第22話 belebend~活気づいて~
王女に案内された寝室はかなり広く、しかも僕とクライスレリアーナに一部屋ずつ割り振ってくれたので気を遣わずに済み楽だ。
いくら魔物だとかNPCだとか分かっているにしても、どう見ても人間の女性にしか見えない彼女と同室は僕には毒だろう。
荷物はインベントリに突っ込んであるため特に部屋に置くものはない。
しかし、なにかしらものを置いておかなくては不自然だろう。
この世界にはインベントリのようなものは例え魔法を行使しても存在しないようで、今のところ見たことは無かった。
したがって僕はとりあえず着替えになりそうなもの――IMMの初期装備の布製の服など――を部屋の片隅に出して置いておくことにした。
僕がここでやることはせいぜいそのくらいで後は国王に謁見するまでは時間が空いている。
なので僕は時間つぶしに王都を観察しに外出することにした。
ちなみに、王城の中に宿泊させてくれるのは、てっきり監視も含めた実際的な理由によるものと思っていたのだがどうやらそうではなく純粋な好意らしい。
そのことは王女に、もし外出しようと思った時にはだれかに言う必要があるのかと聞いたときに、「自由に出入りしても構わない」と返答されたことからも明らかだ。
僕は隣の部屋にいるクライスレリアーナを誘う。
「クライスレリアーナ、暇だから外出しない?」
扉をたたきながらそういうと、がちゃりと開いた。
「あぁ、主人。外出ですか? かまいませんが……何しに行きますの?」
「だから、暇つぶし。あとはこの世界の街にどんなものがどのくらいの値段で売ってるかとか、治安の良し悪しとか調査しようと思って。歩けばほかにも気づくこともあるかもしれないし」
「なるほど……でしたら目立たない恰好の方がよろしいですわね?」
「そうだね。さすがにその恰好は……」
そう言って見たクライスレリアーナの服装は非常に扇情的な露出の激しいもので娼婦と見まがうようなものである。
非常に似合っていて決して品がないように見えないところも恐ろしいが、流石に昼間から街を歩くのに着る恰好ではないだろう。
僕の意図を正確に読み取ったクライスレリアーナは部屋に引っこみ、数分後には先ほどのものとは全く系統の異なる服装で出てきた。
「これでいかがかしら? 主人」
「うん……いいね。目立たないし。ただ少し怪しい気はするけど」
彼女の顔はフードに隠れて見えない。
体全体を覆うだぼっとしたローブを着ており、見る限りかなり怪しげな人、という感じだ。
しかしこれでも先ほどよりはよほどましだろう。
それによく見るとそれは対魔物用の認識阻害効果のあるローブであり、もしかするとこの世界では人間相手にも効く可能性もある。
「おそらくは、効果があると思います。今そこを侍女が通りがかりましたが主人だけを見て首をかしげておりましたから」
「……なぜ?」
「誰もいない空間に一人で話しかけているおかしな人に見えたのでしょうね」
それは僕がそのように見えたという事だ。
なぜそれを教えてくれなかったのかと一瞬恨めしく思う。
「……」
「まぁまぁ」
渋面を作った僕を軽く慰めるクライスレリアーナ。
あんまりおかしなイメージを城の人につけたくはないのだけど……。
しかし、時間を戻すことは出来ない。
過ぎてしまったことは仕方がないとあきらめ、街に出ると、やはり注目されずに済んでいるようだった。
クライスレリアーナの容姿を見れば客観的に見て男なら十人中十人は振り返ることを考えれば、やはりローブには人間に対する効果もあるのだろう。
「これを着てきてよかったですわ」
「そうだね……ってまた僕が変な目で見られるじゃないか」
言いながら、僕は気づかない方が良い事実に気づく。
しかしクライスレリアーナは首を振って言う。
「いえ、今度は大丈夫そうです。先ほどの侍女と違って全く私の存在に気付かないというほどではないようです。おそらく、ローブの認識阻害は対象の数が増えれば増えるほど効果が薄まっていくのではないでしょうか。ほら、今そこの男性がわたしのことを一瞬見ました」
確かに言われてみれば数人に一人はそこに誰かがいると気付いているような仕草をしていた。
やはり単純にIMMと同じ効果だと思うのは危険だろう。
そのうちインベントリにあるものはすべてその効果を確認しておかなければならないなと考える。
「しかしいい街だね。みんな楽しそうだし、それなりに豊かだ」
歩きながら街の様子を一通り観察しそう言うとクライスレリアーナは首を傾げた。
「そうでしょうか? 確かに大通りはそのように見えますが……ほら、あの路地裏などはあまりいい空気ではありませんわ。それに走り回っている子供たち……目が剣呑な者も混じってます。それなりに裏の顔があるのではないでしょうか」
言われれ見ると、確かにそのような子供やあまり雰囲気の良くない路地へ続く道などがいくつもあることが分かる。
けれど言われなければ気づかない程度には目立たずに街に溶け込んでいる。
それなのに、クライスレリアーナはよく分かったものだと、僕は感心して言う。
「……よく分かるね、そんなの」
日本で豊かな生活を十数年間送ってきた僕には感じ取るのが難しいそれをクライスレリアーナは自然に発見していく。
そういえば彼女のもとの主は結構波乱万丈な人生を送ってきたのだと笑顔で語っていた記憶がある。
そんな雰囲気は全く見た目に出ないひとだったけど色々あったのだろう。
クライスレリアーナにはその性質がある程度受け継がれているらしいことを思えば、こうやってすぐにそういう空気を感じ取ることができるのも不思議ではない。
「主人。提案がありますの」
ふと、クライスレリアーナがそう言ったので、僕は首を傾げる。
「なにかな?」
「王都は広すぎて一日で回ることはできませんわ。ですから、手分けして見て回ることにいたしませんか? 何があったかは、王城で情報交換しましょう」
「うーん……いいけど、手分けって王都の西と東とかっていう風に?」
「それも悪くはないですが、私が考えているのは表通りと裏通り、という感じがいいのではないかと思いますわ。主人はあまり、そういうの得意ではないでしょう」
もちろん、そういうの、とは裏通りの方を指すのだろう。
僕は頷いて答えた。
「まぁそうだけど、いいの?」
「私は全く問題ありませんわ。むしろ懐かしい気すらしますの……どうしてかしら?」
言いながらクライスレリアーナは首をかしげる。
それがもとの主人の記憶に基づくものなら確かに彼女にはその理由がよくわからないだろう。
どの程度、記憶が受け継がれているのか気になるが、詳しい理由が思い浮かばないあたり、過去の主の大まかな感覚のみが彼女の中にはあるのかもしれない。
とは言っても調べようがないので分からないが……。
まぁ、ともかく、それなら彼女の言った通りにした方がいいかもしれない。
僕は言う。
「じゃあ、そうしようか。僕は表通り、ってことでいいんだよね」
「ええ。では主人。また、あとで」
「うん。気を付けてね」
そうして僕たちは一時、別れて街の探索をすることになった。




