第26話 maestoso~威厳を持って~
居並ぶ貴族たちの目線を見ると、それぞれが僕の持ってきた物に同様に目を奪われているように見えるが、実際に見ている物は一様ではなく、それぞれ異なっているようだ。
分かりやすい例を挙げれば、僕が持ってきた品を出したときに、すぐに表情を変えた者たちは宝飾品類を見ている者が多かった。
事前にレド侯爵と王女からピュイサンス王国ではあまり宝石類は産出せず、それが故にあまり宝飾品の細工師は育たないということを聞いていた。
宝飾品は他国からの輸入に頼っており、かなりの高額だということだ。
だからこれほどまでに注目するのだろう。
僕らからしてみれば最高級品とはとてもではないが言えない、それなりの品質の品々とはいえ、王女の載っていた馬車の装飾から見て一般レベルに流通している程度の物を予測して持ってきたのだが、その予測は外れてしまったらしい。
また、それとは異なって、武具類に目を奪われている者もいる。
彼らは国王との謁見が始まってから終始、冷静な態度を保っている者たちだ。
あまり表情を見せず、何を考えているのかよく分からない彼らはなかなかに食えない性質をしているのだろうと思われた。
しかし、武具類に対する興味は隠せないようで目線が動くのがはっきりとわかった。
武具類については数は少数だが、近衛騎士たちの持っていた武具より多少質が高いくらいのもの、特にレド侯爵が持っていたものと同じレベルのものを持ってきている。
レド侯爵の武具はピュイサンス王国でも屈指の名工と言われる者が作り上げた逸品だという話であり、それと同レベルのものを持って来れば侮られはしないだろうという判断からだ。
結果は言わずもがな。
おそらくはそれほど軽く扱われることはないのではないだろうか。
それどころか、これならば僕のささやかな野望、ともいうべき思いつきを切り出しても意外とすんなり受け入れてくれる可能性もある。
思わぬ成功に僅かに口元が動きそうになるが、鋭い目で見つめる貴族たちの前で油断することは出来ないと気を引き締める。
むっつりと黙り、国王の言葉を待った。
それから額をしばらく押さえて黙考していた国王は、やがて息を吐いて話し出した。
「お前の差し出せるものは、理解した。しかし、率直に言ってエドワード。お前の持ってきたこれらはお前の求める対価を遥かに凌駕していると私は考える。――何か、ほかに望みがあるのか」
国王の言葉に、貴重な品々の数々に目の眩んでいた貴族たちははっと我に返るとその顔に僕に対する怒りと不信を浮かべた。
彼らは気付いたのかもしれない。
自分たちの立場が、ここに跪くちっぽけな子供に奪われかねないということに。
僕がここに並べた品々と引き換えに、彼らの地位や追放を望めば、ただれだけで彼らの築いたものが突き崩されてしまうかもしれないという事に。
しかし、やろうと思えば出来るそのような所業を、僕はする気はなかった。
僕の望み。
それは本当に小さなことだ。
ただ僕らのしたいことをこの世界で大手を振って出来るように、そして少しだけ、ウィア少年たちを幸せに出来るようにする、そんな小さな試みだ。
「はい。ございます。陛下」
はっきりと返事をした僕の声は、奇妙なほどに玉座の間に大きく響いた。
唸る貴族たちと、少しだけ眉を動かす貴族たち。
しかし、どちらにしろ動揺しているのは確かだ。
初めから何も変わらないのは、国王、そして彼の隣に立つ白髪の男だけ。
国王は僕の台詞を飲み込んでから、ゆっくりと言う。
「騙し討ちのようなことは良くない。次からはこのようなやり方はよしてもらおうか。して、エドワード。お前の望みはなんだ」
何でもないことのように言われたそれは、事実上の受け入れ宣言だった。
次があると、言外にそう言っているのだから。
ただそれは僕がすでに述べたこと、つまりは土地の借地権なり所有権なりを認められたというに過ぎない。
これから僕が提案しようとしていることについてはまた別の話だ。
まだ、一歩進んだだけということを忘れてはならない。
冷静な貴族たちは驚いたように眉を上げたが、未だに宝飾品をちらちら見ている貴族たちは国王の言葉の意味を正確に理解できなかったのか表情が変わっていない。
今の国王の一言は、彼らこそ顔色を変えるべきのように思えるが……まぁ、反論が出ないのはいいことだからいいか。
