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第31話 con garbo~優雅に~

「……これ、ちょっと派手すぎないかな?」


 僕は自分の映る大ぶりの鏡を見ながらそう呟く。

 横に立ったり、後ろから覗いてみたりするが、やはり印象はあまり変わらない。

 するとノクターンが微妙な顔をしている僕に向かって満面の笑みを浮かべ、心からの賞賛を込めながら言った。


「いいえ。とてもよくお似合いです。それにあるじは、≪フォーンの音楽堂≫を代表する方。少し派手なくらいが、ちょうどいいでしょう」


 そう言われると、そうかもしれない、という気がする。

 僕自身の本来の性格はどうあれ、対外的には僕がここの代表者なのだ。

 嘗められないためにこの世界で大事なのは良くも悪くもこういう押し出しだろう。


 一応そんな風に納得した僕は、それから改めて鏡を眺めてみる。

 しかし、やっぱり派手だな、という感想は頭の中から抜けてはくれなかったようだ。

 そこに映っているのは燕尾服を纏った、黒髪の子供の姿だ。

 燕尾服それ自体は、伝統的な仕立てに忠実なものであり、洗練された印象を与えるよく出来た品なのだが、仕立てが良ければそれでいいというものでもないらしい。

 つまりは、いささかよく出来すぎているのである。

 素材からしてものが違う、と一見して明らかに分かる上に、仕立てをした者の飛び抜けた技量が一瞬にして理解できる、そんな高級さが醸し出された品なのだ。

 一歩間違えればこの服からは魅了の付加効果がついているのではないか、と思ってしまうくらいである。


 特に防御力も特殊能力も付与していない、ただの服にこれほどまでの魔性を与える音楽堂の針子達を賞賛すべきなのだろうが、しかしここまでしなくてもという気がしてきて何とも言えない。

 まぁ、確かに今回のパーティーは僕らがこの国で初めて貴族以外の一般権力――教会やその他職能団体、それに諸外国など――にお披露目される場なのだから、軽く扱われすぎないための多少の威圧、というか、そのようなものがあって悪いということはないのだろうが、それでも今一納得のいかない僕であった。

 しかし、ここまで来て作り直せもないだろう。

 色々な文句は心の奥底にしまって、僕は、


「まぁ、いいか。それで、ノクターンたちはどうするの? また誰か適当に選んで出席する?」


 鏡から振り返ってそう尋ねた。

 そこには弟子たちが控えている。

 ノクターンは今日も醜い悪魔族の容姿だ。

 カノンはもこもことしているが粗野な笑みを口元に浮かべている。

 クライスレリアーナは色気を放ち、そして乙女は落ち着きなく楽しそうにしている。

 銀髪のエルフ族であるリートとチネアルは静かに佇んでおり、姿だけを見れば精霊のように美しかった。

 パーティは、国王との謁見のときのように、誰か一人を供に連れていく、というのが最も身軽だ。

 だからそう尋ねたわけだが、直接尋ねる形になったノクターンにそのつもりはないようだ。


「いいえ。今回は我々弟子一同、全員参ります」


「って言ってもなぁ……」


 僕は部屋に控える弟子たちを見つめる。

 特に注視したのは、ノクターンとカノンだ。

 乙女やクライスレリアーナなどは見た目、完全に人間だから何の問題もないが、ノクターンたちは……。

 そんな意味を込めた視線だったのだが、ノクターンとカノンは意味ありげに笑って呪文を唱え出した。

 聞いたことのない詠唱であり、彼らの足元に展開された魔法陣も見たことのない形をしていた。

 一体何が起こるのか。

 魔法による風と光が部屋の中に溢れる中、見ていると、魔法行使によるエフェクトは徐々に静まり、そして収まった光の中心から、見覚えのない顔が二つ、現れた。

 一人は、黒髪の美男子、そしてもう一人は赤髪短髪の粗野な男である。


「……?」


 首を傾げると、聞きなれた声で、


「あるじ」


「あるじサマ」


 と、呟く声が聞こえた。

 前者がノクターン、後者がカノンの声であることは、すぐに分かった。


「あれ、もしかして……」


「ええ。そういうことです。私はノクターンです」


「俺は、カノンだぜ」


 そう言われて改めて見てみると、なるほど、彼らは一見して明らかに人の姿だが、それでも魔物のときの彼らが放っていた雰囲気と同質のものを纏っているように見える。

 ノクターンは、洗練されていながらも、どこか皮肉げな情を隠しているような、そんな雰囲気を。

 カノンは、粗野でいながら、それでも極めて流麗な印象を人に与える、そんな雰囲気を。


「完成したんだ」


 僕は感嘆を含んだ声でそう言った。

 つい先日まで研究していたはずの、見た目を人間に変化させる技術。

 それが完成に至ったらしいことが今ここで披露されたということなのだと理解できたからだ。


「ええ……IMM時代のスキルのみでは難しかったので、この世界の魔法体系も取り込む形になりましたが、完成しました」


「あれ、IMMのスキルだけじゃ無理だったんだ」


「挑戦はしてみたのですが、かなり制限があるようですね。以前は出来ていたはずのスキル開発ができなくなっていた部分もありましたので、苦戦しました。他にスキルや魔法を開発するときは、要研究、という感じです」


