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第21話 tepido~気乗りしない~

 次の日、僕らは王都に向かうことになったわけだが、連れて行く従者を誰にするかで少しもめた。

 まずノクターンは見た目の恐ろしさから言わずもがな、却下となり、カノンについても同様の理由で却下となった。


 そして、ここからが悩ましいところだった。

 乙女にするかチネアルにするかクライスレリアーナにするかリートにするかが難しかったからだ。

 全員が全員、一応人間の形をしており、王都に行ってもいきなり攻撃されたりすることはない容姿をもっている。

 だからこそ、見た目だけで選ぶわけにも行かず、したがって内面で選ぶべきなのだが、四人ともそれなりに癖のある性格をしているために誰を王様の前に連れて行くのが一番いいのか悩ましいところだったのだ。


 ただ、ここで王女のアドバイスがあった。


 まずチネアルとリートだが、二人とも種族はエルフである。

 そのため、耳が特徴的でよく見ればすぐにそれと知れる。

 そしてピュイサンス王国は特段エルフと対立していると言うわけではないが、エルフという種族自体非常に珍しく目立つ種族だということだった。

 あまり悪目立ちすることは僕たちの本意ではなく、したがって、この二人は選択肢から消えることになった。


 残ったのは乙女とクライスレリアーナだが、国王の御前である。

 それなりに礼儀正しい態度をとれる者がいく必要があるだろう。

 乙女の精神年齢はまるきり見た目通りの幼児だし、そうなるとクライスレリアーナしかいない。

 問題はクライスレリアーナの種族が魔族であるということだが、この点について、この世界では人間とそっくりな容姿をした魔族を人間と見分ける術はないらしい。

 そうなると、彼女の見た目は全くの人間で多少浅黒く美人、というだけであると判断されることになるから適任ということになる。


 そういうわけで、結果として、王都への従者はクライスレリアーナに決まった。

 まぁ、こうなって見るとかなり適任なのかもしれないという気はする。

 言葉遣いに関しては問題がないし、おそらく国王の前でそれなりに機転の利いた発言が出来るのも彼女以外にはノクターンくらいしかいないだろう。

 貴族から皮肉が飛んできても、婉曲的な表現で返り討ちに出来る技能も彼女だけが持ちうるものである。


 ちなみに、王都に向かうに当たっては王女の乗ってきた馬車に同乗させてもらうことになった。

 初めは近衛騎士たちがのるそこそこの馬車に同乗させてもらおうとしていたのだが、王女が王族用の馬車にまだスペースが余ってるからと固辞する僕らを少々強引に王女の馬車に引っ張ったのだ。

 不可抗力とはいえ、法を犯している状態にある僕らが王都まで王族用の馬車に乗せてもらうのは少々不敬に過ぎるのではないかと言い募る僕らに、王女は笑って「あなた方は現在は何の罰も処せられておりませんし、どんな罪が成立するのかも裁定されていません。ですから、あなた方はいまはただのお客様ですわ」と言ってくれた。

 推定無罪の考え方に近い王女のこのセリフが、この世界において存在する常識に沿ったものなのか臨機応変に対応してくれた結果なのかはわからないが、少なくとも僕らにかなり配慮してくれたことは確かで、非常にありがたいことだと思った。


 王都への旅路の間は、王女やレド侯爵、フィシストからこの世界の常識をクライスレリアーナと共に学んだ。

 身分制度や魔物の存在についてはそれほど予想していたところと異なっている部分は少なかったが、問題は国家とその領土である。

 あまり詳しくはないものの、ピュイサンス王国とその周辺国家について描かれた地図を見せてもらったのだがこれが奇妙にいびつな形をしており、国境の形も歪んでいるのである。そして国名が書かれていない領域がかなり多くあって、ここはどういう場所かと聞くと"未開領域"であるとの答えが返ってきた。


