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第5話 mournful~哀れな~

「いきなり走りだすからびっくりいたしましたわ」


 ふぅ、と音楽堂の中の第一会議室ミーティングルームで美しい黒髪をさらりと流しながら、上品な色気を醸し出しつつため息をついたのはクライスレリアーナだ。

 その緋色の瞳にも、また寄せた眉にも仄かな色気が漂い、大抵の男が彼女の前には数秒も経たずに陥落することだろう。

 しかし、残念ながらというべきか、幸運にもと言うべきか、僕は彼女の正体を知っている。

 いかに美しくいかに艶やかな存在に見えたとしても、彼女を女性として見るのは中々厳しいものがあった。


「悪かったよ。外に森が広がってるなんて驚いたからさ」


「それにしたって一言くらい断ってもよかっただろうがよ」


 少々口が悪いのは羊頭の獣人族、ニコロの弟子のカノンである。

 外に出た僕をノクターンと共に追いかけて来た彼は今、どことなく柄の悪そうな顔をしていてぱっと見だとずいぶん近寄りがたい印象を帯びている。

 しかし、今、そんな彼の顔に浮かんでいるのは、呆れた、という感情であり、クライスレリアーナと同じく説明なしに飛び出して言った僕を諫めているのだろう。


「これからはそうするよ……そういえば、あのときクライスレリアーナは何か言おうとしてたね。何だったの?」


「あぁ……そうでしたわ。これは重要な事なのですが、1キロ四方には確かに何もないのですが、少し離れたところにおそらく人によって踏みしめられたと思しき道のようなものがあったらしいのです。まず主人の指示を仰がねばと考え、その道の先を調べるには至っておりませんが、いかがいたしますか?」


「道か……人がいるなら会ってみたいな。僕にも状況がよくわからないし…」


「状況、ですか?」


 ノクターンが首を傾げる。

 そう言えば、彼らには特に何も説明していなかったか。


「そう言えば言ってなかったね。と言っても、説明して理解してもらえるかどうかわからないんだけど……」


 僕が視線を泳がせると、ノクターンがその容姿に似合わず美しい琥珀色の瞳をきらりと光らせ、僕の目を真っ直ぐに見詰めて言う。


「良く分かりませんが、我々一同、あるじの言葉はどんなものでも信じる所存です。ご心配など、なさらぬよう……」


 そうして敬礼のようなことをする弟子一同。

 分不相応にも僕は相当敬われているようでなんだか気恥ずかしい。


「そんな……そう言ってくれると嬉しいんだけど。そう言えば、その、みんなは何で僕のことを"あるじ"っていうの?」


 IMMでは"あるじ"というのは魔物の立場から見て、自分を従えたプレイヤーキャラクターを呼ぶ呼称であった。

 だから確かに僕は、僕の魔物たちにはそのように呼ばれていたが、彼らは少なくとも僕の従属させた魔物ではない。

 なので不思議だったのだ。


「それについては私がお答えする」


 そう言って一歩前に踏み出したのはヨハンナの弟子のリートだ。

 銀髪の女性エルフの容姿をしている彼女。

 青色の凍てつくような瞳、冷たい容貌と共にその口調のきびきびとしたところが主人とそっくりである。

 しかし、それでもやはり元の主人とは少し違う。

 どことなくではあるが、幼く、無垢な印象を感じるのだ。

 彼女の本来の主は、もっと揺るがない山のような強さを持っていた。

 リートの蒼い目は、不安に揺れていて、置き去りにされた子供のようである。

 そのきびきびとした態度は、おそらくは、仮面、もしくは虚勢なのだろう。

 しかしそれを指摘するのも可哀想な話である。 

 そう思って、僕は黙って話を聞くことにした。

 リートはゆっくりと話し出す。

 自分の想いを吐き出すように、少しだけ寂しそうに。


「……私たちの本来のあるじたちは、たった一人、あなただけを残して、ラスト・コンサートからここに訪れることはなくなった……そして、それはIMM始まって以来の初めてのことだ。我々はこの事態を受けて、あるじたちは何らかの理由でここに訪れることができなくなったのだ、と解釈した。我々は従魔だ。あるじがいなくなった以上、元のように野に帰ることも考えた。けれど、我々は音楽の素晴らしさを知った。それがなければ、生きていけない程に。だから相談したのだ。我々は、≪楽団≫の創始者であり、中心メンバーだったあなたに従い、あなたをあるじとしてこれから先は生きて行こうと。もしも元のあるじたちが戻って来るのであれば、そのときに彼らのもとに帰ればよい。それまでは、あなたがあるじ。そう、決めたのだ……!」


