平静そうにカノンと飛竜ワイバーンに近づく。


「カノン、その子は?」


 僕が彼にそう聞くと、カノンは胸元に手を添えて頭を下げながら言った。

 くるくると巻かれた角の先端がこちらに向けられる。


「あぁ、あんたが外出するっていうからよ……≪楽団≫が保有する騎乗用飛竜ワイバーンの中でも最高レベルのやつを用意したんだ。騎乗用魔物は俺の管轄だからな」


 IMMに置いては騎乗用の魔物も多く用意されていて、空を飛べるもの、海を渡るもの問わず、様々な魔物に乗ることができた。

 勿論、乗るためにはスキルとして≪騎乗≫が必要で、高ランクの魔物に乗るにはスキルも高いレベルにあることが必要だった。

 そして極めるにはそれなりの時間と努力が必要で、けれど≪楽団≫の音楽家ミュージシャンはどこまでも廃人揃いだったからほぼ全員が乗れない騎乗用魔物はないくらいだった。

 そもそも音楽家ミュージシャンをやるためにはありとあらゆる楽器の材料を収集できる能力が不可欠であり、そのためにはIMMの世界のどこにでも行ける能力がなければならず、その中に騎乗スキルも存在していた。

 だから僕もその例にもれず、≪騎乗≫スキルはカンスト――つまりは熟練度スキルレベルが1000に達しており、騎乗用魔物の中でも中の上クラス程度に属するワイバーンに乗ることは全く問題がない。

 さらなる高ランクの騎乗用魔物としてはドラゴン・龍や、ペガサス、シロナガスクジラ、それに一反木綿などがいる(一反木綿は明らかに悪ふざけだろうと言う気がするが、これに騎乗するとこちらから攻撃できない代わりに相手の攻撃も一切受け付けないと言う特殊能力があるので意外と重宝する)。


「そっか。じゃあ、その子に乗らせてもらおうかな」


 と、冷静な顔で言いつつ、僕は少し考えてしまった。

 確かにスキル的には問題ないものの、ここはおそらく地球とは異なるどこかの現実世界なのである。

 そうであるなら、仮にスキルで乗ることが出来たとしても、ちょっと失敗して落っこちるとか、そういうことがありうるのではないか、と思ったのだ。

 勿論、楽器演奏のことを考えれば、≪騎乗≫スキルについても、同様にそのスキルに従った身体感覚が僕の体にアップロードされているという可能性が高いが、それでも少し怖い。


