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第30話 lent ma non troppo~緩やかに遅く、しかしやりすぎないで~

「余興、ですか?」


 最近では僕らのもっぱらの活動場所と化している孤児院にエスメラルダ王女が訪ねてきたのは、パーティ開催日も間近に迫った日の事だった。

 孤児院には子供たちがいつもと同じようにとことこ歩いているが、内装はかつてとはかなり変わってしまっている。

 未開拓領域探索組織を作るにあたって僕らの拠点になったこの孤児院は、この世界の技術では考えられないスピードで改造されてしまったからだ。

 裏通りというか、スラム一帯についても手を入れ始めているので、孤児院周辺が今までのように汚いものの集積場のように扱われなくなる日も近いだろう。

 それに伴う様々な障害については国と協力してやっていければと考えている。

 もちろん、今行っていること全体について、国に許可はとっているし、孤児院の改装も、フィーリアとウィアを始めとする孤児院の子供たちの許可をとっている。

 概ね好評なのでこのまま進めて構わないだろう。

 

 孤児院にエスメラルダ王女が連れてきた護衛は少数だった。

 時間帯も日が落ちてからしばらく経った頃であったのは、目立たないようにと考えてのことだろう。

 見るからに秘密の相談事がある、という王女の雰囲気に孤児院の子供たちは狼狽して音楽堂に急いで知らせに来た。

 孤児院の子供たちには自由に孤児院と音楽堂を行き来する許可を与えている。

 始めは転移装置を物珍しがっていたが、今はそれほど興味を集めていないあたり、人は慣れるものだ。


 今、僕らは孤児院の一室でテーブルを囲みながら話しているところだった。

 フィーリアが入れてくれた紅茶――国からもらった資金の何割かをフィーリアに渡しているから孤児院の資金難はもう過去の話だ――が目の前でカップを温めている。

 エスメラルダ王女はその身分に相応しい仕草で取っ手を持ち、目を伏せてゆっくりと紅茶でその麗しい唇を湿らせてから話し始める。


「ええ。ついこの間、パーティに先だって御前会議が開かれたのですが……その席上でイヴェール公爵――アルボが、面白い余興があると突然提案し始めましたの」


 その台詞について、王女は非常に切り出しにくかったようで、何度も逡巡してからのことだった。

 勝手な思い込みかもしれないが、貴族が提案する"面白い余興"が本当に面白かったことなど未だかつてないだろうから、その気持ちは慮って余りある。

 できれば、いつまでもその余興については話さずに、このままおかえり願って、パーティは特に何も起こらずに終わってほしい、と個人的には思うのだがそういうわけにもいくまい。


 結局、聞かないことには話が進まない。

 僕は困った様子の王女に続きを促す。


「それは、どんな?」


 出来るだけ感情を載せずに、特に迷惑とは思っていない、という色が出るような声でそう言ってみる。

 王女は眉を寄せ、苦悩を見せつつ続けた。


「……エドワードさんに、パーティの席上で見も知らぬ楽器を弾かせる、というものですわ」


 僕はそれを聞いてもさして驚きは感じなかった。

 調子に乗っている新参者に無理難題をふっかける、というのはありがちなシチュエーションだからだ。

 しかしそれにしても見も知らぬ楽器、と来たか。

 雅なことである。

 こういう場合は決闘を望まれるものかと思っていたのだが、そうではないらしい。

 しかしわざわざそんなものを提案するとは。

 もしかして、アルボ少年は音楽に造詣が深かったりするのだろうか?


