第46話 avec une humble~控えめに~
「……ついてって、またどうして?」
この世界の情勢についてはレド侯爵やエスメラルダ王女にある程度聞いている。
傭兵というのは現実世界で僕らが《冒険者》という存在に求めるような役割をそのまま負っているような人々である、と。
かといって、《冒険者組合》みたいな分かりやすい統一的管理団体があるわけではなく、個人が勝手に請け負っていたり、十人とか百人とかの集団になって、国や団体に売り込み営業をかけて仕事を請け負ったりと、原始的……というと少し怒られそうだが、そこまで機能的な人々ではない。
僕が探索者協会なんて作ったのは、この世界の傭兵がそういう状況にあるからで、一般人にも利用しやすいように出来ればいいんじゃないか、と思っていたところもある。
そんな状況の中で、傭兵が依頼を受けている途中に他の人間と一緒に行動する、なんてことはあまりないので、突然そんなことを言い出した二人に少し驚いたのだ。
僕の質問に、ティナがその青い目をキラキラと輝かせて答える。
「だって、貴方たち、二人で《黒王の守護森》に行くつもりなのでしょう? さっきも言ったけど、あそこは危険よ。たった二人で行けるほど、甘いところじゃないわ」
その言葉に、僕とチネアルはお互い目を合わせる。
その伝えるところは、全然大丈夫だと思うのだけど、だが、そんなことは言えない。
ティナは続ける。
「もちろん、二人がそれなりに実力があって、決して無謀で向かう訳じゃないってことはさっきの動きとか、そのローブの強度とかを見て理解したわ。それでも……あの森は、《迷う》から」
別に僕らの実力が不足している、と思って言っているわけではないらしい。
それに気になることをティナは言った。
「……《迷う》?」
これには女戦士レリスの方が答える。
「ああ。森自体に魔法がかかってるんだろうと言われているが、中に入ろうとするといつの間にか外に出てたり、中に入れたはいいが同じ場所をぐるぐる回らせられてたりするんだよ。あそこを歩くには、ちょっとしたコツが必要でね。あんたたちは腕はあっても、《黒王の守護森》には行ったことはないんだろう? 流石に初見であそこを歩き回るのは厳しいと思ってさ。少しならあたしらが案内できる」
それで彼女たちの言いたいことが分かった。
つまり、僕とチネアルがそこで《迷って》無残に死ぬことを惜しんでくれたのだろう。
迷う、というのは意外と恐ろしい話だ。
たとえ腕に自信があっても、何日も人里に辿り着けなければどれほど屈強な戦士だとて死んでしまう可能性が高い。
僕らのような色々と隔絶しているステータスを持っている場合にはその一般論はまるで当てはまらないわけだが、それを見て理解しろというのは酷である。
つまり、彼女たちは純粋な親切で言ってくれているのだろう。
と、思ったが、ティナが舌をぺろりと出しつつ、言った。
「……っていうのは一応の建前でね。あなたたち、強いでしょ? 足手まといにはならなそうだし……私たちもこれから《黒王の守護森》に向かうの。実力があるなら、二人で行くより、四人で行った方が絶対に生還率が高いから、どうかなって。……ダメかしら?」
かなりぶっちゃけてくれた。
まぁ、正直は美徳である。
少なくとも色々と腹に抱えながらしたたかに目的を達しようとされるよりはずっといい。
それに彼女の言うことにも一理ある。
僕たちは二人でもいざとなったら森ごと破壊して帰ってくるということも可能だが、そんな目立つ行為は出来る限りしたくはない。
適度に探索して戻って来られればいいのだ。
それに、魔物だけ倒して帰ってくるよりは、あの森にある植物など素材の類なども持って来れればうれしい。
ティナたちは《黒王の守護森》に何度か行ったことがあるような話だし、そうなると僕らにも決して不利益なことでもない。
そこまで考えて、僕は頷く。
「……分かったよ。じゃあ、お願いできるかな」
「……良かったわ。よろしくね」
「あたしもよろしく」
二人がそう言って手を差し出してきたので、握手をする。
チネアルも続けて握手をした。
僕はともかく、チネアルの方はフード付きのマントを着ていて、それをずっと被っていたが、このタイミングで外し、顔をあらわにしたので、二人は驚く。
「……えっ? エルフ?」
ティナがそう言うが、チネアルは、
「いやいや、耳を見てくだされ」
そう言って頭を横にして、耳を示す。
そこにあるのはエルフの長耳ではなく、人族であることを示す丸耳だ。
もちろん、チネアルは人族ではない。
基本的にはエルフ……その中でも上位種に当たるハイエルフの見た目をしている。
彼の本来の主、クーラウの種族がそうだったからだ。
ちなみに正体はテイムした魔物であるから、魔物なのだが、その姿はこちらの世界に来てまだ見ていない。
他の弟子たちのそれもだ。
というのも、大きさ的なみんな酷いので、おいそれと元の姿見せて!とは言えないからだ。
音楽堂の中で元の姿に戻ってもらってもいいが、IMM時代の解説文なんかで見たみんなのサイズを中途半端にしか記憶してないので、そこで変化して音楽堂が壊れるのもまずいから……。
中には一キロとかいうふざけたサイズの奴もいたような覚えがある。
流石に無理だ、というわけだ。
……話がずれたか。
ともかく、チネアルの丸耳は苦労して作り上げた人化の術の賜物であり、それを見てティナは納得したように頷いた。
反応から見るに、この世界にはエルフが人族に擬態できるような技術はないのかもしれない。
あっても珍しいか……まぁ、まだ分からないか。
「いやはや、それにしても美男だね。エルフと見紛う美しさの男なんて、人族にいるとは思わなかったよ。ま、あんたの主様もあと十年経てばどうなるか分からないが」
レリスがそう言って笑った。
僕の今の外見年齢は十五くらいだから、十年たつと二十五くらいか。
流石にレリスからしても僕は幼すぎるという所だろう。
しかしティナは、
「……今もかわいいじゃない?」
とか言っている。
「年下好きにしても限度があると思うけどね」
レリスがそんなティナを窘めていて、この世界では僕は結婚適齢期ではないようだな、という必要なのかどうかわからない情報が得られたのだった。




