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第29話 vago~魅力ある~

 夜の王都。


 静かな闇の帳が都全体を包み、見張りの持つ松明の明かり以外には光が見えない時間帯。


 王都の住人達は皆寝静まり、明日に向けて英気を養っていた。


 


 そんな王都の一角、貴族たちの住む豪奢な屋敷の立ち並ぶ区画で、わずかな光の漏れ出してる窓があった。


 その屋敷は周りのものと比べてもひときわ大きく、爵位も財力も他の貴族とは頭一つ抜きんでている、かなり位の高い貴族のものと思われた。


 その屋敷の二階、左から二番目の窓から、淡い紫色の燐光が漏れ出している。


 昼間であったならば誰かが気付いたかもしれない。


 しかし今は夜である。

 しかも一般人はまず足を向けることのないその入り口も、重厚で巨大な門と屈強な私兵とにより他の区画と完全に区別されている貴族の住む区画のもっとも奥にあった。


 見回りの兵士たちも街の外や犯罪の温床になりやすい地域――スラムや娼館の立ち並ぶ区画の警戒で手一杯で、貴族区画の見回りにまで手は回らない。


 この不自然な燐光に気付けといっても無理がある話だった。




 燐光はそんな状況の中、自らの目的を達するために静かに明滅していた。


 その淡くぼんやりとした光の漏れ出す窓の奥、そこには大きな天蓋のついたベッドが一つ置いてあった。


 ほかにもいくつか家具がおいてあり、そのどれもが高級品だが、どうやらそこが寝室らしいことは一目見て明らかだ。




 見ると、ベッドの上には少年が一人、眠っている。


 つんとした顔立ちに、無理に大人びようとして刻まれた不自然な虚勢と、未だに幼さの覗く頬の赤さが独特の顔立ちをその少年にさせていた。


 本来はもっと素直な性質の少年だろうに、境遇に強いられてひねくれてしまっている。

 そんな顔をしていた。


 そして今、そんな彼は尋常な様子ではなかった。


 汗をかき、寝間着を濡らし、また苦しそうに息を漏らしている。


 寝言もいくつか言っているのがわかる。


「いやだ……やめてくれ……どこにもいかないで……!!!」


 それは彼の叫びだった。


 辛そうで、苦しそうで、そしてどこか寂しげで……。






 ――実のところ、誰も知らない事実だったが、彼は、毎晩うなされていた。


 何の夢を見ているのかはわからない。


 そして彼がうなされていることに、彼自身も、そして周りの人間も気づいていない。


 なぜ、彼はこのような状況に置かれているのか。


 その答えは、彼のベッドの脇にあった。





 そこには高くきぃこきぃこと音を立てて、ロッキングチェアが一つ、窓の方を向いて揺れていた。


 誰かが座っている。


 三日月のような笑みをその口に張り付けるその人物の姿は、全体としてみれば紳士のようなかっちりとした服装でありながら、吹き出す雰囲気は異様であり道化じみている。


 しかも、燐光はその椅子に座る男から放たれているのだ。


 そして、光以外にも、彼から漏れ出ているものがあった。


「――♪―――♪」


 それは、力強いテノールで奏でられている、歌だった。


 音量はあまり大きくはない。


 せいぜい、ベッドに眠る少年が聞こえるかどうか、と言ったところだろう。


 伸びやかに広がっていくような、包み込むようなその音色は美しい。


 どことなく、導きの歌に聞こえてくる。


 人を望む場所へと連れて行く、そんな意思の感じられる導きに。


 けれど、よくよく耳を澄ませて聞いてみると、その歌声の中にはどこか不穏なものが混じっているのがわかる。


 それは人を高き所へ導く歌ではなく、低き場所へと導く暗黒の音色なのだ。


 光ではなく、闇の歌声。


 決して少年への子守歌に歌うべきものではない、暗い歌声だった。




 少年を見れば、歌声に呼応するように身体が痙攣し、汗をかき、うなされているのである。


 この歌声が少年を狂わせているのは明らかだった。


 本当なら今すぐにでも止めるべきだろう。


 けれど、それができる者はいまこの場にはいない。


 誰も止めずに、彼の独唱はいつまでも続く――











 そうして、朝日が昇り始めるころ、彼はその腰かけていたロッキングチェアと共に、霞のように消えてしまった。


 ベッドに横になっていた少年は、自分がうなされていたことなど全く気付かずにいつも通りに目を覚ます。


 爽やかな目覚めだった。

 

 若干、体に違和感を、頭に少々の痛みを感じないではなかったが、すぐに消えてしまい、注意を向ける暇も無かった。


 少年はそのまま服を着替え、寝室のドアを開けると、そこには長年仕えてくれている執事が立っている。


 いつもの朝だ。


 そうして、執事は少年に言った。


「おはようございます、アルボ様」


 少年は笑顔で答える。


「あぁ、おはようレイス」

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