「それはまた……彼はそんなに僕のことが嫌いなのでしょうか」


「分かりません。しかし、おかしい話なのは確かです」


 エスメラルダ王女はそう言って不思議そうに首を傾げた。

 何がおかしいというのだろう。

 あのアルボ少年の雰囲気からして、いかにも言い出しそうなことのように思えるのだが。


「どこがですか?」


 僕の少しとげとげしい質問に、王女は少し上を見て、考えながら答える。


「アルボは……確かにまだ未熟なところはありますが、そんな自らの感情を満足させるためだけに当てこすりの様な提案をする人間では、ありません」


 意外にも高いアルボ少年の評価に内心驚く。

 だからつい、正直な感想を述べてしまう。


「そうなのですか? 非常に失礼な物言いかもしれませんが、僕には彼はあまり性質のいい貴族には思えなかったのですが」


 本人に対してはとてもではないが言えない言葉だが、この場において王女に言うのは構わないだろう。

 王女に対して言っても、失礼なことは確かかもしれないが、気心は知れているし、彼女は僕たちがどういう存在なのかについて正確に理解している数少ない人間だ。

 だから多少の無礼は許容するだろう。

 それに、相互理解には、そう言った踏込みもある程度必要なのだ。


 案の定、王女は僕の言葉に怒った様子もなく、ゆるゆると首を振った。


「そんなことは……少なくとも、彼はピュイサンス王国の屋台骨を支える大貴族の一人。そしてそれに見合う能力と才覚を、公爵位を継いでから示し続けました。あれだけ若い年齢で、両親を亡くしたにも関わらず、公爵家を支えるその気概と覚悟には、我が国の主だった貴族は皆感心している程なのです」


「それは……意外ですね。僕の感覚としては全く正反対かと思っていたのですが」


 僕は目を見開いて驚きを示して見せる。

 実際、本当に意外だったのだ。

 彼がそこまで有能だと評価されているのは。

 僕の前での彼は、人間としても貴族としても狭量で小さい人間に見えていたから。

 もしかしたら、いや、もしかしなくても、僕には人を見る目は、ないのかもしれない。

 まぁ、この世界では《フォーンの音楽堂》の主という地位に一応いるが、向こうでは元々、両親と折り合いのよろしくない不貞腐れた子供に過ぎなかったのだ。

 人を見る目など、あるはずもない。


 僕のセリフに、王女は頷きながら疑問を示す。


「そこが不思議で……なぜかアルボはエドワードさんに対してだけ、あのような態度なのか……本当に申し訳なく思っています」


 そういって、エスメラルダ王女は頭を下げた。

 僕は慌てて手を振りながら言う。


「いえ、構いません。それに、王女殿下に謝っていただくようなことでは……」


「そういうわけには参りませんわ。アルボは、臣下ではありますが、私にとっては弟のようなものです。小さなころは、よく一緒に遊びました……」


 そう言って、王女は優しい顔になる。かつてあっただろう日々を、思い出しているのだろう。


「そうなのですか」


「ええ。ですから、あの子がエドワードさんにおかしな振る舞いをしているのは私の責任でもある、と思うのです」


「しかし……小さなころはともかく、今は彼も一人の公爵として立っているわけでしょう。それならば、彼の責任は彼がとるべきだと思います。それと……僕はそれほど腹を立ててはいませんよ。何か事情があるのかもしれませんし……」


 僕はこの世界のことを未だ何も知らないと言っていい。

 せいぜいが、ピュイサンスという国があり、他にもいくつか国家があって、また未開領域という人跡未踏の地が存在し、魔王と呼ばれる人類の敵と思しき何かが存在している。

 それくらいだ。

 この世界の全てがそれだけであるはずがなく、もっと色々なことが入り組んで作られているのは明白で、それを考えると僕が何も知らないということは客観的な事実だと理解できる。

 アルボの行動も、その裏側にはこの世界特有の何かがあるのかもしれないし、僕から見て、ただ嫌な奴に見えた、というだけで判断するのはよくないことだろう。

 そう思っての台詞だった。

 そんな僕の言葉に王女は、


「とは言いましても……これに限ったことではありませんが、正直なところ、アルボも含め、私たちがエドワードさんにしていることを考えますと、激昂されてもおかしくはないと思っておりますわ。それなのに、エドワードさんには全て笑って許していただけているようで……心苦しいものを感じているのです」