 リートの台詞をうんうんと頷きながら聞いている弟子達。

 彼らの決意はどうやら固いらしく、僕を主とすることに問題はないようである。


「そう言ってくれると嬉しいんだけど……っていうか、聞き捨てならないことを聞いたよ。君たち、ここがIMMの……ゲームの中だってことを、認識してるの?」


「あぁ、知ってるぜ。それがどうかしたのか?」


 こともなげにそう言ったのはカノンだ。それにしても驚きの発言だった。

 サービス終了前のIMMでそんなことを言いだす魔物など、一人もいなかったのだから。


「一体、いつから?」


「ん?そう言われると……いつだろうな? いつの間にかと言うのが一番近いが」


「いつの間にか、ね……」


 IMMがゲームの時からか、それともこんな事態になってからなのか、というのが一つの問題だが、それはあとに聞けばいいかと置いておくことにする。

 それから、カノンが言った。


「それよりあるじサマ、状況がどうとかって話はどうしたんだ?」


「あぁ、そうだった。まぁ君たちがIMMのことを分かっていると言うなら話は早い。IMMは終わったんだ」


 僕の言葉に首を傾げる弟子たち。

 僕は続ける。


「IMMは、あのコンサートの日を最後に、そのサービスを終了したんだよ」


「そ、それはどういう……」


 クーラウの弟子であるチネアルが焦り気味に聞いた。

 彼の姿はクーラウと同様、銀髪の美しいエルフ族の青年だ。

 ただ言葉遣いが妙に老人じみているために、彼と話した者は皆、なんとなく残念な印象を感じる。

 仕草もどことなく年寄染みていて、大げさで鈍そうな印象を受ける。

 彼の師であるクーラウはチネアルとは正反対で、若くはきはきとした印象の青年だったから、その陰影は余計にはっきりと感じられて僕には面白く映った。

 本当に、ここはもうIMMの中ではないのだな、と余計に感じた気がした。


 そうして、僕はトーンを変えず、冷静に見えるように淡々と続けた。

 本当は、叫びだしたい気分だったけど、そう言う訳にはいかなかった。


「もう誰もIMMにログインすることはできないってことさ」


「でもあるじ殿、あるじ殿はここにいるではありませぬか!」


「そうなんだよ。それが"情況"だ。僕だけここに取り残されたんじゃないかって言うね」


「……あるじ殿、それは」


「あんまり考えたくない事なんだけど……ここの外を見る限り間違いではないような気がするんだ」


「それでは、我々のもとのあるじたちは……」


「うん。君たちの予想通り、ここにはもう尋ねてこられないだろう。そこで聞きたいんだけど、君たちはそれでも僕についてきてくれるかい?」


 正直、それは不安な問いかけだった。

 IMMでの大した思考能力も無いAIならともかく、彼らは今や完全な知性を有した生命体だった。

 本来なら人間など遥かに超えた生き物である彼らを僕が従える……そんなことが出来るとはとても思えない。

 でも、僕と彼らにはIMMという繋がりがある。

 そして音楽と言う絆も。

 だから、きっと彼らは僕についてきてくれるのではないか、そういう希望も感じていた。


 彼らは黙考し、そして答えた。


「勿論です、あるじ」


 ノクターンが綺麗に頷いて答えた。


「おう、当然だ。よろしくな、あるじサマ」


 カノンも、その口調に似合わない美しい仕草で首肯する。


「昔から主人を食べてみたいと思っておりましたわ。これからは解禁されますのね」


 クライスレリアーナが艶やに微笑みながら、その緋色の瞳を僕に向けて言った。


「あるじ殿。あるじ殿は私たちの元のあるじ達を信頼し、助けてくれました。今度はそれを我々が返す番だと思っておりまする」


 チネアルがうやうやしくそう言って、のろのろと頭を下げた。


「私には初めから否やはない。よろしく頼む。あるじ様」


 リートがきびきびとした姿勢で、淡白な声でそう言った。

 少し震えてはいたけれど。


「わたしは初めからそのつもりだったよ~」


 乙女がのほほんとした気の抜ける甘い声でそう呟いた。


 どうやら、全員、僕についてきてくれるつもりらしい。

 と言ってもここにいる六人だけだが。

 他の魔物たちにも聞いてみなければと思っていたのだが、ノクターンが言う。


「他の魔物も、今のあるじのお話は聞いておりました。全員が我々と同じ気持ちです。ご心配なさらず」


 どうやってか、今の会話を全体の魔物に伝えていたらしい。

 そういうスキルがあったかどうか、思い出してみるが、いっぱいいっぱいな頭ではあまり何も浮かばなかった。

 だから僕はとりあえずお礼を、と思い言う。


「……そっか。ありがとうノクターン。みんなも」


 そして、少し涙ぐんだ僕に、みんなは笑いかけてくれた。

 彼らの力があれば、僕はきっとここでも生きていけるだろう。

 そう思えるくらいに、彼らの力は強力なのだ。

 とは言っても、この新しい世界に、僕らよりもよほど強力な生命体がいないとは限らない。

