第41話 Adagio~ゆっくりなテンポで~
次の日、僕は何食わぬ顔をして、未開拓領域探索団体――結局正式名称は『探索者協会』ということに決まった――に顔を出した。
その業務はすでに朝から行われており、今ではひと段落したらしく、探索者協会建物内部は落ち着いた雰囲気が漂っている。
おそらくもっと早い時間に来れば、人でひしめき合っている状態も見れたのだろうが、それを見て評価する仕事は従魔たちがやってくれてるので、僕が顔を出すのはただの邪魔にしかならないだろうと思い、あえてこの時間にしたのだ。
今はもうすでに日が高く上った午後であるが、午前中、どれだけ忙しかったかは従魔たちから報告を受けている。
けれど、だからと言って運営がうまくいっていなかったということもなく、多少のトラブルはあったようだが、概ね問題なく営業されたという事だ。
もちろん、未だ探索者協会組織の中核的人材を担う探索者の人数は現在極めて少なく、ウィア達が信頼できると断言できるスラムの住人達十数人しかいない。
本格的に稼働した場合、少なくとも数百人規模の組織を目指しているので、数十人、という少数でリハーサルを行う事はこれからのためにならないだろう。
だからこそ、≪フォーンの音楽堂≫の従魔たちには、探索者の人数が増えるまでの繋ぎとして参加してもらう予定であり、今回のリハーサルに当たってもそれは同様である。
そのため、午前中にここにいた者の人数はそれこそ数百人単位だったと思われるが、あまり建物内部は汚れていない。
しっかり掃除したという事なのか、それとも従魔たちが手加減したのか。
……いや、そういうところで手加減するような従魔たちではないだろう。
報告はそこまで細かく受けていないが、本番さながらにやってこそリハーサルであると考えていそうだし、そうするとガラの悪い人間などを装ったものなども少なからずいたと思われる。
にもかかわらず、この落ち着きを保っているというのは、やはりウィアたちは中々優秀であるということに他ならないだろう。
そう考えた僕はしばらく建物内部を観察してから頷き、ずらりと並ぶ、飴色に輝く高級そうなと長テーブルにいくつも作られた受付のうちの一つに近づいて、そこに座る少女に向かって口を開いた。
「……登録は出来ますか?」
◇◆◇◆◇
僕がその言葉を発した瞬間、なぜか探索者協会職員たちの間にぴりっ、と緊張感のようなものが走ったのを感じた。
――なぜだろう?
不思議に思ったが、どうして緊張してるの? などと質問するのはリハーサルと言うことを考えればなんとなく興ざめな感じもするので、聞くわけにはいかない。
おそらくは、僕が来たから緊張したのだろう、という気もするが、それなりに頻繁に会っているのであるから、今さら顔を見たくらいで緊張するようなものでもないと思うのだが……。
そんな僕の疑問をよそに、手続きを進めなければならないと思い至ったらしい受付の少女は、僕の言葉に頷いて何枚かの用紙を渡してきて説明を始めた。
とは言っても、僕にとってそれは慣れたもので、いまさら説明されずとも暗記してしまっていると言っていいものである。
なにせ、この探索者協会のギルドシステムはIMMのクエストシステムの丸パクリであるところ、ギルドに名前や職業などを登録し、クエストを受けていくことによって少しずつランクを上げていくと言う非常にポピュラーかつ分かりやすいシステムを採用しているからだ。
IMMはそのシステムに独創的な部分が少ないことは、その来歴から明らかで、ギルドシステムも当時様々なゲームが採用していたそれを流用したような手抜きと言ってもいいそれでしかなかった。
ただ、だからこそ使いやすく分かりやすい、という特徴があったので、一概に批判できず、今回のように異世界へ定着させるために丸パクリ、という段になると、その有用性がよく分かる。
IMMのギルドシステムは、それこそ他のゲームのそれの必要最低限な機能だけを集めて作られたもので、これさえあればとりあえずは運用可能だろうと言うものにまとまっていたからだ。
もちろん、現実世界で採用するためには、税金や帳簿など、ただのゲームシステムに過ぎなかったギルドシステムには原理的に存在しないものを組み入れる必要があったが、そう言った実務的な部分については従魔たちがなぜか詳しく、うまいことやってくれたので問題はなかった。
