第45話 risoluto~きっぱりと~
「……未開拓領域に行くって、本気かい?」
そう尋ねてきたのは赤髪の女性剣士、レリスだった。
その顔に緊張感が満ちているのは、やはり未開拓領域に行く、などというのはこの世界では普通の行為ではないのだろう。
しかし僕はあっさりと頷いて答えた。
「あぁ、本気だよ。探索者協会の基本的な目的はそのためにあるからね」
そんな僕に、金髪のエルフの魔術師ティナは呆れたような声で言った。
「あそこは魔物の強さからして段違いよ。そんな軽装で行くのは間違ってるわ……せめて武器と防具をもう少しいいものにしなければ、外縁部を歩いただけでお陀仏だわ……」
それは僕たちを心配しての言葉だった。
確かに彼女たちの目から見れば、今の僕とチネアルの格好は軽装以外の何物でもないだろう。
旅人が好みそうな服に、マントを羽織っているくらいの僕らの格好。
けれど、これはIMMにおいてはそれなりに高位の防具であって、普通の鉄鎧よりずっと防御力が高く、また状態異常もほとんど抵抗してくれると言う優れものである。
武器についてはインベントリ――この世界の言い方では、異次元収納というようだが――に入っているので、別に持っていないと言うわけでもない。
どちらもこの世界においては貴重なものであるが、説明したからといってそれほど不都合が生じると思えなかった僕は、素直に二人にいう事にした。
「心配はありがたいんだけど、この服はたぶん、君たちが身に着けているものよりずっと防御力が高いよ」
レリスが身に纏っている防具類は金属製のそれであり、女性用に美しい模様が彫刻されたものだが、防御力は高そうに見える。
ティナのローブも、厚手であり、なんらかの魔術的強化の跡が見える。さらに、ローブの下にはおそらくレリスのものよりは簡易のものだろうが、やはり金属系の軽鎧を身に着けているようだった。
そんな彼女たちであるから、僕の言葉が信じられなかったらしい。
ティナは言った。
「そんな訳ないでしょう? ただの布じゃない……私のローブだって魔術的強化は施されているけど、さすがに剣や槍を防ぐと言う訳にはいかないのよ」
などと言っている。
僕は仕方なく、インベントリから短剣を取り出した。
その瞬間、ティナとレリスは目に見えて警戒し始めた。
それも仕方がないことだろう。
突然、今まで持っていなかった刃物を取り出した男が女性二人の目の前にいるのである。
襲われることを危惧して警戒するのは当然だと言えた。
とりあえず攻撃するつもりのないことを告げる。
「驚かせたね。申し訳ない……別に君たちをどうこうしようってわけじゃないよ。そうじゃなくて、チネアル」
「はい、あるじ殿」
そう言って、僕はチネアルに短剣を渡した。
するとチネアルは非常に洗練された動きでもって、僕に切りかかる。
その瞬間、ティナとレリスは驚いたのか、僕を守ろうと動こうとしたが、チネアルの動きについて行けるほど二人のレベルは高くない。
その結果として、短剣は間違いなく僕の右腕辺りに命中する。
ティナとレリスは小さく悲鳴を上げた。
けれど、僕は特に何の痛痒も感じていない。
「……というわけさ」
と言って、まさに今切られた部分を二人に見せる。
すると、
「……そんな馬鹿な! 服にもマントにも傷がないねぇ……」
レリスが叫んだ。
「……本当ね……腕も、怪我してないのよね……?」
ティナがそう言ったので、長袖を捲って見せた。
当然、そこには傷一つない、日光を嫌う僕の白い肌がある。
それからしばらくして、二人が落ち着いてから僕は話し出した。
短剣は既にインベントリに収納し、チネアルも横に控えて黙っている。
「そういうわけで、僕らの防具類については心配ないよ。武器も、ね」
その言葉を聞いても、何の反応を示さなかった二人だが、別に聞いていなかったわけではないようだ。
そうではなく、今見た情報を頭の中で整理していたのだろう。
少し考えた様子で、レリスが言葉を口にする。
「防具については……分かったよ。見かけによらない高性能なものだってさ。でも、あの短剣はいったいどこから取り出したんだい? 私が見る限り、あんたたちは一切武器を持っていなかったと思うんだけど……?」
僕は正直に答える。
「僕にはインベントリ――異次元収納と言う特殊な力があるんだ。普段はそこに様々なものをしまっているんだけど、さっきの短剣はそこから取り出した、というわけだね」
「異次元収納……! 伝説の空間魔法じゃないの!」
レリスはいまいちぴんと来なかったらしいが、ティナは大きな反応を示した。
エルフだから知識が豊富なのだろうか。
そう思って尋ねてみる。
「レリスは知らないようだけど、ティナは知っているの?」
「人族の記憶からはほとんど消えかかっている知識なのよ……私達エルフには伝わっているし、簡便な――言い伝えられている異次元収納より効果の低いものなら使える人がまだいるから、知っているの」
その言葉に僕は驚く。
異次元収納を使える者がまだいる、ということに。
これはIMM由来の技術のはずなので、同じものがこの世界にもともとあったということなのだろう。
しかし効果の低いもの、とはどういうことか。
疑問に思って尋ねると、ティナは答えてくれた。
「収納できるものの数や重さに制限があるの。大体が、家一軒くらいの容量までしか入れられないらしいわ……ただ、本来の異次元収納はそれこそ際限なくものが入る、と聞いたことがある――そうなの?」
首を可愛らしく傾げられた。
男として、その質問に答えないわけにはいかないと思った僕は、言う。
「どうかな。実際に試したことはまだないけど……かなりの量が入りそうではあるね」
いつか試さなければと何度も思っているのだが、結局試すに至っていない。
そもそも何を入れて試したらいいのかが分からないので微妙なのだ。
巨大な石とかが転がっている地域などがあれば、ちょうどよく試せるのだが、その辺のものを入れている限り限界などと言うものに辿り着きそうな気がしないのである。
レリスが僕とティナの会話に首を傾げているので、実際に試して見せることにする。
「ここに剣があるよね……これを、ほら」
そう言って、馬車の中に転がっていた誰かの忘れ物らしい錆びた剣をインベントリに入れて見せた。
それから出したり入れたりを繰り返して見せる。
レリスはそれを見てやっと理解できたらしく、
「なるほど……要は、出し入れ自由な鞄のようなものだね?」
概ね、その認識であっている。
「それに加えて、重さやサイズは関係なく突っ込める、っていうのがあるよ」
「それは素晴らしいね……戦争の概念が変わりそうですらある」
傭兵らしく、そんなことを口にするレリス。
しかし、僕はそういうものに手を貸す気はない。
僕らのインベントリがそう言う意味で活用される日は、おそらく永遠に来ないだろう。
「ま、そんなわけで僕らの心配は無用ってわけさ」
そう言って僕は肩をすくめた。
僕の言葉にもはや異論はないようで、ティナもレリスも頷いていた。
それからしばらくの間、ティナとレリスは何事か、二人で会話していたのだが、特に気にしないでいると、突然、声を掛けられた。
「ねぇ、ちょっといい?」
「何かな?」
肩を叩くティナに首を傾げる。
レリスも彼女の後ろから僕を見ているので、二人から、ということでいいのだろう。
「少しお願いがあって……」
案の定、何か言いたいことがあるようだった。
僕は首を傾げて続きを促す。
「ええと……?」
そして、彼女は言った。
「私たちも貴方たちについていかせてもらってもいいかしら?」
それは、意外な台詞だった。