 まずは偵察が必要だった。

 クライスレリアーナが言っていた道の先、まずそれを調べるのがその始まりだろう。

 まずは僕自ら、偵察に出る旨、弟子たちに話した。

 初めは彼らも心配そうにしていたが、魔物を一匹連れて行くこと、それに無理はしない事を確約するとついには折れて送りだしてくれることになった。


 *


 広い街道を豪華な装飾を施された馬車が一台、数十人の騎士たちに護衛されながら進んでいた。

 騎士たちは皆、白銀の甲冑を身に纏い、揃いの拵えの施された片手剣と楯を持ってきびきびと歩いている。

 その姿は確かな訓練と選良の誇りに満ち満ちていて、まるで戦勝の凱旋がこの後に待っているかのような意気軒昂たる姿である。

 武威を誇りながら歩く彼らは≪剣と誓約の国≫ピュイサンス王国の一行であった。

 馬車のなかにいるのは、ピュイサンスの宝石とまで称えられる第一王女エスメラルダであり、彼女は国王の命令により"ある場所"を目指して進んでいる途中である。

 流れるような黄金の髪を後ろに流し、エスメラルダは、退屈そうに外の景色に向けていた視線を戻して対面の席に座る男をその深緑色の瞳で疑わしそうに見る。


「あの話は本当ですの?」


「おそらくは……辺境の村の者の言とは言え、彼らにそれほどまでの想像力はございませぬ。十中八九、真実かと」


 エスメラルダ王女の対面に座る年齢に似合わぬ体躯を誇る男は、ピュイサンス王国近衛騎士団長を務めるレド侯爵である。

 王国を巡るいくつもの戦で数多煌めく星をも霞ませるとも言わしめるいくつもの戦功を重ね、また王国と国王に対する忠誠も比類なきものと言われる彼は今、エスメラルダ王女を"ある場所"へと連れていく任務を国王より直々に仰せつかっていた。

 謹厳実直を形にしたような彼は国王からの信頼も厚い。

 日頃より国王が目に入れても痛くないと言って憚らないエスメラルダ王女の護衛を任されたことはそのことの表れであった。


「しかし……あの場所には何もなかったはずですわ。それなのに……突然、壮麗なお屋敷が出現したなどと……」


 エスメラルダはこの旅路が始まってからずっと不安そうだった。

 それはそうだろう。

 王族に生まれたとは言え、今までは殆どが籠の鳥。

 良い意味で家の中にずっと閉じ込められ続けた彼女は外の世界を全く知らない。

 初めて向かうたった一人での視察に不安になるのも当たり前のことだった。

 だからだろう。

 国王はおそらくは何もないだろうと考えられる役目をエスメラルダに負わせたのだ。

 少しは外の経験をしてこられるようにとの配慮だと思われた。

 けれど、レドの経験からすれば、今回の国王の采配は失敗だった。

 『突然屋敷が出現する』という事態について、国王はそんなことはありえないと判断したようだが、地方の領民にそんなことを夢想する想像力はないのである。

 国王はその辺りについて、少しばかり浅慮だったとレドは考えていた。

 今回の視察は、エスメラルダにとって大変なものになるかもしれない。

 そのときは、自分がしっかりとサポートしようと考えを新たにして、レドはまず王女の緊張を解くことから始めることにした。


「確かにこの目で見なければ信じられませぬな。ただこれは国王陛下からの勅命でございますれば……。それに、モリトー村の周辺には美しい湖や自然がございます。あの辺りは我が領地でございますから、一時滞在用の質素なものとはいえ領館もあることですし、保養と思って向かえばよろしいのでは」



「保養ですか……そうですわね。もし何もなくても休養を貰えたと思えばそれでいいですわね。何かおいしいもの、ございますか?」


 レドの言葉にエスメラルダは表情を明るいものに変えて嬉しそうに言う。

 その表情で、レドは自分の作戦が間違っていなかったことを確信してほっと息をついた。

 力を得たレドは、声を明るくして続ける。


「ええ! それはもう。王都では中々味わえぬ淡水魚や山菜が数多く採れますので……ご満足いただけると思います」


「でしたら、それを楽しみにしましょうか……」


 王女もレド侯爵も肩の力を抜き、談笑を始めた。

 馬車はゆっくりと進んでいく。

 護衛の騎士たちも、あまりにも何もない田舎への道程に飽き飽きとしていた。

 魔物もこの辺りはあまり出現しないと言う話も事前に聞いていたため、なおさらだ。

 このまま進めばあと数時間でモリトー村に到着する。自分たちの仕事はおそらくはもうないだろう。

 そんな風に思っていた。


 しかし、どんなものでもそうだが、往々にして気の抜けた瞬間というものは最も危険なものである。

 大抵の危険はそのような瞬間を狙って風よりも早く襲いかかって来るのだから。

 そんなことも露知らず、王女一行はのん気に進んでいく。

 彼らの最後は、もしかしたら近いのかもしれない。

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