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第23話 canzone~歌~

 王城まで一直線に街を貫く目抜き通りはどこまで行ってもにぎやかで活気があり、まさにここが王都であるとその存在で主張しているような通りだった。

 売っているものは日用品や食料品など、地球でもよく見かけるようなものもあれば、武具類や魔法具、それに魔物の素材などこの世界特有のものもある。

 売れ行きはどちらもそれなりにいいようで、経済がかなり景気よく循環しているような感じがした。

 まぁ、僕がぱっと見で理解できるほど単純なものではないだろうが。


 そして、そんな物売りの中でも一際変わっている一つの店に僕は目を引かれた。

 子供とその親と思しき人が組になって、わいわいと群がっているその店は奇妙なものを売っていたからだ。


「……石?」


 蟻のように群がる親子たちの間から迷惑にも首を突っ込んでみて覗いた地面の上に敷かれた布の上に並んでいたのは、まさに石としか言いようのない物体である。

 せいぜいが少し綺麗な色合いのする石、と言ったところだろうか。

 いったいこれにお金を出して買おうとする人が果たしてどれほどいるのだろうかと首を傾げたくなるくらいだった。

 すると、僕のつぶやきが聞こえていたのかそれを売っていたらしい少年が僕に声をかけてきた。


「なんだ兄ちゃん、ひやかしならあっち行けよ」


 声の主は、店の店主で、大体見た目からすると十二、三歳と言ったところだろうか。

 店主の少年は不快そうに手を振るが、僕は気にせずに尋ねる。


「いいや、そういう訳じゃないんだけど……それって何?」


「知らないのか? 魔石だよ」


 呆れたような顔つきで彼は言ったが、僕はその答えに首を傾げた。


「魔石? 魔石って……魔力が」


 IMMにおいて魔石とは魔力のこもっている石のことであって、この世界でもおそらくそうであることは何となく分かっている。

 しかし、目の前に並べられている色彩豊かな石たちはどう見てもそのようなものには見えなかった。

 少なくとも、魔力が籠められていないことは僕の目から見て、はっきりと分かる。

 だからその点について尋ねようとしたのだが、少年が僕がすべて言い終わる前に慌てて被せるように言った。


「おい、兄ちゃん。説明してほしいなら店じまいしてからここにまた来い。今は営業妨害だ」


 僕が何を言おうとしたのか察したらしい。

 しかし、説明してくれる気もあるようである。

 このまま諦めて帰っても良かったが、僕は何となく気になってしまい、尋ねた。


「……わかった。店じまいっていつ?」


「そろそろ売り切れるからな。半刻後くらいだな」


 奇妙に思いつつも妙に迫力のあるその少年の言葉に僕はつい頷いてしまう。

 話している間にも次々と“商品”は売れていっているから、少年の言うとおりそのくらい時間が経てばすべて売り切れるのだろうということは予想出来る。

 それに、ふと周りを見渡してみれば、その"魔石"を買いに来たらしい親子たちが僕のことを奇異の目で見始めているのに気が付いた。

 これ以上ここにいるのは確かに少年の言うとおり営業妨害だろう。


 僕はまた後でここに来ることにして通りの観察に戻った。


 ◆◇◆◇◆


 裏通りはどんな街でも暗くジメジメとしているものだ。

 クライスレリアーナはネズミがそこかしこに走り回っている湿った道をローブを翻しながら歩いていた。


 ――どことなく、懐かしい空気だ。


 染み渡る湿度の高い体に悪そうな空気にふとそう思う。

 息を潜めてはいるが決して誰もいないわけではなく、あらゆる方向からクライスレリアーナのことを観察している視線を感じる。


 もちろん、その視線はクライスレリアーナのことを心配して見ているわけではない。


 彼女が果たしてカモになりうる人物なのかどうかを判別するための視線なのだ。


 遥かな昔に、自分も、このような視線で人を見ていた時期があったような気がする。

 しかしそれは、果たしていつのことだった……。

 自分は、魔物として生まれて主に懐柔(テイム)されたものであって決してこのようなところで底辺の生活をしていたことなどないはずだが、なぜそんなことが思い出されるのか不思議だった。