僕は気を取り直して、言った。
「僕の望みは、未開領域の探索――そして、それに必要な権利及び組織の設立許可です」
僕の言葉が徐々に部屋に染み渡っていくと同時に、貴族たちから驚きの声が上がる。
ただ、それは絶対に認められないとかそういう類の怒りの声ではなかった。
彼らの口から出てきた言葉は意外にも、そんなことをして一体何の得があるのか、そもそもそれは命を捨てるようなものだからやめるべきだとか、むしろ僕の命を心配しているかのような台詞の数々であったのだ。
僕らが死ねば、今目の前に並んでいるような、工芸品の数々、国に納められるべき品々がなくなってしまうではないか、という本音が彼らの台詞の裏に聞こえてくるような気がするが気のせいではないだろう。
ただ彼らは未開領域に行ったら死ぬ、と考えている点では共通で、また別に僕に死んでほしくない、と思っている点でも共通しているらしい。
いろいろ持ってきた甲斐があったのかなかったのか。
国王はどうかと言えば、やはり黙考している。
はてさて、彼は一体どんなことを言うのだろうかと僕は緊張しながらも楽しみに待った。
そうして、国王は貴族たちのざわめきが収まった瞬間を計ったかのように重い声で言った。
「……本気で言っているのか」
「もちろん、本気でございます」
そうして、僕は計画を述べた。
まず王都を拠点に未開領域の探索団体を作る。
とは言っても、この団体の業務はそれだけにとどまらない。
もちろん主体は未開領域の探索だが、魔物の駆除や薬草の収集、それに商人の護衛、果ては家の掃除や商店の臨時職員派遣なども含めて、手広くやっていこうと考えている。
つまりは何でも屋に近い。
なぜ、それほどまで手を広げようとしているかと言えば、この団体の主な構成員を、今、路地裏で食うに困っている人間を主体にしようと考えているからだ。
彼らをある程度教育し、そして雇うのである。
なぜ、そんな面倒なことをしようとしているのか、と聞かれたので、それは一種の社会政策だと答えた。
つまりは貧困及び教育と犯罪率との関係について語り、貧民街をなくし教育を施していくことは治安のためにかなり高い効果があることを訴えた。
また、彼らに賃金を支払い、経済を回していくことで国が富むことを、そして結果として今より多い税収も見込めることも。
貴族の面々は税収増加に興味を示していたが、国王はどちらかと言えば犯罪率低下について詳しい説明を求めていたのでそちらの方が気になるということなのだろう。
賢王と言われるだけあって民のことをよく考えているのかもしれないとその態度で改めて思った。
そして、その次に未開領域の探索の詳細について述べた。
未開領域は現在、殆ど誰も踏み込んでいないと言う。
いや、踏み込めないといった方が正しいだろう。
それにはさまざまな理由があるが、もっとも大きいのが戦力の不足だ。
国に属する騎士団は他国に対するけん制及び防衛の任務があるため、おいそれと未開領域に向けて派遣するわけにはいかず、かと言って普通の人間を差し向けても当然、無意味だ。
かと言って、国が主導して未開領域専門の調査集団を作ることはコストや現実的なリターンを考えればマイナスになる可能性が高い。
そうでないのなら、民間が行ってもいいのだが、誰もやらないのはつまりはそういうことに他ならない訳だ。
などなど、諸々の理由から未開領域に対する探索は放置されて来た。
そもそも領土を増やしたいのなら単純に他国に喧嘩を売った方が予測がつく分確実なのだ。
未開領域に手を出すと、一体何が起こるか分からない。
わざわざ危ない橋を渡る必要はないと言うわけである。
しかし、これらの事情は僕らには当てはまらない。
戦力的には全く問題はないし、コストについても建築技術や武具や薬品の製造技術、設備も含めて館という自前があるからだ。
また、雇った人間にそれなりの戦闘技能を身に着けさせるつもりでもあるから、その意味では国が戦力として数えられる人員が増える。
戦闘技能教育についてはスキルを身に着けさえることを考えているので、てっとり早く強くなれることだろう。
問題は未開領域を開拓した場合の土地の扱いだ。
これには他国から文句がつく可能性がある。
未開領域にはかつては別の国の物だった土地もあり、そのあたりは僕らがどうにかできる話ではない。
だからその点については王国に丸投げしようと考えている。
