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第25話 eclatant~鋭い~

「その方がモリト―村の南、イミリダ大森林の奥地に館を所有するというエドワードと申す者か」


 まさに厳粛、と評すべき重みのあるバスでゆっくりと僕にそう告げた壮年の男は、ピュイサンス王国国王ゾンネンヴェンデだ。

 その権威に相応しい迫力のある体躯と眼差し。

 着ているものも非常に手の込んだ意匠が縫い取られたもので、国王が纏うものに相応しい。

 エスメラルダ王女の持つものと似た、知性ある深い瞳をしていて、それが真っ直ぐに僕の心の奥まで丸裸にしようとしているかの如く向けられている。


 彼の横には髪が真っ白に染まった痩身の男が立っており、彼は、僕のことを冷徹な目で見つめていた。

 おそらくは宰相なのではないか、と感じるが特にその点についての説明は無い。


 さらに、国王と僕の跪いている地点までは長い赤絨毯が敷かれており、その両脇に僕を睥睨する何人もの貴族たちが背筋を伸ばして立っている。

 その中にはイヴェール家の当主を名乗ったあの少年もいた。

 やはり今も僕のことを睨んでいる。

 どうにも嫌われてしまっているらしいとそれだけで理解できる。


 それにしても、この場の雰囲気はあんまりにも迫力がありすぎて、正直、元々ただの一般人に過ぎない生活をしてきた僕には耐えられない状況だった。

 かといって、勿論黙り込むわけにもいかないし、震えるのもまた、いけないだろう。

 いまこれから僕は彼らと交渉しなければならないのだから。


 仕方なく、僕は腹を括って口を開くことにする。


「――はい。僕がエドワードでございます。この度はこのような場を用意していただき恐悦至極に……」


「私はあまり長い口上は好きではない。早々に本題に入るが、よいか」


 いろいろ考えてきたのに台無しだった。

 しかしその国王の言葉から彼の性格が垣間見える。

 飾りを嫌い、合理性や効率性を重視するタイプの性格のように感じられた。

 それは、僕にとっては決してマイナスな情報ではない。


「はい」


「まず、お前にはイミリダ森林に不法に建物を建築したという容疑がかかっている。これが事実だと認めるか」


「いいえ、国王陛下。その点については認めることが出来ません」


 はっきりと僕がそういうと部屋の中は色めきだった。

 脇に控える貴族たちのうち何人かが「嘘を言うでない!」とか、「陛下にそのような物言い、許されると思っているのか!」などと叫んでいる。

 ただ、あまり迫力が感じられないのは、僕と言う人物に恐れを感じているからかもしれない。

 得体の知れなさは勿論だが、王女とレド侯爵の後ろ盾があることが伝わっている可能性がある。

 なぜ僕にそんなことが可能なのか、色々と考えを巡らせているのかもしれなかった。


 しかし、国王は決して慌てず、皆が静かになるのを待ち、そして口を開く。


「エドワード。お前に言っておく。私は罪には厳罰をもって臨むが、かと言ってお前の言い分を無視しようとは思わない。ここでははっきりと自らの主張を述べよ。そしてここにいる者たちにも言っておく。エドワードがすべて語り終えてから口を開け」


 その言葉からは誠実な国王の人柄が感じられた。

 色々と言っていた貴族たちも、国王の言葉に納得したように黙る。

 しかし何人かは悔しそうな、腹が立った、という顔をしているのも見えた。

 どうやらこの国の貴族というのは決して一枚岩ではなく、また国王に対する忠誠も全員が持っているというわけではないようであると察せられる。

 まぁ、どんな国だって、権力者全員が一枚岩、などということはありえないのかもしれない。


 一通り観察しながら、僕は続ける。


「では、国王陛下。申し上げます。僕は確かにイミリダ森林に館を所有しております。その所有が王国の国法に照らせば不法なものであることも理解しております。しかし、不法に建築した、というわけではございません」


「ふむ……? それはどういう意味だ」


 僕の台詞に国王は首を傾げる。

 レド侯爵や王女から報告を受けているのではないのだろうか。本当に知らない、という顔つきである。

 僕は自分が異世界から来たのだということを隠す気はない。

 だからこの場でその点についてはっきり言及するつもりだ。

 それによってどのような反応があるのか、というところは王女やレド侯爵にある程度予想を立ててもらっている。


 まず宗教的には問題がない、ということははっきりと保証してもらった。

 この国には架空の存在や別世界の住人に関する書物が少なからず出版されているが、歴史的にそれらの書物が宗教権力によって発禁になった、ということはなかったという。

 神に対する反抗を唆すようなものについては頻繁に発禁処分や焚書にされたりしてきた歴史があるので、別世界、つまりは異世界については彼らの教義に反するものではない、という予測が成り立つらしい。