 よく分からない、覚えてもいないはずの思い出が断片のようにクライスレリアーナの頭の中を去来する。


 奇妙に落ち着く路地裏を、また奇妙な心持ちで彼女は歩いていた。


 そんな彼女の醸し出す雰囲気に、視線も徐々に遠ざかっていく。


 彼女がカモではないと判断したのだろう。


 彼女が、彼らの仲間であると理解して。


 人の体に染みついた“匂い”はそうそう簡単に消え去るものではない。

 いずれ彼らがこの路地裏を幸運に恵まれて出て行ったとしても、彼らは彼らの仲間をその研ぎ澄まされた嗅覚で判別するのである。

 クライスレリアーナの身に染み込んだ匂いをしっかりと嗅ぎ分けたように。


 そうやってしばらく歩いていると、遠くの方からなにか旋律のようなものが聞こえた。


 ……気のせいだろうか? 


 クライスレリアーナは耳を澄ませる。


 いや、気のせいではないと彼女は確信する。


 それは確かに旋律だった。


 それも、彼女になじみ深い音……つまりは歌声である。


 彼女は誘蛾灯に導かれる虫のように静々と路地裏をそこに向かって進んでいく。


 聞こえる音は明確に彼女に道を示していた。

 たとえその声にその気がないのだとしても、クライスレリアーナの研ぎ澄まされた聴覚は正しくその音色を捉えている。

 彼女にはその声がこう聞こえていた。


 こっち……こっちだよ……、と。


 そうしてしばらく歩くと、突然、開けたところに出た。


 そこには小さな、そして恐ろしく古びている教会があった。


 上を見るとそこにぶら下げられているべき鐘はすでにそこになく、からっぽだった。


 そもそもこの街、王都の教会は中央区の方に巨大なものがひとつあったはずで、こんなところに教会があるなど聞いていない。


 入ろうかどうか、クライスレリアーナは一瞬迷う。


 けれど、問題の声はそこから聞こえてくるのだ。


 澄んだ音色。

 美しい音色。


 ほかの、なにか楽器の鳴らす音だったなら彼女はここまで心惹かれなかったかもしれない。


 けれど、クライスレリアーナにとって歌は特別なものだ。


 歌は、彼女のもとの主が彼女に教えてくれたただ一つの贈り物、絆そのものなのだから。




 そうして、クライスレリアーナは教会の扉をゆっくりと押した……。


 ◆◇◆◇◆


「……本当に来るなんてな」


 嫌そうな、呆れたような顔でその少年は店じまいのために地面に広げていた敷物を片付ける手を止めて僕の顔を見る。

 彼のその表情の理由は僕がまさか本当に尋ねてくるとは思ってもみなかったからだと理解できるが、あいにく僕は本気であった。

 彼にも、自分の言葉には責任を持ってほしいと思い、僕は言う。


「君が来いって言ったんだよ」


「そうだけどよ……あんた金持ちだろ?」


「金持ち……かどうかはわからないけど、あんまりお金で苦労はしてないかな」


「それは俺から見たら"金持ち"だな。だったらわざわざ貧乏人にかかわる必要ねえだろ」


「そんなこと言われても気になったものは仕方ないじゃないか。ね、なんであんなもの売ってたの?」


 おそらく好奇心で輝いているだろう僕の目を見て彼はため息をつく。

 そしてゆるゆると首を振ると、観念したのか語りだした。


「おとぎ話だよ」


「ん?」


「おとぎ話だ。あんた、この国の出身じゃないのか」


「違うね。つい最近来たばっかり」


 正確に言うならこの“世界”の出身じゃない、だが国も世界も大まかに括れば似たようなものだろう。

 あえて説明することでもない。

 少年は続ける。


「そうか……だったら知らなくても無理はないな。あれは確かにあんたの言うとおり、魔石なんかじゃねぇ。ただの石だ」


 意外なことに、少年は正直に白状した。

 いや、この調子だと、周知の事実なのだろうかと僕は思う。