「それは……」


 IMM時代では、スキル開発の自由度はかなり高かった。

 楽器開発や音楽スキルなどというものが開発できる時点でさもありなん、と思える。

 それが売りのゲームだった、ということもあるし、VRMMOが開発される以前とは違ってありとあらゆる行動が仮想空間内で再現可能になった、というのも大きい。

 だからこそ、ほとんど制限がなかったスキル開発だが、この世界では違うようである。

 思うに、これはこの世界や僕らの体がゲームではなく現実になったが故の制限なのかもしれない。

 であれば、スキルそれ自体にもなんらかの制限が出来ていてもおかしくはない。

 アイテムにある程度、ゲーム時代と異なる効果が出ているものが発見されていることとも考えあわせてみると、これは結構危険なことだ。

 調べてみる必要があるが、スキル全部となると、量や威力を考えると全て確かめることは難しい。

 僕は頭を抱えて言った。


「課題が増えたね」


「そのようです」


 ノクターンがゆっくりと頷く。


「まぁいい。ノクターンとカノンは、それを使って出るってことだね」


「ええ。便宜上、≪人化≫と名付けました」


「そのまんまだ……分かりやすくていいけど。エルフ族のチネアルやリートもそれを使えば長耳が丸耳になる?」


 僕のそのセリフには、チネアルが答えた。


「それもすでに確認しておりますぞ。乙女やクライスレリアーナが使った場合につきましては確認しておりませんが、二人は問題がないでしょうからな……」


「そうだね」


 ◆◇◆◇◆


 ――そこら中から乾杯の音色が聞こえる。


 僕はそんなことを思いながら、ぼんやりとホール内を歩き回っていた。

 未開拓領域開業記念パーティーは、日が落ちてまもなく王城内の大ホールにおいて始まった。


 そこかしこに貴族や王族、それに国内の有力者たちがうろついていて、正直心臓にあまりよくない。

 いくら力が強くたって、精神的な緊張は別だ。

 僕は今でこそ音楽堂の主だが、本質的にはただの経験不足な子供に過ぎない。

 口がうまく、いつでも自らの利益を最大にするような話術を身に着けているような大人たちと今から会話して歩かなければならないのだと考えると、心の底から心労を感じてしまうのは仕方のないことだろう。


 そのため、ため息をつきたいところだが、それすらも今日の僕には認められていない。

 あまり弱みを見せる行為は厳に慎むべしとノクターンから言われているし、実際、誰かに付け込まれるような事態は招きたくない。


 そんなわけでパーティ開始から終始緊張の渦におり、早くも僕は久しぶりに学校に登校した不登校児のように「音楽堂に帰りたい……」という気分に陥ってしまっていた。


 それでも僕は、そんな気持ちを心の奥に追いやり、会場を、泳ぐ。


 横には王女がつき、直々に紹介をしてくれているのだから、うんざりしてきているこの気持ちを表に出すわけにもいかない。

 おそらくは、にこやか、に見えるはずと思しき表情を顔の表面に張り付けつつ、紹介される幾人もの人間に挨拶と、少しの雑談、それにこれからの事業へのそれとない協力を頼み、そして別れを繰り返した。


 そんなことを何度も繰り返していると、ふと、手持無沙汰になる瞬間があり、そういうときには王女と話した。

 今日の王女はオレンジを基調とした大層華のあるドレスであるが、決して品がない訳ではなく、むしろ周りにいる全ての人間に同じ輝きを与えるような温かさが感じられる。

 王女の性格に非常に合っている選択だと言えるだろう。


「なんというか……たいへん、なものですね」


 引き攣った表情筋を揉み解しながら、僕とは正反対にパーティが始まった当初と何一つ変わらない美しい笑顔を保ち続けている王女にそう言うと、彼女は意外そうな顔をして返答した。