色々説明して、国王も貴族連中も納得したらしく、結構な好感触だ。
貴族としては、失敗したとしても死ぬのが貧民街の人間ばかりだということも気に入ったらしく、頑張ってほしいとの声まで上がり始めている。
しかし、出来るだけ死者は出すつもりはない。
きっちりと安全マージンはとった上での探索をさせるつもりだった。
まず最初期は僕らが探索を行い、未開領域の概要が掴めたら徐々に教育を施した者を出そうと考えている。
もちろん、それでも死者ゼロは難しいかもしれないが、貧民街は餓死者も多数出ている。
それを考えれば、数字だけで言うのなら、プラスマイナスでいえばプラスに傾くのではないか。
しかし、色々と言っても結局それは、一部いい訳であることも否めない。
どう言い繕おうとも、僕は僕の目的のためにこの国とこの国に住む人間を利用しようとしているのは間違いないのだ。
つまり、僕らが欲しいのは未開領域というフロンティア自体の情報なのだ。
今回の提案が受け入れられた結果、向上するだろうウィアたちの生活環境についてはついでに過ぎない。
この世界に来て、ずっと考えていた。
なぜ僕らはこの世界に来たのか。
その答えを探すには、この世界そのものを知る必要があるのではないか。
そして、その答えを握っている誰かがどこかにいるのではないか。
僕らの存在はおかしい。
どんな意味においても。
スキルが使えること、僕らに限らずこの世界の人間も使おうと思えば使えること、そして僕らの存在自体がこの世界に許されていること。
誰かの意図が、働いている気がしてならないのだ。
もしかしたら、それは気のせいかもしれない。
けれど、理屈でなく感じるのだ。
何者かの存在を。
しかし、今の僕らにはその誰かがいる場所はどこなのか。
それがわからない。
だからこそ、探さなければならない。
それが、これからの僕の目的だ。
そのための団体設立、そのための未開領域探索だ。
そしてこの国の人間をその目的のために犠牲にする。
まとめ上げれば、ひどい話だった。
だから、罪滅ぼし、という訳ではないが、せめて作り上げた団体については、最終的にこの世界の人間にそのすべてを渡そうと考えている。
せめてもの謝罪の気持ちである。
だから僕らが行うのは、大まかな組織の立ち上げ、それに初期の運営、そして探索だけだ。
後は、彼らに任せ、情報だけ上げてもらう。
本当にひどい話だ。
ただ、言い訳ではないが、この世界には必要な団体だとも思う。
魔物はどこにでも出る。
未開領域の外でもだ。
だから、それらを駆除する団体はいずれ必要なのだ。
今までは騎士団がやってきたことだが、全く手が足りておらず毎年多くの被害が出ているという。
このままではこの世界の人類はそもそもジリ貧な状況にあるのだった。
だから僕らにも、この国にとっても、結構な利益のある提案だと僕は思っている。
そういう、言い訳がなりたつ。
そういう組織を作る。
僕の話を聞いて、国王は黙考する。
もちろん、この国の人間を犠牲にするとか、そんなことは言っていない。
けれど彼はおそらくわかっている。
説明しているとき、すべて見透かしているような目を彼はしていた。
それでも、彼はきっと受け入れるはずだ。なぜなら、絶対に僕の提案を受け入れた方がこの国にプラスになるかだ。
そういう話の持っていき方をした。
この国は封建社会だ。
貴族の大半が賛成すれば国王といえども断るのは難しい。
そして、僕の話はほとんどメリットばかりしか聞こえないように出来ていた。
この場にいる貴族の殆どが、僕の提案を呑むべきだとその瞳で国王に訴えかけている。
卑怯な、きわめて卑怯なやり方だった。
国王はそして、ゆっくりと口を開く。
「全く。狡いことよな」
嫌な汗が出る。
見抜かれているのだ。
全部。
しかし、国王はそれでも笑って言うのだ。
「それでもお前の提案は悪くないものだ。よかろう。許可を出す」
――これが国王か。
平和な世界で育った僕は改めて思ったのだった。
「ありがとうございます」
「ふむ。それで王都に拠点を作るということだが、そのための資金源については……」
それからは具体的な話が始まり、周りの貴族たちもほっとしたように息を吐いて参加し始めた。
この日が、僕がこの国に受け入れられた日。
記念すべきピュイサンス国民としての一日目だった。




