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第40話 con spirito~元気に~

 ピュイサンス王国王都、その中央通沿いの頑丈そうな石造りの建物の中で、極めて忙しそうに子どもたちが走り回っていた。

 年齢はばらばらだが、着ているものは揃いの制服であり、布地や縫製を見るに、そこそこ丈夫で着心地の良さそうな品であることが分かる。


「おい、それはそっちじゃない!」


 孤児院において男の子たちのリーダー的存在として動き回っていたウィアが、今はその建物の中でどこかの親方のように怒鳴り声をあげている。

 以前はくすんで汚らしかった顔や服装も、今は一端の町人に見える程度に改善されている。

 汚れで何色がか分からなかった髪も、今は艶のある銀髪であることが分かるし、顔自体も実はけっこう整っていたということが清潔にして理解できるようになっていた。

 建物内に設えるべき、設備や机の位置など、ウィアは事細かに図面を見ながら指示している。

 走り回りながら、子供たちに指示している様は、まさに親方であり、人を率いるだけのものを持っていたらしい。

 本来なら、子供だけで出来るはずもない大きな家具や設備の移動だが、全ては≪フォーンの音楽堂≫及び≪楽団≫の遺産により解決されている。

 この世界にレベル、という概念があるかどうかは未だによく分かっていないが、それに基づくステータス差というものが生きているということは、エドワード及び≪フォーンの音楽堂≫の住人達により確認されていた。


 そして、それならばIMMに存在したレベル上げ用のアイテムも使えるのではないか、それによってステータスアップも図ることができるのではないか、という連想は至極当然のことだった。

 エドワードたちは、その実験台として孤児院の子どもたちを選んだのだ。


 地球においてであれば、実に非人道的な所業であると糾弾されても仕方のないことだが、エドワードたちは、自分たちの体を使って一応の実験を行ったあとに始めたことなので、それほど問題はないだろうと考えた。

 あまりに巨大なステータス差により、実験結果にも大幅なずれが生じる可能性も考えないではなかったのだが、IMM時代のアイテムはこの世界においてはかなりの稀少品である。

 かなりの量のストックがあると言う前提があるにしても、無駄遣いするのも気が引けたのだ。


 そのアイテム、というのは使用することにより、使用者のレベルを一つだけ上げる効果を持つものであり、【星の実】とIMM内において称されていた、後発初心者用の救済アイテムだった。

 IMMはその性質上、先発組と後発組の差が他のVRMMORPGより大きく、当時、中級プレイヤーまで登り詰めるのがかなり難しくなり始めていたので、その問題をどうにかしようと運営が考えた末に生み出されたアイテムだった。

 他にも色々手段はあるだろうが、IMM運営は基本、かなり適当で大雑把であり、その意味では安易で労力の少ないこの方法を選んだのはむしろ自然だと捉えられた。


 後発組の目的にしても、それは先発組――つまり音楽家ミュージシャンが行う仮想空間内でのコンサートに参加することがほとんどだったので、レベルを上げて何をしたいのかと言えば、出来るだけマネーを稼ぎ、それによってコンサートなどのチケットの購入に充てることだった。

 そう言った層において、武具の購入費用、というのはそのためのいわばサブ的な目的だった上、高レベルプレイヤーになりたい、という欲求も他のVRMMORPGのプレイヤーたちと比較して低かったので、そう言った救済をしてもあまり文句は出なかったのだ。


 実際のレベルの動き、後発プレイヤーが高レベルプレイヤーに転化する可能性などを細かく記録していた者もいるが、やはり問題にならない規模だったという事もあり、総合して考えればIMM運営のその選択は正しかったと言える。


 そして今、異世界に飛ばされて、新たに子供を主体にして未開領域探索団体などの立ち上げを行っている≪フォーンの音楽堂≫の面々からすれば、その運営の温情とも言えるアイテムの大量配布は非常にありがたかった。


 特定の魔物を倒すと、それだけでレベル20まで使用可能な、1レベルアップアイテム【星の実】を得ることが出来る。

 これを、≪楽団≫の面々は特筆した意味もなくほとんど趣味と言える理由でもって大量に集めて≪フォーンの音楽堂≫倉庫に死蔵していた。

 その数、実に数万に及ぶ。

 実際のところ、一部≪楽団≫のメンバーがリアルで酒を呑みかわしているときに、いくつ集められるか競争しよう、という話をしてそのまま実行してしまったことが原因であり、倉庫を圧迫する無駄な貯蔵品だと多少の文句が出ていたのだが、それも今回のことを考えれば責められることではなくなってしまった。