 聞いていると、どうも僕の評価が"あまり怒らない人物"という感じなのだろう。

 しかし、別に僕はものすごく広い心を持っているというわけではない。

 むしろ、心はかなり狭い方だと自負しているの。

 ただ、それでもこの世界では、非常に心が広い人間に見えてしまうのかもしれない。

 その理由はなんとなく分かっていた。

 僕は言う。


「おっしゃることは分かります。なんといいますか……僕の性格は僕の国の人間が多く持つ性質なんですよ。特に僕が温厚な人間、というわけでは」


「そうなのですか?」


「ええ。事なかれ主義と言いますか、怒ることにエネルギーを使うことを避けている、と言いますか……」


「それは……平和な国、なのでしょうね」


 ある意味では、そうだろう。

 けれど、口に出さないと言うのは内にエネルギーを溜めると言う事である。


「そういうわけでも。言いたいことを言わずに我慢して、ためられる限界を超えたら大爆発、ということがたまにあります」


 大体の人間はそれをしないようにどこかで発散するわけだが、出来ない人間は犯罪を犯すわけだ。


「……エドワードさんも?」


「僕は……どうでしょうね?」


 そういって、僕はエスメラルダ王女に笑いかけた。

 僕も大爆発するタイプかもしれない、という含みを王女は感じたのだろう。

 王女も僕に笑いかけてくれたが、その笑みはどこか引き攣っている。


「いや、冗談ですよ。話を本筋に戻しましょうか。僕はイヴェール公爵の余興に参加すればよろしいのですか?」


 別に失敗しようがしまいが、どうでもいい話である。

 それでアルボ少年が満足するなら、やってもいいだろう。

 僕としては、この世界で元の世界に帰る道筋が立てられればそれでいいのだ。

 極論、それ以外の全ては僕にとって暇つぶしに過ぎない。

 僕の質問に王女は、


「そうしていただけると非常に助かります。アルボが、なぜそんなことをしているのか……もしかしたらわかるかもしれません」


「幼馴染のお姉ちゃんに近づく怪しい人物が気に入らない、というだけではないでしょうか」


 言ってみて、なぜかしっくりきた言葉だった。

 現実と言うのは案外それくらい簡単なところに真実があるのかもしれないと思ってしまったくらいだ。

 そう考えると、アルボ少年の数々の態度は、少しかわいらしいものに感じられた。

 けれど、それを含めてみても、今回の余興に関しては少し意地悪が過ぎるように思われた。

 性質が異なると言うか、別に何か思惑があるのではないか。

 そんな気がする。

 気のせいかもしれないが。


 僕の冗談染みた本気の返答を、王女は冗談ととったようで、


「もしそうなら、よく言って聞かせますわ。その場合、アルボの無礼な振る舞いについて、エドワードさんは許していただけますか?」


「そうですね。王女殿下がしっかり言い聞かせていただけるなら。ただそうでない場合は……」


「そのときは、エドワードさんのお好きなように」


「……意外と冷淡ですね?」


「と言いますか、私はアルボがそれほど悪い人間だと思えないのです。ですから、悪い可能性――国に反逆する、とか、エドワードさんを亡き者にしようとしている、とか、そう言ったことは、ないと思っているのですわ」


 それは信頼の言葉だった。

 なるほど、アルボはさして悪い人間ではないのだな、と僕はここで納得してしまった。

 エスメラルダ王女の方が、僕自身よりもずっと人を見る目がありそうだ、と心のどこかで思っているからかもしれない。


「……なるほど。分かりました」


「ええ。よろしくお願いいたします」


 そうして、王女は護衛に連れられて静々と孤児院を去って行った。

 それからしばらくして、ノクターンが現れる。


「王女のおっしゃっていたこと、どう思われますか? あるじ」


「なんだ、聞いてたの」


「耳が良いものですから」


 ノクターンはそう言って醜い顔の横についた耳をぴくぴくと動かす。

 元教会・現孤児院であるこの場所にいるにはあまりにも禍々しい姿だが、その態度は至って自然だ。

 孤児院の子供たちも特に驚いてはいない。

 この格好で堂々とノクターンが何度もやってくるものだから、慣れてしまったらしい。

 初めて来たときは皆、その容貌の余りの恐ろしさに泣き叫んでいたものだが、今では遊び相手にされている程だ。

 子供の慣れと言うのは早いものである。


「まぁ、どっちでもいいさ。僕がこの国にいるのは、元の世界に帰る糸口を見つけたいだけだ。誰が僕を邪険にしようとも、命の危険がなければそれで構わない」


 正直な台詞だった。

 それ以外の全ては些末なことで、どうでもいいことだ。

 もしかしたらノクターンたちすらも。

 しかしそんなことは僕は言わない。

 彼らを落胆させたくはないからだ。


 ノクターンは言う。


「アルボ――イヴェール公爵については、そういった危険はないと?」


「少なくとも今のところはそうじゃないかな。あとは、パーティ次第。まぁ、盛大に恥でもかいてくるよ。初めて見た楽器なんて、その場で演奏できるわけないし」


 たぶん、無理だろう。

 今のこの体がどれだけの潜在能力を持つのかはいまだにはっきりとは分からないが、初見の楽器を自在に弾きこなすレベルではない、と思う。

 そうでなければラッキーなのだが、無駄な期待は持たない方が後の落胆も小さいと言うものだ。


 僕の答えに、忌々しそうな表情をしながらノクターンは、


「あるじに恥をかかせるなど……八つ裂きにしてやりたい気分です」


「しなくていいから」

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