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第28話 drohend~脅すような~

 その部屋には多くの貴族たちが着席していた。

 彼らがついているテーブルは作りはしっかりとしているものだが、王城の調度品にしては装飾が最小限に抑えられており、実用品として作られたものであることがよく分かる。

 そもそも、この部屋自体がそういった用途のためのものであるのだ。


 つまり、ここは会議室であった。


 貴族たちは主催者が現在不在であるため思い思いに談笑を続けている。

 その顔には笑顔が浮かんでおり、一見して和やかな空気のように感じる。

 ただ、彼らは腹芸を生まれたときからたたき込まれてきた生粋の貴族である。

 彼らの表情を、そのまま心の内を表しているなどと愚かなことを考える人間はそもそもこの席に座ることができない。

 彼らの談笑は、つまり腹の探り合いなのだった。


 しばらくすると、会議室の扉が開かれ、主催者たる人物が現れた。

 数人の騎士に護衛されながら現れたその人は、国王その人である。

 国王の隣には美しく着飾ったエスメラルダ王女が続き、静々と部屋に入ってくる。

 国王は立ち上がって頭を垂れる貴族たちに軽く手を振り、「よい、楽にしろ」と言って自分がまず着席した。

 それに王女も続く。

 そして貴族たちも国王に続いて着席した。


「さて、今日ここに集まってもらったの他でもない。ここのところ慌ただしく動いている我が国の事業がやっと開業に取り付けた。ついてはそれを記念してパーティを予定しているのだが、何か意見はあるか」


 国王はゆっくりとそう言った。

 貴族たちはなにも言わないが、彼らも国王が何の話をしているのかはしっかりと理解している。

 つまりは、どこからともなく現れた新参の――音楽家エドワードの事業についての話だと。


 彼についてどのようにとらえるのか。

 それは、それぞれの立場によって違う。

 

 しかし、彼が挑もうとしている事業が未開領域の開拓なのだと知るに至っては、彼のやろうとしていることを積極的に反対しようとする者は少なかった。

 国の財務を取り仕切る財務担当の役人だけが比較的否定的な立場をとっていたが、エドワードのもたらす工芸品の質、それに予想される売買価格を確認するや否や賛成に転じた。


 つまり、今日の会議はほとんど事務的なものである――はずだった。


 しかし、その雲行きは一人の貴族の少年の言葉によって微妙なものとなる。


「国王陛下、それについて、私に提案がございます」


 彼の名は、アルボ・イヴェール。

 つい最近、両親の死亡によって爵位を継ぐことになった悲劇の公爵だ。

 爵位をついでからしばらくは若さゆえに能力に疑いが向けられていたが最近になってメキメキと力をつけはじめており、名実ともに公爵として扱われる日も近いと言われている有望な少年だ。

 その彼が何かを言おうとしている。

 その事実は会議に列席する貴族たちの耳目を集めた。


「……なんだ、アルボ。言ってみるがいい」


「はい。陛下の前ではエドワード殿は自分は職人である、とおっしゃいました。しかし王女殿下やレド侯爵曰く、彼の本質は音楽家である、と言うお話です。それはこの場にいる方々皆、知ることと思います」


 アルボの声に、エスメラルダ王女は眉をぴくりと動かす。

 貴族達はと言えば、確かに聞いたことがあると頷いている。

 国王は首を傾げ、疑問の声で、


「それがどうかしたのか? 職人としての能力に疑いがある、というのであればそれは間違いだと言っておこう。エドワードが持ってきたものはこの国の誰に作ることも出来ぬ素晴らしい品質のものだった。購入するだけでも相当の金がかかろう。しかし、エドワードにはそのような持ち合わせがある様子はなかったのだ。彼らが自ら作って持ってきたということに疑いはないと思うが……」


「いえ、そうではなく。パーティを開くにあたって、余興のひとつやふたつ、必要なのではないか、と思いまして」


 ここまで聞いて国王はなるほどと頷いた。

 しかしそれはすでに国王が差配していることである。

 彼はアルボを見て言った。


「つまり音楽家であるエドワードに演奏を披露させよと、そういうことか?」


「ええ。そうでございます」


「しかし、それについてはパーティを開くにあたってすでにエドワードに打診し、かつ了承の返事をもらっている。お前が気にする必要のないことだ」


 そう国王が言うと、アルボは少し黙り、話を変えた。


「陛下はご存知でしょうか。高名な楽師メンシスの話を」


 なぜ彼がそんなことを言い始めたのかはわからない。

 しかし今この場において言う、ということはそれなりの意味があることなのだろう。

 国王はその楽師の名前は知らなかったが、興味をひかれた。


「ふむ……話してみよ」


「はい。かつて、エルフにメンシス、という青年がおりました。エルフはその生まれたときから楽器を持ち、そして死ぬまで研鑽し続ける種族。長い寿命と相まって、その最後のときには恐ろしく澄んだ音を奏でる演奏家になると言います。メンシスも例外ではございませんでした。徐々に高名になっていった彼は、いつしか、エルフ随一の楽器の名手として名を轟かせていました。そんな彼はある日、エルフ族においてもっとも重要な行事とされている精霊祭において、精霊王に演奏を捧げるお役目を任されました。これは彼にとって非常に名誉なこと。彼はその日のため、一心不乱に練習を積んだと言います。しかし当日、そんな彼に思いもよらない事態が起こります。彼の長年研鑽を積んだ楽器が、少し目を離した隙に彼のお役目選出を妬むほかのエルフに盗まれてしまったのです。しかし、もう少しで演奏を披露しなければならない。けれど楽器はない。彼の持っていた楽器は彼自身が作った特殊なもので、他に代わりなどないものでした。しかし彼は最終的に別の楽器を携え、精霊王に演奏を捧げました。彼の音楽は素晴らしく、それが初めて使った楽器の鳴らすものだとはだれも思わなかったということです。つまり、真の音楽家は楽器など選ばない。そのような逸話でございます」