 彼らのお陰で未開領域探索団体を運営するための一歩目が踏み出せるのであるから、人生と言うのは何が役に立つか分からないものだと、エドワードは今回の顛末を思って考えていたりする。


 未開領域探索団体のモデルは、VRMMOなど、ファンタジーで定番の冒険者組合、ギルド団体である。

 そうである以上、現実に運営することを考えると腕っぷしに自信がある、けれど性格的には荒くれと呼ぶべき人材が多くなることが予想された。

 それなのに、団体職員が子供だけ、となると相当嘗められ、最終的には暴力で何らかの条件などを飲ませられる、とかそう言った問題が起こりかねない。

 けれどエドワードには彼ら以外に信頼できる人材もおらず、国から人を引っ張ってくると後々面倒なことになりそうな予感もしたものだから、人を変えるという訳にもいかない。


 そんな中で思い出したのが、IMM時代の遺産【星の実】だった。

 ただ使用するだけでレベルを上げる、ということは食べるだけで強くなると言うことに他ならない。

 単純なステータス上のSTRが上がるだけでも、子どもたちの安全性は上がる。

 実際、現在、子どもたちが建物内でに軽々と調度類や設備関係を二人や三人でせっせと運び入れることが出来ているのは、その影響だった。


 男の子だけに限らず、女の子にも同数――レベル20になるまで、ということを考えて一人20個――食べさせているので、単純な力だけを考えれば、ここにいる子供たちは王国の騎士団たちに匹敵するかもしれない。

 だから、その辺の荒くれにどうこうされることもまずないだろう。

 そのうち、というか随時子供たちには≪フォーンの音楽堂≫の魔物たちが主催する戦闘技術講座に参加してもらい、それを探索団体の加入者に教育してもらう役を担ってもらうつもりなので、戦闘技術もそのうち騎士団クラスになるのではないだろうか。


 王国からしてみれば酷い集団が王都に出来つつあるのだが、そのことについてエドワードは詳しく説明していないので王国の知るところではなかった。


 ウィアたち男の子が建物設備の設置を担当するに対して、フィーリアたち女の子は団体の受け付けや、併設されているカフェ兼酒場での稼働を予定しているので、その点について事細かな説明と指導をフィーリア及びその補佐にとエドワードがつけた≪フォーンの音楽堂≫の魔物数体から受けている。

 特に、飲み物の入れ方や食事の作り方及びウェイトレス、受付としての仕草などについて指導できそうなものをクライスレリアーナの選別の下に送り込んでいるので、いずれフィーリア配下の女の子たちは王都の高級店のウェイトレスもこうは出来ないと言うレベルに達することは間違いない。

 団体開業までには一般的な店としては上等と言うところまで身に着けさせ、その後は継続的に最高レベルだと言えるところまで叩き込む予定だとクライスレリアーナはフィーリアに言った。

 クライスレリアーナとしては、そこまで言わなければスラムで生活していた彼らは真剣に取り組まないだろう、と思っての台詞で、本当に最高レベルのウェイトレス・受付になってもらおうとまで考えてはいなかったのだが、実際に彼女たちに教育を始めてからは考えを変えた。

 フィーリアをはじめ、スラムの少女たちは皆、根性があった。

 それはスラムの女性特有、というよりは、フィーリアの指導によるものが大きく、少女たちはフィーリアのもと、どんな厳しい訓練にも耐えたのだ。

 特にフィーリアは他の少女たちが目に見えて憔悴しきっているにも関わらず、いつもと変わらぬ微笑みを顔に張り付けて黙々と指示に従い続けるものだから、かえってクライスレリアーナの方が気圧されてしまったくらいだ。

 そのときのことを、クライスレリアーナは「……主人は良い者をお雇いになりました……」と遠くを見ながら語ったので、エドワードは特に詳しく聞かずに流したのだった。


 そんな風に着々と準備がなされていく未開領域探索団体。


 そして、全ての準備が終わった日の翌日、その稼働に不備はないかを確認するためのリハーサルが始まる。

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