 つまりこの世界では大陸のすべてが開拓されているわけではなく、踏み込めない領域が少なからずあるということである。

 そこにはいったい何があり、どうなっているのか全く分からない秘境であり、そのためにどこの国家にも属さない"未開領域"とされているのだという。


 では、なぜ踏み込めないのか。


 それは至極簡単なことだった。

 つまり、未開領域と呼ばれる地域は基本的に非常に強力な魔物が跋扈するところであり、しかも奥地に行けばいくほどその強力さ厄介さは増していくのだということである。

 レド侯爵をしてもその最深部に進むことはまず不可能と言うのだから、この世界の人間にはそこを踏破することはかなり難しいのだろう。

 しかし、僕らならおそらく踏破することが可能なのではないか。

 最深部どころか周辺部についてすら調査もされていないということだから、もしかしたら奥に行けば僕らですら敵わない魔物が生息しているのかもしれないが……。

 ともかく、一度は行ってみたい気はした。


 ついでだが、"魔王"と言われる存在がいるのもこういった"未開領域"なのだという。

 なぜそこに至れていないのに、そこにいるものについて知っているのかと言えば、それは歴史上何度か"魔王"を名乗る魔物がピュイサンス王国や他の国に攻めてきたことがあるからだという。

 そのときは死力を尽くして戦い、退けたのだということだが、それが出来なかった国は未開領域に沈んだらしい。

 つまり人の踏み込めない魔物の住処が拡張された。

 少なくとも人が対抗することができ、さらに追い返すことも可能な勢力なのだということがこの事実から理解できる。

 であれば、魔王という存在の実力のほども知れるだろう。

 僕らならばこれもおそらく対抗できるはずだ。


 王女たちの話によれば、モリト―村から王都までは、大体十日間の距離だという。

 意外と近く感じるが馬車に加速の魔法がかかっていて馬車自体結構速く進んだため、どれほどの距離か感覚的に理解できていない。

 実際は、モリト―村がかなりの辺境地域なのは地図を見れば分かる。

 それほど近い距離ではない、と考えるべきだろう。


 また、王都にたどり着くまで、僕は考えた。

 そもそも、国王に会って何を言うかということを。

 もちろん、あの土地に館を維持できる何かしらの権限をもぎ取ることが最も重要なことだが、それ以上に何を言うべきかを考えていた。

 つまり僕らがこの国、ピュイサンス王国に何を提供できるかについてである。


 いくら王女やレド侯爵が味方をしてくれそうだからと言って、実際僕らは不法滞在者なのである。

 あまり簡単に許されると想定するのは危険だろう。

 だから僕らはこの国に僕らの不法滞在を見逃し、そのうえで新たに土地を貸すなり譲渡するなりと言った権限を付与してくれるような何かを提供する必要が出てくる可能性が高い。


 そして、それはできるだけ戦力以外のものにしたい、と僕は考えていた。

 僕らの力を目にしたレド侯爵や王女は間違いなくそれを国王に報告するだろう。

 これは僕に対する好意とかいった話とは別次元の問題だ。

 彼らは国のためにそれを国王に告げる義務がある。

 そしてそうなると、僕らの戦力を国に組み込もうと考えるはずである。

 たとえ国王が言い出さなかったとしても、ピュイサンス王国は封建社会らしいから有力貴族なりなんなりが口を出してそのように進言するはずであり、そうなると僕らはそれを何の条件もなしに拒否するのは難しい。