 もちろん、それが絶対とまでは言い切れないだろうが、まぁいきなり喧嘩を売られたりはしない、というくらいの認識はしてもいいだろう。


 ただし蘇生魔法についてはまずいかもしれない、とは言われた。

 人の命を自由にできるのは神だけだ、ということらしい。


 ただ、とりあえずは、あまり大っぴらに使わなければ大丈夫なはずだということが分かっただけでも十分である。

 レド侯爵は近衛騎士たちに口止めをしていたし、国王はそれを特段の理由なく明かそうとはしないだろうと王女が言っていた。 

 ともかく、異世界から来た、ということは言っても大丈夫なはずだ。だから僕は言う。


「はい。国王陛下。我が館、≪フォーンの音楽堂≫はこの世界において建築したものではないのです。僕たちは別世界にて館を建築し、居住していたところ、何らかの原因でこの世界のイミリダ大森林奥地へと飛ばされました。したがって、僕は不法に館を建築したわけではないのでございます。」


 僕の告白に、国王は大きく目を見開き、また控える貴族たちも口々に「嘘ではないか」「別世界だと……馬鹿なこと」と大騒ぎだ。

 

 しかし、国王はさすがに器が違った。

 

 僕の台詞の驚きを一息に飲みこむと、変わらぬ様子で話を続けた。


「別世界からの旅人か……母より昔語りに聞いたことがある。それは、どうやらおとぎ話ではなかったらしいな。――して、エドワード。お前が別世界の人であるというのなら、たとえお前の館が不法に建築されたものではなかったとしても、お前の身分を保証するものは何もないということになる。それについてはどう考えている?」


 確かに全くその通りだ。

 だからこそ、僕は差し出せるだけのものを用意してきたのだ。

 ここからが正念場だ。

 唾をのみ込み、僕は言う。


「はい。僕は、国王陛下に僕らがこの国のあの場所――イミリダ森林奥地に館を持ち、そして住む権利をいただきたいと考えております」


「ふむ……それで、お前は何をこの国に齎す。よもやただでそれを与えろとは言うまい」


「はい……まず、ご覧いただきたいものがございます」


 そう言って後ろにいた兵士に合図すると、大きな袋を持って入ってくる。


 本当は僕が持ってきたかったのだが、中に入るにあたって取り上げられてしまった。必要なものだからどうにか持ち込めないかと頼んだところ、レド侯爵の口聞きもあり、兵士が中身を調べ、そして僕が一切その中身に触れないことを条件に許されたのだ。


 兵士は袋の中身をいくつか取り出し、国王の前に置いていく。

 ひとつ、ふたつと取り出していくにつれ、初めは何の感慨も持たなかったその表情が徐々に変わっていく。

 横に控える貴族たちも同様だ。目の色が変わっている。

 国王はあらかたの物品を確認した上、ため息をついて言った。


「……これはなんだ」


 聞くまでもなく、それが工芸品の数々……武具類や着物、布や宝石、それに魔道具だということは国王にもわかっているだろう。

 彼が聞きたいのは一体、だれがそれを作り出したのか、ということだ。


「それが僕たちがこの国に齎すもの、でございます。僕たちは元いた世界で職人として生計を立てておりました。ですからもし僕たちを受け入れてくださるというのであれば、今、陛下の御前に並べられているようなものをある程度の数、納めることで報いたいと考えております」


 僕の申し出に、国王は考えるような顔をする。

 並ぶ貴族たちの反応はもっと短絡的だ。

 早く認めろと顔に書いてあると言ったら分かりやすいだろうか。

 品物の価値を見る目はあるようだが、だからと言ってその反応はないのではないかと笑ってしまう。


 ただ、短絡的ではない者もそれなりにいるようで――。

 ぼくは、貴族たちの中でも冷静な態度を保っている者を記憶しておくことにした。

 彼らには少なくともそれなりの判断力は期待できるだろう。

 それがプラスになるかマイナスになるかはともかくとして。


 その中には、国王の近くに立つ白髪の痩身の男も入っている。

 侮れない人物は、結構いそうだと思い、僕は国王の言葉を待った。

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