第39話 a piacere~任意に~
そうして、未開領域探索組織開業記念パーティーは、喝采の中に終わりを告げた。
パーティーの終わったあと、幾人もの列席者に声をかけられ、協力を惜しまないことを約束された。
彼等の表情はまさしく、パーティー前、僕がピアノを奏でる前とは全く異なっていて、僕の持つ力、IMMスキルの持つ力がどれほど強力かということを証明していた。
けれどそれでも、列席者全員の心を変えるまでには至らなかったようで、その点、やはり限界があることも知れた。
抵抗できるレベルにあるか、という単純なステータスの高低のみならず、たとえどれだけレベル差があろうとも、スキルの使用が失敗する場合もあるようだ。
僕の音楽を聞き、クライスレリアーナの歌声を耳にしながら、それにどれだけ心を引っ張られても冷静さを失わない人物というは、確かにパーティー会場に数人いたからだ。
だから、僕らは気をつけなければならない。
どれだけ強力な力を持っていても、ふとした瞬間に足を掬われることは、ないとは言えないのだから。
とはいえ。
パーティーが盛況であり、総合して見てみれば大成功というものを収めたのも間違いのない事実だ。
あれだけの人間に受け入れられ、しかもパーティー列席者のほとんどが高い地位と権力を持つ、いわゆる支配者層に属する者たちであったのだから、その決定、漂う雰囲気というものをひっくり返すのは難しいだろう。
僕らがこの国に受け入れられた、という事実はおそらくこの先もかなり盤石で安泰であると考えても良さそうだった。
パーティーを終えて、拠点である《フォーンの音楽堂》に戻り、ゆっくりとお茶を飲みながらこれからのことを考える。
同じ卓にはクライスレリアーナと乙女が座り、その脇にノクターンとカノンが執事よろしく立って、控えている。
今、飲んでいるお茶も二人が入れてくれたものだ。
かつての《楽団》でもこんな風だったな、と思いながら馥郁たる紅茶の味を楽しみつつ、口を開く。
「それで……探索組織の方はうまくいっているかな?」
僕のその言葉に、ノクターンがよどみなく答える。
「は……。王都におきまして、すでに組織本部となる建物の改装も終わり、職員たちの制服も孤児院において完成しました。細々とした設備も音楽堂において作り上げましたので、あとは組織本部に運び出し、設置するだけとなっております。また、組織の活動を行うために念のため、開業前に一定期間リハーサルを予定しておりまして、近日行われることとなっておりますが……どうされますか?」
あまり急いで準備してきたわけではないのだが、それにしてもここまで手際よくやられてしまうと困る。
なぜといって、僕はここのところ暇で暇でたまらなかったからだ。
パーティーの開催で少しだけ忙しくなったものの、開業準備関係については従魔たちがその仕事のほとんどをこなしてしまうものだから、ちょっと見に行ったり、微妙な口出しをしたりするなど、たまに来て余計なことを言うオーナーみたいな立ち位置になってしまっている気がしないでもない。
「そんなこともないかと思いますけど。子供たちは、主様がいらっしゃいますと、喜びます。孤児院に来る度に楽器を選ばず曲を弾いてくださいますから……疲労も癒え、精神的にも楽しく仕事に取り組めるようになっていますわ」
クライスレリアーナが紅茶を一口のみ、ふう、と色っぽい息を吐く。
「そう言ってくれるとありがたいけどね……。なんとなく、暇で暇で……そうそう、ノクターン、リハーサルがどうとか言っていたね。それって、何をやるの?」
暇という暇を押し流してくれそうな、ノクターンの言葉を思い出して僕は質問する。
ノクターンは胸に手を当てつつ、控えめに答えた。
「は……。主に職員となる子供たち、それに新たに雇ったスラムの住人たちの接客関係の習熟と慣れの醸成のために行いますので、それが基本となります。ただ、そのためには、探索組織に所属すべき探索者を演じる者が必要となってきますので……その役を、我ら音楽堂の住人が務めることになっております。いい機会ですので、この際、未開領域に足を踏み入れ、どういう土地なのかある程度、把握しておこうとも考えておりまして……。もしあるじがリハーサルに参加していただけるのであれば、職員の指導か、もしくはこちらの未開領域探索のどちらかをお好きに選んでいただければそのように致します」
その言葉を聞き、僕は少しだけ心が躍った。
未開領域の探索。
それは言い換えれば"冒険"に他ならない。
僕にしろ、《楽団》の他のギルドメンバーにしろ、IMMなんて言うものに参加することに至った理由は、誰も到達したことのない土地を征服するという冒険にあこがれる心がどこかにあったからだ。
僕らの現実において残されたフロンティアは、地球上のどこにもなく、専門的な技術と知識が必要な、宇宙空間、それにそこにぽつりぽつりと浮いている星々の中にしかなかった。
そしてそんなところに行くことは、あらゆる意味で気軽に出来ることではなかった。
果てのない膨大な知識と技術を身に付けるための専門教育を何年も重ね、気の遠くなるような回数の選抜を越えて、さらに命を掛け金とすることを求められ、それに同意してやっと行くことの出来る最前線。
けれど、そこが僕ら一般人が考えているような冒険のある場所であることなどほとんどなかったのだから、余計にいくことなど考えることはあまりしないのが普通だった。
そんな中、ある日突然発明されたVRMMORPGという特殊な冒険の場。
僕ら一般人が求めていた、全感覚を使って別世界を感じさせてくれるという画期的な機械に、僕らは夢中になったのだ。
たとえ作り物であっても、そこで行われた冒険の数々は本物だった。
全員が、共有していた感情。
喜び、恐れ、怒り、悲しみ……そして何よりも、先へと進みたいという冒険心。
すべてが、僕らを満足させてくれたのだ。
だから、そんな経験が僕をまた、新たな冒険へと進ませようとする。
子供たちには悪い気もするが、職員への指導と、未開の地の探索、どちらに僕の心が動かされたかなど、火を見るより明らかなことだった。
僕はノクターンに言う。
「未開領域の探索に、参加させてくれ」
ノクターンは静かに、しかしはっきりとうなずき、そして言った。
「御意」
一言で僕への信頼と服従を示すノクターン。
その信頼を構成するもののなかに、僕たちがIMM世界の中で乗り越えてきた冒険の証がきっとあるのだと、僕は思った。
だって、ギルドメンバー、それに従魔たち、両者がそろって、初めてあの世界を走り抜けることができたのだから。




