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第3話 beklemmt~不安な~

 深く沈んだ意識の外側で、とても細かい音符の群れが響いていた。

 それは退屈そうで、面倒くさそうで、それでいてどこか弾んでいて。

 あぁ、自分はこの曲が好きだったなといつか奏でた自分の記憶を思い出した。


「……グラドゥス・アド・パルナッスム博士?」


 目が覚めると同時に、目を開くよりも先にその言葉が口から出てきた。

 すると、先ほどまで鳴り響いていたピアノの音は鳴り止み、とたとたと誰かが急いで走って来る音が続く。

 自分はどうやらベッドの上に寝転んでいたらしい。

 そう思って目を開くと、そこには予想通りの光景が広がっていた。

 ここは≪楽団≫の本拠地、≪フォーンの音楽堂≫の中の一室だ。

 周りに設えられた家具からもそれは明らかで、自分は未だIMMの中にいるのだと嫌でも意識させられる。


「あるじっ! 起きたの?」


 ベッドの横から走って抱きついてきたのは、艶のある黒髪を二つに結んだ背の低い少女だ。

 好奇心に溢れた黒目が嬉しそうに僕を覗いていた。

 ゴスロリ風のドレスがその人形のような容姿に良く似合っている。

 ただ、彼女は人間ではない。

 彼女はドワーフ族の一員であり、その膂力は人間を遥かに凌ぐ。

 幼い言葉遣い、幼い行動。

 見るからに彼女は僕が望んでいる者とは違う。

 ただ、それでも一応聞かざるを得なかった。


「……キミは、テクラ?」


「ちがうよ! わたし、乙女だよ?」


 どこかで予想していたその回答に、僕は肩を落とす。

 やっぱり、夢ではなかったのだと。

 自分はIMMに取り残されたのだと、確信してしまったからだ。

 テクラは、乙女と違って理知的な少女だった。

 喋り方も、仕草も、まるで違う。

 ただ、見た目だけが、同じだった。


「……乙女か。その姿は、≪師に弟子は似るダスカロス・アラギ≫を使ってるってことかな?」


「うんっ! 他のみんなも今はそうしてるよ!」


 にこにこ笑顔で答える彼女は、かつて僕とオーケストラを組んでいた友人、テクラではない。

 彼女は、そのテクラの懐柔テイムした魔物だ。

 IMMの音楽家ミュージシャンには様々な特典があった。

 その一つとして、"弟子"をとることが出来る、というものがある。

 懐柔テイムした魔物のうち任意の一体に、自らの持つスキル、能力の8割を受け継がせ、かつ自分の姿を模倣することができるという特殊スキルまで与えると言うもの。

 その特殊スキルが≪師に弟子は似るダスカロス・アラギ≫であり、彼女、乙女は僕の友人のテクラの弟子だ。

 だから、初めて乙女を見たとき、もしかしてテクラではないか、と思ったのだ。

 残念ながらその予想は外れたが。

 僕は仕方ないと首を振り、続ける。


「みんなっていうと……プレイヤーはいないのかな?」


「うん……コンサートの後、あるじ達、いなくなっちゃって……それからは誰も戻ってこない」


「そっか……ん?」


 そこまで会話して、違和感を感じた。

 そもそも、IMMの魔物たちは、これほどまでに流暢に会話できる存在だっただろうか。

 いや、そんなことはない。

 それに、声が……乙女の声はまるでテクラと……。

 そこまで考えた時、さきほど聞こえたピアノの音を奏でていたのが誰か、気になった。


「そういえば、さっきの曲、もしかして乙女が弾いてたの?」


「そうだよ! テクラ、好きだったから。いっつも弾いてたもん」


 確かにその通りだった。

 テクラはピアノを見つけると嫌がらせのようにグラドゥス・アド・パルナッスム博士を延々と弾き続けると言う妙な趣味をした少女だった。

 しかし今の乙女の言葉からして、別に嫌がらせと言う訳ではなく単に好きなだけだったのだろう。

 今まで嫌がらせだと思っていて申し訳なかったと謝りたくなる。

 謝る機会がこの先あるかどうか分からないけど。

 それに、乙女の台詞から分かることがもう一つあった。

 IMMでは、現実の音楽を奏でることが出来るのは基本的にプレイヤーだけだ。

 スキルとして登録されている曲ならともかく、グラドゥス・アド・パルナッスム博士については、スキルには存在し無かった。

 それを乙女が弾ける、ということは他の曲も弾けるようになっているのだろう。

 よく分からない。

 ここはIMMの世界ではないのか?