「あら。エドワードさんもお疲れになるのですね。失礼ながら、もっと……」


「もっと、化け物染みていると考えておられましたか?」


「そうですわ。乙女ちゃんですらあんなに体力があるのですもの。ですから、意外です」


「乙女は例外ですね……」


 種族的に体力がほとんど限界値に近いところまで達しているのである。その乙女と比べられると、何とも言えない。それに、この疲れは体力的な疲れではない。


「精神的に疲れましたよ」


「人とお話になるのは、あまりお得意ではないですか?」


 エスメラルダ王女はどうやらそうではないらしいことはこの元気そうな姿から明らかである。

 翻って僕がどうかというと……。


「……そう、ですね」


 もともと、だからこそVRMMOにはまり、そして籠り続けたのだ。

 考えるまでも無く、人と話すことは不得手だということになるだろう。

 事実として、仮想世界で多くの友人を作ることができたが、それはただの結果論に過ぎない。

 むしろ、一人でぼんやりしていた僕に、みんなが寄ってたかって色々してくれたというのが近い。

 みんな元気でやってるんだろうか……。


「……どうかされましたか?」


 その折れそうな程細い首を傾げてそう聞くエスメラルダ王女。

 僕は笑って答える。


「いえ、なんでも。ただ、昔の友人を思い出しまして」


「ご友人ですか……こちらの世界には、来られないのですか?」


「無理でしょうね。僕もなぜこの世界にいるのか全く分かりませんから。ただ、僕には彼らが残してくれたたくさんの財産があります」


「それは?」


「ノクターンたちですよ」


「それは一体どういう……?」


「彼らは――」


 続きを言おうとした矢先、


「ご機嫌麗しゅう、エスメラルダ王女殿下。エドワード殿にご紹介いただけるかな?」


 と、煌びやかに飾り立てた壮年の男性が近づいてきて、会話は中断してしまった。

 聞くと、どうやらその男性はこの世界に存在する宗教組織の一つのトップらしい。


「これは、エスタトゥア聖下。ご挨拶が遅れまして……エドワード。こちら、正教会の首座でおられるエスタトゥア=メスキダ聖下です」


 そう言いながらエスメラルダ王女はその男性を示した。

 彼女が僕の名を呼ぶに当たって敬称が抜けたのは外聞があるからだろう。実際、エスメラルダ王女はあまり僕の名前をさん付けで呼んだりしない。

 周りに人のいないことを確認したとき、それに近衛騎士団の前でのみ、さん付けで呼ぶ。


 僕はエスタトゥアと呼ばれるその男を観察しつつ、頭を下げた。

 ジャラジャラと大量の飾りを着けており、服も厚めの仕立てで売ればどれくらいになるのだろうと考えずにはいられない服装だ。

 その顔に浮かぶのは、静かな自信だろうか。

 エリート街道を歩いてきた者、というよりは下から上り詰めてきたであろう者特有の強い信念を感じさせる。

 それほど不快ではなく、むしろ頼りがいのありそうな男に見えた。

 

「あ……ご挨拶が遅れました。僕の名前はエドワード。この度、未開領域探索と言う大役を任されることになりました。これにあたっては、聖下のご協力が必要になることもあるでしょう。その際はぜひ……」


 恐縮しきりでそのように言って僕は頭を下げる。

 そんな僕に、エスタトゥアは朗らかに笑いながら言った。


「これはご丁寧に……。しかし私に対してそれほど畏まられることはございません」


「……?」


「聞くところによりますと、エドワード殿は、異世界から参られたと……違いましたかな?」


「それはそうですが……」


 正直、簡単に信じてもらえる話だとは思っていなかった。

 国王や王女、それにレド侯爵にはそれなりに信じる理由があった。

 しかし僕の屋敷を見たわけでも、作ったものを見たわけでもない人々に、そう言った説明をしてもはいそうですかと言ってもらうのは厳しいだろう。

 国王が語るところによれば昔話にそのような話がある、ということだが、それだって僕らの世界で言う所の竜宮城や玉手箱を信じるのに近い心境なのではないだろうかと思っている。

 実際、国王周辺の貴族はそれほど僕の話を信じた様子はなく、怪しげな噂が――古代から受け継がれてきた知識と技術を有する隠れ里からやってきたのだと言うのが今最も有力らしい――飛び交うほどなのだ。

 それなのに、この人は信じたというのだろうか。


 そんな僕の目線に気づいたのかもしれない。

 エスタトゥアは話を続けずに「では」と言ってその場を後にした。

 変わった男だ、と思った。

 不思議な雰囲気の男だとも。


 けれど、それは彼とすれ違うその瞬間までの事だった。

 彼はすれ違う時に言ったのだ。


 ――我が主上が貴方に会いたいと申しておりました。


 と。

 僕は慌てて振り返ったが、エスタトゥアは既にその場にはおらず、きょろきょろとあたりを見回しても姿が見えなかった。

 会場のどこかに紛れてしまったらしい。

 しかし、彼とは話さなければならないのだろうな、という強烈な義務感を、そのとき僕は感じたのだった。

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