つまり、僕はこの世界において、IMMのギルドシステムの導入に成功したという事であり、これは非常に面白い試みになるだろうと思っている。
今はピュイサンス王国一国のみで稼働しているギルドシステムだが、いずれは他国への進出も考えており、この間の開業記念パーティで知り合った人々の中には話を聞かせてほしいと連絡をつけてくる者も少なくない。
特にピュイサンス王国周辺の小国群にその傾向が強くあり、おそらく魔物の討伐だとか、雑用を有料ではあっても一手に引き受けようとしている探索者協会にそれなりの有用性を認めているのだろう。
大国は反対意見が多く、探索者協会導入に消極的だが、それは仕方のないことのように思う。
なにせ、基本的にピュイサンス王国に機軸を置いている組織なのである。
一歩間違えればスパイを自らの懐に入れることにほかならず、その辺りについて信用を築けない限りは、大国への進出は厳しいだろう。
ともかく夢は広がるばかりだが、その一歩目として、僕の探索者協会への登録である。
僕は、未だ探索者協会に登録していない。
本来は出資者であり、最高責任者なのであるからその必要は全く存在しないのであるが、それでもこういうものに登録したい、というのはIMMのようなゲームに嵌った人間としては当然の心の動きと言えた。
受付の少女から受け取った用紙に名前と職業、そして年齢と技能を書き、手渡した。
どの程度詳しく書くか、というのは一応問題だが、情報漏洩には気を付ける様に言ってあるし、僕の情報が僕の掌握する団体にどれだけ伝わっても問題ないのは当然なので全て書いても一応構わない。
ただ、いずれは僕は団体運営から身を引き、現地の者たちにその全てを任せたいと考えている以上、あまり深い情報を渡すのはやめた方がいいだろう。
そう思った僕は、レド侯爵の大体三分の一程度の技能を書いてお茶を濁すことにした。
それはこのピュイサンス王国の騎士の平均程度の技能と言うことになり、王国民の一般的な基準で言うなら、かなり高い戦闘力を持っている、ということになる。
僕らの基準で言うならそれはかなり低いと言わざるを得ないが、ピュイサンス王国周辺の土地で現れる魔物を見る限り、これでも十分と言える程度の実力だったりする。
僕から用紙を受け取った少女は慣れた様子で手元の魔導具に触れて僕が用紙に記載した情報を入力していく。
大体パソコンに近い魔導具であるが、用途は限定的である上、作るのにそれなりに高いコストがかかる。
けれど僕たちの協力が無ければ作れない、というものでもなく、作ろうと思えばこの世界の人間だけでも製作可能だ。
量産は厳しいが、探索者協会団体のような大規模な団体に一台、中央制御システム及び、数台の端末を設置することは、コスト的にそれほど大変でもない。
そんなわけで、入力を終えたらしい少女がほっとしたような顔で頷き、中央制御装置に僕の情報を送る。
それからしばらくして、入力端末の横に置いてある箱状の物体から、金属製のカードが出てきた。
受付の少女はそれを取り出し、僕に渡して説明する。
「……登録が完了しました。こちら、探索者としての身分及びランクを表すカードでございます。紛失した場合は、再発行に銀貨二枚ほど頂きますので、紛失はお避け下さい。また、探索者の仕事は主に探索者協会に寄せられた依頼、及び未開領域の場所的情報的開拓です。ランクが低いうちは前者を主にこなして頂き、後者については探索者協会からの推薦がある場合にのみ可能ですので、ご注意ください。どのような依頼があるかについては、協会入口から少し入ったところにある依頼掲示板、及び受付に確認して頂けば分かりますので、それをご自分の目で確認して頂けると幸いです。細かい規則等をお知りになりたいときは、そちらの壁に貼られている用紙に記載されていますので、ご覧ください。……何か、ご質問はございますか?」
当然だが、きっちりマニュアル化された内容だ。
疑問な部分は特になく、もしあれば聞けば答えてくれるのだろうから問題は無い。
僕な頷いてカードを受けとり、少女にお礼を言ってから依頼掲示板に向かったのだった。