 違和感がどこまでもなくならない。

 ずっと耳の奥に何かが残っているような……そんな違和感がし続けている。


「まぁ、考えても仕方ないかな。とにかく色々調べないと。乙女、悪いけどさ、他の皆を呼んできてくれないかな」


「みんな? 一杯いるよ? この部屋に入りきらないよ?」


 IMMにおいて、この≪フォーンの音楽堂≫に常駐していた魔物は数百、数千である。

 それも当然で、ギルド≪楽団≫に所属していた者たち全員の従魔なのだから、さもありなんという感じだ。

 それを全員呼んでしまっては、ここに集まりきれるはずがない。

 僕は少し考えて、ギルド≪楽団≫をまとめていた、幹部クラスに当たる者の筆頭従魔だけを呼ぶことにする。


「そうだった……えっと、じゃあ、僕と、それにフレッド、クララ、ニコロ、クーラウ、ヨハンナの弟子のみんなだけ、連れてきてくれる?」


「分かった!あとで他のみんなともお話ししてね!」


 そう言って、乙女は部屋を出ていった。


「誰もいないのか……」


 一人部屋に取り残されて、孤独が身に染みた。

 一人ぼっち、というのは現実世界でも同じだったが、こちらでも同様の立場になってしまうとは思ってもみなかった。

 他人といるのが、得意じゃなくなってしまったのはいつからだったろう。

 人と話すのが不安で、話しても如何に自分がつまらない人間かつきつけられているようで、それを確信してしまったときがかつてあった気がする。

 そうなってしまってからは、もう他人と楽しく過ごせなくなった。

 遊ぶことはおろか、会話することも。

 IMMはそんな僕を救ってくれた。

 この世界のなかで、この世界のことを話している時は、会話に困らなかった。

 一緒に誰かと冒険するときも、目的があるからそれにむかって楽しく過ごせたのだ。

 けれど今は……。

 これから一体どうすればいいのだろう。


 頭を抱えていると、部屋のドアが開き、ぞろぞろと人が入って来る。

 乙女を先頭にして、フレッド、クララ、ニコロ、クーラウ、ヨハンナの弟子たちのようだった。

 見た目は、当然、というべきか、スキル≪師に弟子は似るダスカロス・アラギ≫の効果により、全員の師とうり二つの姿だ。

 本来の魔物としての姿では、確かに人のサイズを基礎に設計されている≪フォーンの音楽堂≫の中では動きにくいだろうから、それは賢い選択なのかもしれない。

 見た目については、乙女のことがあって、想像はついていたからそれほど不思議には思わなかった。


 けれど、彼らの仕草を見て僕は驚いた。

 それもまた、乙女で分かっていたことだが、他のみんなも劣らず、その仕草はまるで人間のようだったからだ。

 全くよどみなく綺麗に動いているし、それぞれが自分の意思を持っていることが良く分かる。


 まず乙女は部屋に入ってきた瞬間、僕の眠るベッドに飛び込んで抱きついてきた。

 見た目通りの精神年齢らしく微笑ましい。

 また、僕の姿を見て、クララの弟子の魔物がしずしずと寄ってきて、妖艶に僕の額に手をついた。

 いい香りがする。

 スタイルも出るところが出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。

 浅黒い肌が蠱惑的で、ただそこにいるだけで恐ろしいほどの色気を感じた。

 なんだかこれはまずい気が……。


 クーラウの弟子は僕の無事を確認して嬉しかったらしく、涙を流している。

 銀髪に灰色の瞳をした美貌の青年エルフだ。

 けれど、その雰囲気にはどことなく年寄じみたものが感じられる。

 それに、涙もろいところまで師匠から受け継いだらしい。

 僕のことを嬉しそうに見つめて、涙が止まらないようだった。


 ヨハンナの弟子――銀髪青眼のクールビューティー然とした女性。

 彼女はその見た目に良く似合った非常に冷静な視線で僕を観察し、異常がないのを確認するとほっと胸を撫で下ろした。

 冷たく見えても実は優しい、というところが師匠と同じだ。

 ただ距離の取り方が、彼女の師匠よりも近くて、息がかかりそうな距離まで近づいてくるので妙に胸が高鳴ってしまう。

 もうすこし下がってくれればありがたいな、と思いつつも、安心した優しげな視線を向けられるとそうは言いにくかった。


 フレッドとニコロの弟子――紫色の肌をした直立した猪のような見た目のタキシードを身に纏った悪魔と、羊の頭に人間の体をもった穏やかな茶色の瞳をした獣人――はそんな四人を尻目に執事のように後ろに控えている。


 そんな中、乙女は僕の顔を見つつ言った。


「連れてきたよっ! でも……愛乃はいなかった……」


「……愛乃が?」


 愛乃は僕の弟子の魔物だ。

 少なくともラスト・コンサートを行う前にはしっかりといたはずだが……。

 不思議に思ってステータスを開き、従属魔物のリストを見ると確かに愛乃の名前が消えていた。

 それに、なぜか仲間にした覚えのない多くの魔物が従属魔物のリストに加わっているのが見える。

 そのほとんどはかつて≪楽団≫に所属していた別のプレイヤーの従えていた魔物たちだ。

 弟子もそうだが、それに限らず名前が並んでいる。これは一体……?


 奇妙に思いつつも、とりあえずこの事実は置いておこう。

 それよりもすべきことが僕にはあった。


 僕はぐるりとみんなを見渡す。確かにそこにあるのはかつての友人たちの顔だ。本人そっくりに擬態した彼らにとてつもない懐かしさを感じて鼻がつーんとする。


「それで、君たちはみんな、魔物ってことでいいのかな」


 僕の質問にまず答えたのは、フレッドの弟子……紫色の肌をした直立した猪のような悪魔、その名前は。


「はい。その通りです。あるじ。私はノクターンでございます」

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