 反対に排除に動く可能性もあるかもしれないが、そうなったときはもはや戦うしかないだろう。

 だから、出来る限りそうならないように行儀よくしていなければならない。

 ただ、レド公爵や王女がそれなりに話は通してくれるだろうから、その点についてはどうにかなるものと仮定して考える。


 そうすると、考えるべきは、ピュイサンス王国にどれだけの利を僕らがもたらすことが出来るのか、ということだ。

 そのために、僕らは何か提供しなければならない。

 一つでも有用であればいいだろうが、複数考えておくべきだろう。

 そして、今のところ、一つは思い浮かんでいるところだ。

 一つはもうすでに考えていることだが、工芸品を提供することだ。

 武具類は言わずもがな、家具や調度品、それに衣類に楽器も含めて、様々なものを作り提供できる技術が僕らにはある。

 ただ、これだけでは弱いかもしれない。

 これはあくまで物を売る、とか税を納める、というレベルでの話であると捉えられ、何か新しい権限を国から与えるほどではないと理解されてしまうかもしれない。


 しかしだからと言って、いったい何を……。


 と思考の海を行ったりきたりしているのである。


 結局、僕は王都に着くまで何も思いつけず、それからも悩み続けることになった。



 ◆◇◆◇◆


 王女は≪フォーンの音楽堂≫を見たとき、王城よりも遥かに大きいと感じたという。

 自らの住む城が意外と小さく、大したことのないものだったのではないか、と恥ずかしく思ったらしい。

 しかし、僕はここに来て、それほど恥じ入ることもなかったのではないかと思った。


 モリト―村から十日、たどり着いたピュイサンス王国王都クローノはそう言っても差し支えない程度に大きくまた活気のある美しい街だった。

 街を形作る材料は木ではなく石材だ。

 石畳が絶えずどこまでも敷いてあり、しかも欠けている部分が全く見当たらないほどに滑らかだ。

 建物は二階建てと三階建てものが多く、それほど高さのある町ではないがそれでも十分な都会である。

 そこかしこで売り子の声が響き、また値切りの声も聞こえ子供たちが走り回っている。


「いいところですね」


 僕が思わずとそういうと、エスメラルダ王女はうれしそうに笑った。


「ええ。(わたくし)もそう思います。民の活力のある街は美しいものです。願わくはこの輝きがいつまでも失われないことを……」


 そういって目をつぶるエスメラルダ王女は神聖で触れてはいけないガラスのような清冽な美しさがある。

 彼女はきっといい為政者になるだろう。

 魔物との戦いやノクターンとの出会いなどを経た彼女は精神的にもきっと強くなっただろう。

 問題はこのような街にもいつ魔物が攻めてくるかわからないということだが、それは言っても詮無いことかもしれない。


 馬車はゆっくりと王城まで歩を進める。

 馬車の周りからは「王女様!」と言った王都の住民たちのものと思しき声が聞こえ彼女が慕われていることがわかる。

 美しく優しい彼女の人柄は城下に伝わっているらしく、それが評判を呼びエスメラルダの宝石と湛えられているということだった。


「そういう話ってどこから広まるのですか?」


 聞くと、レド侯爵が顎を擦りながら答えた。


「奉公に上がる侍女の口から広まることが多いようです。殿下の侍女となればそれなりの教養を積んだ貴族の娘であるのですが、彼女たちも女と言いますか……噂話は好きなようで。勤めを終え、親元に手紙など(したた)めたりして伝えるのですな。そして今度はその親がパーティなどで広め……という風にどんどん広がっていったようです。王女殿下とて、まれに国民に顔を見せることもありますから。噂は事実だとまたさらに広まっていき……」


