第42話 accelerand~だんだん速く~
とことこ歩いて辿り着いたその場所で、依頼掲示板を見あげると、そこには沢山の依頼票が貼られていてなかなか壮観だった。
ギルド、などとという団体を想像するとき、この光景はなんとなく僕の心にすぐ浮かぶ分かりやすいもののうちの一つである。
あまり綺麗ではない建物の中、少し煤けた壁に沢山の依頼票が貼られている――
多くのVRMMORPGで採用されたそのシステムは、今、この探索者協会で現実に行われている訳だ。
少し異なるところを挙げるとすれば、建物は綺麗だし、壁も当然新品で、依頼掲示板も全く煤けてなどいないが、そこは雰囲気を感じ取れと言うものである。
そういうわけで、僕は掲示板に並んでいる依頼を物色し始めた。
「……黒狼の討伐、緑小鬼の討伐、大猪の討伐と素材の納入……ここら辺は初心者向けかな?」
まず、探索者協会として一般的な討伐・素材収集の依頼がいくつか目につく。
当たり前だが、王都周辺に生息する魔物たちの討伐・素材収集が多くあり、おそらくこれらがこれから探索者協会に加盟するだろう新人探索者たちの基本的な依頼になるのだろう。
大猪なんかは僕も王都のいくつかのレストランを回ってほとんどの店にあった食材であるから、需要も高そうである。
普段は商人が傭兵などを雇って狩ったり、また猟師が集まって倒したりしたものが物流に乗っているらしく、そこに新たに探索者協会産の大猪が載ることになる。
そういうところを考えると、探索者協会の存在は、王都の、ひいてはこの国の経済に大きな影響をもたらすだろう。
単純に大猪が食材として今以上に一般的になり、価格も安くなる、という分かりやすいメリットがある一方で、今まで大猪の狩猟で食べてきた者たちの収入を低下させると言うデメリットもある。
そういうことが、様々なところで起こることが予想されるが、それを考えなければならないのは少しだけ先の話になるだろう。
需要を満たす供給が得られていない、ピュイサンス王国の現状では、そこまで多大な影響はまだ与えないと考えられる。
探索者協会の存在がこの世界に根付いていくにしたがって、緩やかにその辺りも解決していけるといいのだが。
仮に国民一般の生活に大きく影響を与えても、国内の多くの貴族に好意的に受け入れられていることから、おそらく僕らの方が優先される可能性が高い、というのもあり、そういう心配はあまりいらないのかもしれないが、そう言う訳にもいかない。
別に僕らは、この世界の人々の生活を破壊したいわけではなく、うまく混じりあってやっていければいいと思っているのだから。
そこまで考えて、僕は別の依頼表を探す。
どんな依頼を探すかは初めから決まっている。
今回、このリハーサルに参加した目的はただ一つだからだ。
「……未開拓領域の探索は……?」
しかし、いくら探しても、掲示板に貼られている様子はなく、仕方なく僕は受付に戻って尋ねることにした。
そこには先ほどと同様、澄ました顔で座っている職員の少女――つまりは孤児院出身の、顔なじみの少女――がおり、僕の顔を首を傾げて見つめている。
一生懸命、冷静な表情を保とうとしているのが何となくおかしくなってつい吹き出しそうになるが、彼女も真面目に仕事をしようと頑張っているのである。
馬鹿にしたみたいになるのはかわいそうなので、笑わずに、至って冷静を装って話しかける。
「申し訳ない。質問したいことがあるんだけど、大丈夫かな?」
そんな僕の質問に少女は少し緊張したように背筋を伸ばしてから答えた。
「は、はいっ! なんでございましょう?」
「うん……掲示板を見たんだけど、未開拓領域探索の依頼が貼ってないんだ。僕はそれを受けたいんだけど……その場合はどうすればいいのかな?」
「あ、そうですよねっ。エドワードさんはそうだって聞いていたのでした……っと、そうじゃなくて、ですね……」
しどろもどろになりつつ、けれどすぐに姿勢を正して少女は続けた。
「未開拓領域の探索の依頼は、基本的に高ランクの方に限って斡旋させていただいております。なので、通常の依頼掲示板ではなく、あちらの掲示板に貼られています」