 最後まで聞き、国王は彼の言いたいことを理解した。


「……エドワードにも同じことをさせよと?」


「聞けばエドワード殿は希代の音楽家だと言います。メンシスに出来て、彼に出来ないということはないのではございませんか?」


「ふむ……どう思う、エスメラルダ」


「いくらエドワードさんでも……初めて見た楽器では……」


「ということのようだが?」


「いいえ。エドワード殿は失敗されません。これは保証致します」


 なぜか、アルボは力強くそう言いきった。

 そこには誰か人をはめようとする感情は感じられず、国王は首を傾げる。

 アルボが何を考えているのか、分からないからだ。


「しかし、もし失敗したらどうするのだ?」


「万が一にもない、と私は確信していますが、もしそうなっても何も問題は無いでしょう。演奏を失敗したくらいで、彼のしようとしていることの価値が下がるということはありません」


 アルボの考えを聞き、国王は黙考する。

 確かに言っていることは理屈としては正しい。

 エドワードが演奏を失敗しようとすまいと、未開領域の探索は価値のある事業だ。

 資金についても彼自身が調達するものが基本であるし、仮に彼の失敗に心情的に幻滅するものがいたとしても、実際的には何の害も無いだろう。

 しかし、一体アルボは何を考えてこんなことを言っているのか。

 それだけが不安だった。


 もちろん、国王としてはエドワードの成功を願ってやまなかったが、アルボが言い出したことは普通なら失敗に結びつくものでしかないのである。

 一体どういうことなのか……。


 しかし聞いても答えなさそうなアルボ。

 妙な意思の強さも感じる。

 そこまで考えて、国王は頷くことにした。

 エドワードの不興を買った時、何が起こるか恐ろしいところだが、事前に本人に話を通しておけばそれも避けられるだろう。 


 アルボの提案は、彼の知らない色々な要素――エドワードやその従者の強力さなどが思考の材料に入っていないため、そう言ったことについてアルボは思い至ってないからこその提案なのだろう。

 そうすると、もしかしたらただ足を引っ張りたいだけなのかもしれず、もしそうなら愚かなことだとも思うが、大した害はない。

 それを見極める意味でもやらせてもいいかもしれない、と思った。


 そもそも彼は、後ろ暗いところのある陰謀のようなものを考える性格ではない。

 常に誠実に貴族としての役割をはたしてきた稀有な人間だ。

 なのに、なぜか彼は今回そんな提案をしている。


 なぜ。


 国王は知る必要がある、と思った。

 そのために、彼の提案を受け入れたと思わせる必要があるだろう。

 少なくとも、表面的には。


 そもそも、この提案は受け入れてもさほど問題のある話ではない。

 そのような余興を行うとエドワードに伝えればそれでいい話なのだから。


「あい分かった。許可する。エドワードには私から伝えておこう」


「陛下。それではいけませぬ。何も伝えずに行うからこそ余興となるのです」


「しかしそれでは……」


「すべて終わった後に説明すればよろしいのです。エドワード殿にもきっとわかっていただけるでしょう」


 確かに事前に伝えては新しい楽器の研究をされてしまう可能性もある。

 万全を期するなら、何も言わない方がよい。

 しかし、そういう訳にはいかないのだ。

 エドワードの力はアルボが想像しているようなものを遥かに超える。

 貴族たちは話半分に聞いているエドワードたちの力だが、それはすべて真実なのだ。

 彼らは絶対に敵に回してはならないのである。

 だから、国王はアルボが何を言おうとも、エドワードに伝えるつもりだった。


 しかし、そのことはアルボには言わないでおく。

 彼の真意が見たいからだ。


 国王はそうして考えをまとめるとアルボに言った。


「分かった。エドワードには内密にこの話は進める。すべての準備はイヴェール家に任せる」


「はっ。承知いたしました」


 そうして、会議は終わった。

 貴族たちが余興を楽しみに笑顔で帰っていく中、エスメラルダ王女だけが不安そうな表情で佇んでいた。


 貴族たちのすべてが部屋から去った後、国王は不安そうなエスメラルダに言った。


「お前からエドワード殿に伝えておけ」


「……よろしいのですか? さきほどは伝えてはならぬと」


「あれは方便だ。アルボの様子が……なにかおかしいと思わぬか」


「わかりません……けれどアルボは、あんな子ではなかった」


「それを見極めたいと思っている。エドワード殿には面倒をかけるが……断られるようなら諦める。すべて包み隠さず伝えておくように」


「はい」

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