「それで、なんでそんなもの売ってたの? いや、違うか。なんであんなものが売れるの?」


「だからおとぎ話だよ。この国のな……」


 そう言って彼が語りだしたのは、ちょっとした、まさにおとぎ話と言えるようなものだった。


 世界は夜になると、人の支配する時間は終わり魔が跋扈する異界へと変わる。

 人は眠り、魔へと世界を明け渡さなければならない。

 そんな決まりがあるにもかかわらず、夜の街を不用意に歩いた者は、その罰を受ける。

 つまり、そのうちの何人かは次の朝を迎えられないという罰を。

 彼らは霞のように消えてしまい、そして二度と現れることは無い。

 彼らは、一体どこに消えてしまうのか。

 なぜ死体すら見つからないのか。

 それは魔物が彼らを襲って食べるからだ。

 そう、王都に巣食う目に見えない魔物、シュレッケンに食べられてしまうから……。

 けれど、魔の時間を無事に過ごす術が一つだけある。

 実は、彼らは石を恐れるのだ。

 力のこもった、石を恐れる。

 純粋で、強い魔力は彼らにとって毒なのだ。

 だから枕元に魔石を置いておけば安心。

 きっと明日の朝も迎えられる……。


 そんなおとぎ話である。


「そのシュレッケン、って本当にいるの?」


 胡散臭そうに聞いた僕。

 なぜなら、それは地球で言う所の鬼とかお化けとかそういうもののことを言っているように聞こえたからだ。

 実際、少年も似たような見解を持っているようで、適当な声と態度で言う。


「さぁ。いないんじゃねえか?俺は見たことないな。少なくともそんな魔物がいたことは確認されていない」


「じゃあなんで」


「だからおとぎ話っつったろ? 親が子供に何か言い聞かせるときに言うんだよ。『いい子にしてないとシュレッケンが来るよ』ってさ」


「やっぱりそうなんだ……」


 結局、お化けみたいなものなのだろう。


「だから小さい子供は石を欲しがるんだよ。魔石つったら色のついた綺麗な石だろ? ただ子供にやるには高価すぎるからな。代用品にそれっぽく見えるものを探して渡すわけだ。親はよ」


「それを君が売ってるわけか」


「まぁな」


「……ぼったくりじゃない?」


「馬鹿言うなよ。大した金にはならないぞ。三つで銅貨一枚だ。良心的にもほどがあるぜ」


 いろいろ店を見た限り、銅貨は一枚で30~50円くらいかな、という感じだ。

 まぁ、感覚的なものだが、それほど外れているわけでもないだろう。

 とすると、偽魔石は大体一個10円くらいということになる。

 安いんだか高いんだかわからないが……。

 そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。

 少年は弁解するように言った。


「安いんだよ。それが高いってんならほかのやつらも売るだろ。でもこの辺で俺以外に石売ってるやつみたか?」


 少年の言葉に、僕は歩いてみたいくつかの店に並んでいた品を思い出す。

 なるほど。


「……本物の魔石は売ってたけど、君みたいにただの石を売ってる人は一人もいなかったな」


「だろ? そういうことだよ。そもそも石を集めてくることからして相当面倒くさいからな。俺ぐらいしかやらない」


 労力と価値が釣り合ってないと言うことだろうか。

 しかしそうなると不思議なことが一つある。


「君はなんでそんな面倒なことしてるのさ」


 僕の質問に少年は言葉に詰まったような顔をして、そそくさと荷物をしまい、歩き始めた。


「それは……まぁ、いいだろ。俺は帰る」


「え、ちょっと待ってよ」


 のっしのっしと去っていこうとする彼を、僕はなんとなく追いかけた。

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