言われて、少女が指差す方向を見ると、確かにそちらには少し縁が豪華に装飾されている掲示板がもう一つあって、なるほどあちらの方がランクの高い探索者向けの依頼が貼られているのだなと納得できた。
「なるほど。よく分かった。時間をとらせて申し訳ないね」
「いいえ……あ、それと、未開拓領域探索につきましては、はじめの一回は引率者がつくこととなっておりますので、その点、ご了承ください」
「引率者?」
「はい……未開拓領域探索は、この国始まって以来の事業ですから、出来るだけ慎重に行う事となっておりまして……」
確かにその点については国王やレド公爵などから念押しされた。
下手につついて未開拓領域から魔物が押し寄せてきました、では困るのである。
だから、そのための方策として基本的には小規模な集団で地図を作る、くらいのところから始めるべきで、徐々にその探索領域を広げていくようなやり方はどうか、というところで合意していた。
それ以外の細かい点については丸投げに近い形で任されることになったが、決定し次第報告することも義務付けられたので、国としても注視していくということであり、それは非常に正しいことであると思う。
しかし、実際にどのような運営を行うかは、僕も従魔たちに多くを任せていたので、細かいところについてはいま初めて聞いている。
その方が面白い、と思ったからというのは秘密だ。
そして、少女が言うには、未開拓領域探索においてつけることとなっている引率者、というのは探索者協会に所属する探索者のうち、探索者協会専従の特別の探索者が務めることとなっている、ということだ。
探索者協会専従、とはつまり、我らが従魔たちのことを指す訳で、それを聞いて僕はなるほどと思う。
最初は従魔の監視付きで未開拓領域を探索させ、そのやり方を教え込んだり、生存率を上げていこうと言うわけだろう。
おそらくはノクターン辺りが考えたことだろうが、確かにそういう方法をとれば様々な危険を事前に取り除けるいい手ではないかと思った。
僕は少女に頷き、理解を示す。
「なるほど、よく分かったよ。ちなみに……僕につく引率者は誰になるのかな?」
「はい……今ですと、チネアル様になるかと……」
チネアル。
彼は僕の従魔の中で、クーラウの弟子にあたる、外見が美しい銀髪のエルフ族をしている青年である。
当然、その外見は元々クーラウがとっていたものであり、本来、チネアルは魔物であって別の本性があるのであるが、それはいいだろう。
老成している、というか老人化している、というべきか、何とも言えない彼だが、弓と魔術の扱いについては従魔たちの中でも群を抜いていて、引率と言う役割を考えると心強い存在になるだろう。
楽器も一通りできるのは≪フォーンの音楽堂≫の住人として当然のことだが、本来指揮者であるので、どれが突出して得意ということもない。
音楽家としての技術については、そういう意味では頼りにならないだろう。
とは言え、未開拓領域探索と言う依頼の中で、重要なのは戦う力であり、音楽家としての技能はそれほど重要ではないかもしれないが。
必要なときは僕が演奏すればいいだけの事だ。
「分かった。じゃあ、依頼をとってくる」
僕は少女にそう言って、豪華な依頼掲示板からなんとなく気になった依頼を一つとり、少女に差し出す。
すると情報端末を使って依頼受付処理をしてくれた少女が、処理の終わった依頼票に判子を押して、手渡してくれた。
「詳細については依頼票に記載してありますので、分からなくなった場合は適宜ご覧ください。また、これは未開拓領域探索の依頼ですので、遠出する必要があります。目的地までは馬車に乗っていく必要がありますので、王都西にございます馬車乗り場の方へ向かってください。チネアル様がお待ちだと思いますので、行けばわかると思います」
当たり前と言えば当たり前だが、一日二日で終わる仕事ではない。
探索者協会の運営リハーサルも、シフトなどの確認のため、とりあえず一週間程度は継続して行うようだから、問題は無いだろう。
僕は依頼表を受け取ってお礼を言い、それから馬車乗り場に向かったのだった。