「すごいですね……」


 おどろいて言った僕に、王女は頬を赤らめる。


「恥ずかしいですわ……」


 それを見て、確かにこれだけ美人で可愛く性格も良ければ国民からも愛されるのも道理だろうな、と僕は思った。


 ◆◇◆◇◆


 王城の中は広く天井も高かった。高価そうな物品が嫌味なく配置され、よく行き届いていると感じる。

 あまり華美すぎる装飾もなく、王の人格をそれらから判断するなら謹厳実直、と言ったところだろうかと勝手に想像してみた。


 今、僕とクライスレリアーナはレド侯爵とエスメラルダ王女に連れられて王城の廊下を歩いている。

 国王との謁見だが、これはすぐにできるわけではなく、数日の間を要するのだという。

 例外的に重用されている貴族などは会いたいと思えばすぐに会えるらしいのだが、僕らの身分は今のところただの不審者である。

 そのような待遇など望むのは身に余る。


 では、どうして僕らが王城の廊下など歩いているかと言えば、王女が僕らのために客間を用意してくれたからだ。

 僕らとしては城下の宿でもとって過ごすつもりだったので意外な好待遇に恐縮しきりである。

 いわく、王女としては“オルゴールのお礼”のつもりらしい。

 聞けば音楽堂で魔物の一人から手製のオルゴールをもらったようだ。

 聞かせてもらうと、曲はバッハのメヌエットである。

 小さいころピアノで弾いた思い出が蘇る。

 可愛らしいメロディーは聞くとなんとなく心が安らぐもので、それが王女には好ましく思えたのかもしれない。


 廊下を歩いてしばらくしたとき、向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。

 おそらくはまだ十五には至ってないだろうと思われる少年と、二十代半ばくらいかと思しき執事らしき青年の二人組だ。

 少年が着ているのはどうにも豪華な服装だがその金色の髪と白い肌をした少年には似合っているといえる。

 傲岸不遜、と言っても良さそうな表情で一瞬、僕とクライスレリアーナを見た後、彼は王女に話しかける。

 青年の方は無言で控えている。


「王女殿下! モリト―村からお帰りになったと耳にしましたのでご尊顔を拝謁しようと参った次第です。どこかお怪我はありませんでしたか?」


 その顔つきたるや僕らに対するものとは正反対で、非常に心配そうなものだ。

 王女は彼の言葉を聞き頷くと返答する。


「ええ、大丈夫ですよ、アルボ。あなたこそ今お家が大変だと聞いているけれど、大丈夫のですか?」


 意外にも王女の声には親愛の情が満ちており、アルボという少年は笑顔で言った。


「問題ありませんよ。僕は立派にイヴェール家の当主を務めているつもりですから。そんなことより、その者たちはいったい……?」


 どうにも彼は僕らを不審者として扱いたくてたまらないようである。

 その視線には明らかな疑念の感情が籠められているように感じられる。

 いったい僕らが何をしたというのだろう。


 ……国土に対する不法侵入と違法建築か。


 と頭の中で自分に突っ込みを入れてみる。

 あまり面白くは無かった。


 王女はアルボに言う。


「彼らは私の恩人ですわ。明後日、お父様に謁見されることになっているの。だからそれまで王城に宿泊してもらおうと、いま客室に案内しているところよ」


「王城に……? そうですか。では、僕はもう参りますが、王女殿下、お体をお大事に……」


「ええ、あなたもね」


 そうして、アルボ少年は遠ざかっていく。

 きっちり最後に僕らを睨みつけるのを忘れずに。

 彼が去るのを見送ってから歩き出した王女は言った。


「申し訳ないことです。あの子も、悪い子ではないのですけど……」


「僕らのことがそんなに嫌いなんでしょうか? 彼は」


「わかりません……昔は他人にあんな態度をとるような子ではなかったのですが……」


 そういって、王女は眉を寄せた。

 まぁともかく、あの少年にはできるだけ関わらないようにしよう。

 僕はそう心に決めて王女の背中を追った。


 ◆◇◆◇◆


 エドワードたちが進んだ方向とは逆の方へと廊下を進む二人組がいる。

 先ほど王女と話しながらエドワードに強い目線を向けた少年と青年の二人組だ。

 青年は少年に言う。


「よろしかったのですか?」


「何がだ?」


 冷静な声音で言葉を紡いだ青年とは対照的に少年は機嫌が悪そうである。

 ただそこには先ほどまでの少し険のある感情は感じない。

 ただ、少し意地を張った子供のような、ありがちな感情のこもった声だった。


「王女殿下がお連れしたお客様にあのような態度は……」


「……わかっている。ただ僕は……殿下にあまり怪しい者に近づいてほしくないだけだ」


「殿下に人を見る目があることはご存知でしょうに……」


「全くだ。どうにも僕は殿下のことになると周りが見えなくなるらしい」


 ふんぞり返ってそう言うアルボの表情には、どちらかと言えば自慢げな感情が覗いている。

 自分のそう言った性質が嫌いではないらしい。

 しかし青年は苦言を述べた。


「分かっておられるなら抑えてください」


「心とはそれほどままならないものだ。特に、小さなころから姉弟のように育った方が相手ではな」


 一瞬だけ年相応の表情を浮かべたアルボを見て、青年は微笑む。

 結局アルボは意地を張っているだけ、素直に感情を表現できないだけなのだ。

 あの連れの方々にはそれによって多大なる迷惑をかけたが……。


「機会があれば、謝らなければなりませんよ」


 青年の言ったその言葉に一瞬虚を突かれたような顔をしたアルボである。

 しかし次の瞬間には素直に、


「……機会があれば、そうするさ」


 そう言って頷いたのだった。

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