「大丈夫かな……まぁ乗るしかないか……よっ、と」


 飛竜ワイバーンの背にかかる鞍に乗ると、大分視線の位置が高くなった。

 いい眺めで、鞍も思ったよりかなり座り心地がいいが、ここから落ちることを考えるとおそろしい。

 しかし、これからもっと高い空を飛ぶのだ。

 こんな程度をおそれていては話にならないと気を引き締める。


「乗り心地はどうだ?」


 カノンが下から声を張り上げる。


「結構いいよ。ただ……ちょっと怖いかな」


 力なくそう言うと、カノンが豪快に笑った。


「ははは。主サマにも怖いものがあったんだな!」


「そりゃ、あるよ……ここは現実なんだからさ」


 カノンの台詞に、僕は首を振る。するとカノンは頭をぽりぽり掻きながらバツが悪そうに言った。


「おっと……どうも昔の命知らずな主サマを念頭に置いちまうな」


「そこまで期待されても僕には答えられないよ。今の僕のことは……そうだな、コボルトの子供くらいにしか度胸がないと思ってもらいたいね」


 コボルトは犬頭の小型獣人型の魔物であったが、魔物の中でも臆病で知られていた。

 少しレベルが上がると、向こうから近づいてくることは決してなく、追い立てまわすと一目散に逃げて行ったのを覚えている。

 カノンは僕の言葉を聞いて吹き出し、それから言った。


「おいおい……あんたはその何倍強いと思ってるんだ」


 僕の台詞に、カノンは首を振っている。

 彼の言いたいことは分からないでもない。

 IMMでの能力を持つ僕は、その気になればこの辺一帯を焦土にするくらいのことは簡単にできるのだから。

 単純に比較するなら、コボルトの力など、比べ物にならないだろう。


 けれど、現実として、僕の心はその力に見合ったものではない。

 本来の僕は、大した経験もない十代の子供でしかないのだ。

 カノンには、そのことについて出来れば適切に認識していてほしかった。

 そうでなければ、もしものときに正しい対応ができないかもしれないから。


「持ってる力と度胸は別の話さ。僕は、本当にただの臆病で、何も知らない子供が、たまたま何かの間違いで強力な力だけを手に入れてしまったようなものなんだよ。カノン達みたいに、心も体も強い存在な訳じゃない。死ぬ危険がないところだと分かっていたから、IMMの中では命知らずみたいに戦えた。けれど、今はそうじゃないんだ……」


 気のせいか、僕の言葉に、カノンはどこか傷ついたような表情をして顔を伏せる。

 彼がなぜそんな顔をするのか、正確なところは僕にはよくわからない。

 けれど、羊頭の彼の顔はいつになく切なそうな表情を浮かべていて、僕がこんなことを言うのはショックなのだということが分かる。


 ふと、悪いことをしているような気がした。

 でも、これは端的な事実なのだ。

 嘘を言う訳にはいかない。

 ギルドマスターとして、IMMにおいて最強を誇ったギルド≪楽団≫のマスターとしての顔を、この世界でも維持し続ける、という選択肢も確かにある。

 けれど、僕には、仲間に自分の本当の顔を隠しながら生活するなんて器用な裏切りはできない。

 だから皆には僕の現状を正直に話そうと、そう思っているのだ。


 僕の台詞の衝撃を飲みこんで、なんとか顔を上げたカノンは言葉を絞り出す。

 僕の台詞をどうにか否定しようとして。


「だけどよ……あんたが負けるなんて、ありえねぇって……」


 でも僕はそんなカノンの台詞を即座に否定する。

 事実を突き付ける。

 別に意地悪をしようって言うわけじゃない。

 ただ、はじめのうちの今、受け入れてもらわなければ、おそらく今後言えなくなる。

 そんな気がしてのの台詞だった。


「そんなことはないよ。カノン、これだけは言っておきたいんだけど、あんまり僕を信頼しすぎないでほしい」


「それはどういう……」


「僕はもう、IMMで最強を誇ったギルド≪楽団≫のマスターじゃないんだ。そんな人物は、IMMが終わったときに死んだんだよ。今の僕は……ただの子供だ」


 そう言って、僕はしばらくカノンを見つめた。

 突き放すような台詞だったかもしれない。

 しかし、端的な事実でもある。

 カノンも僕の目を見つめる。

 これが嘘なら許さない、と言っているような気がした。

 風が吹いてゆき過ぎる。

 一瞬が、永遠に感じた。


 そうして、どれくらいの時間が経っただろう。

 カノンはふぅ、とため息をつくと、真面目腐った顔を崩して、頭をぼりぼり掻きながら言った。


「……分かったよ。だったら、余計に気をつけてくれ。IMMが滅びても、≪楽団≫がなくなっても、結局、俺たちにはあんたしかいないんだ。だから今も、これから先も、俺たちの主じゃなくなった、とは言わないでくれ。それだけでいい……それで、いいんだ」


「……うん。ごめん……ありがとう」


「はっ。謝ることなんてねぇよ。ほら、行って来いよ、主サマ。弱くなったってんなら、余計に気をつけてな!」


 カノンがそう言ったのを見て、笑いかけると、僕は飛竜ワイバーンの首を撫で、飛び立つ合図をする。

 ばさりと羽が広げられ、空気を地面にたたきつけ始めると、飛竜ワイバーンは徐々に地面から離れ始めた。

 重力に反抗するように体を宙に浮かべて行く飛竜ワイバーン。それにしがみつく僕。

 地上を見ると、いつの間にかかなり高いところにたどり着いていることに気づく。

 

 遠ざかっていく地面に、一人ぽつりと立っているカノン。

 それはどこか、置いてけぼりにされた小さな子供のように見えた。

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