第20話 innocente~飾りをつけないで~
会食が始まって直後、王女たちから僕の種族について、「あなたはやっぱり魔王ではないのか」と言った質問を何度もされた。
聞くところによるとこの世界には"魔王"と呼ぶべき存在が何体かおり、そのうちの一体の種族が不死者の王なのだと言われているらしい。
この世界の事情には僕としても非常に興味があり、で何人もそういう存在がいるという部分についてはいろいろ聞きたいところがあったが、それ以上に僕は自分のことについて弁解しなければならなくなったため、大したことは聞けなかった。
魔物であるという事実は確かによろしくはないだろうとは思っていたが、魔王として恐れられている、などと言われ、流石にそこまで自分の種族がまずいものと思ってはいなかった僕は何度も否定してなんとか彼女たちを納得させ、やっとのことで食事の席につかせたのだった。
「料理はお口に合いますか?」
目の前に並ぶ豪華な料理の数々を舌鼓を打ちながら食べているエスメラルダ王女たちに尋ねる。
料理はノクターンが言うには音楽堂の料理担当が作ったということで、そうであるならこれは料理スキルに基づいたものだということになる。
けれど僕はこの料理の数々をIMMで一度も見たことはなかった。
ただ、ある意味妙に見慣れたものではあったのだが、まぁそれはいい。
そのことから察するに、乙女のグラドゥス・アド・パルナッスム博士の演奏でもわかっていたことだが、この世界ではスキル外で出来ることが増えているらしい。
それも、スキルの熟練度が反映されるという形でだ。
それは僕らにしてみればおそらくは喜ぶべきことなのだがそれだけに違和感を感じる。
何故と言って、まるで僕らの存在をこの世界に適応させた何かがあるようではないか――
そんな気がしてくるからだ。
しかし、今はそんなことを考えても仕方がないのかもしれない。
本当に、何もわからない今は。
エスメラルダ王女はフォークとナイフを置いて僕に返答する。
「ええ、とても美味しいですわ。どれも食べたことのない料理です……なんという料理ですの?」
王女の翠緑色の瞳は好奇心に輝いており、本当に楽しんでもらえているようで安心する。
僕は横に控えているノクターンに目くばせした。
するとノクターンは部屋を出ていき、しばらくして一人の獣人を連れて戻ってくる。
恰好からしてどうみても料理人だ。
おそらくは彼に料理の説明をさせる気なのだろう。
料理人の彼は僭越ながらと前置きして一歩前に出て説明を始める。
「王女殿下のお召し上がりになっているそれは、豚の生姜焼き、というもので豚肉に塩と酒を振ったものに玉ねぎのスライスを加え、摩り下ろした生姜をまぶして鼈甲色になるまで炒めるシンプルな料理でございます」
そう、目の前に並ぶ料理、それはなぜか現実世界でよく食べていた庶民料理の数々である。
色合いは非常に鮮やかになるように絶妙に調整されているので貧相なものには見えないし、実際食べてみて美味しいのだが王族を迎えるのにこんなものでいいのかと疑問に思ってしまう。
その疑問が最初の一言に表れてしまったわけである。
ただ王女たちを見るに彼女たちはそれらの料理をそもそも知らないようで、新しい趣向として楽しんでもらえているようであり、何よりだった。
けれどノクターンが連れてきた料理人、彼に説明させたことだけは失敗だった、と僕は思う。
聞いたエスメラルダ王女も料理人の説明を聞きながら徐々に気まずそうな顔をして目を泳がせ始めた。
気持ちはよくわかる。
豚の生姜焼きの料理法について詳しく説明している彼。
彼は、豚の獣人だった。
◆◇◆◇◆
食事もあらかた食べ終え、豚のブラックジョークからも精神を復活させてから、エスメラルダ王女は申し訳なさそうに切り出した。
「あの……」
「なんでしょう?」
訪ねながらも、僕は大体王女の言おうとしている内容を想像できていた。
事実、その想像は当たり、彼女の言ったのは、王城への出頭要請だった。
ここに館を立てたことについてまず申し開きを王の面前でしてもらわなければならない、という話である。
彼女が申し訳なさそうなのは命を救ってもらった相手に対する引け目だろう。
ただ国を背負うものとして、たとえそれがどんな相手であっても言うべきことは言わなければならない。
彼女の判断は至極まっとうであり、さらに言うなら僕自身としてもとりあえずこの国の王に会う必要は感じていたから何の問題もない話だった。
「僕らに否やはありません。以前レド侯爵からも言われましたが、客観的に見て僕らは明らかにこの国の法を犯しています。そうであれば、出頭するのはやむを得ないことでしょう」
「しかし……実際はそうではないのでしょう? 突然この世界に出現しただけであって、法を犯してこの場所に建築したわけではない、そうですわね?」
「おっしゃる通りです……ですから、その点について説明申し上げに行く、ということです。何か問題がありますか?」
あまりにもあっけらかんと述べる僕の態度を不思議そうに見つめる王女。
その瞳には心配の色も見えたが、僕はそんな王女の何か聞きたげな態度に特に何も反応はしなかった。
それからなんだか妙な雰囲気になりかけたところに、レド侯爵が口を挟む。
「まぁ、とにもかくにもエドワード殿達には王都を見ていただきたいですな。なにせお会いしてからこっち、驚かされ通しなのです。エドワード殿達には王都を見て、反対に驚いていただかなければ……」
おどけたようなその言い方に、王女も少し笑った。
「ふふっ……そうですわね。遊びに来る、くらいの感覚で来ていただければ、いいのかもしれません……。」
空気が柔らかなものになったところで、フィシストがしかし……、と話を振る。
「エドワード殿はいいとして、他に誰がいらっしゃるのですか? こう申し上げては失礼かもしれませんが……ノクターン殿が王都に訪れるのは非常にまずいのではないかと思うのですが……」
その至極まっとうな疑問に、レド侯爵も王女もはっとする。
どうも二人ともすでにノクターンの醜悪な顔にも慣れてしまって、そのことについては無意識に思考の外側に置いてしまっていたようだった。
フィシストはいまだに慣れていないようでレド侯爵と王女の適応力に驚いているようだ。
「確かに……そうですわね。ノクターンさんを見たら誰だって驚いてしまいますわ」
「驚くだけならいいでしょうが……王都の者なら迎撃に動くのでは? 彼らには私が先手必勝を教えておりますからな……」
悩む二人に、僕は言う。
「見た目が人に近い者を選び連れて行くつもりですので、その点については心配されなくても結構かと思われます。肌の色で問題などはございますでしょうか……?」
僕の疑問に王女が答えた。
「肌の色ですか? 南方系の方は浅黒い方が多い、というくらいで……特に問題はありませんわ」
不思議そうに首をかしげる王女。
どうやらこの世界には肌に色に基づく差別は存在しないらしい。
おそらくは種族からして完全に別種の生命体がいくつかいるから、ということではないだろうか。
そうなってくれば肌の色などはそれほど問題にならないだろう。
人はより顕著な違いに目がいくものだから。
「では、女性の地位が極端に低い、ということもないですか?」
「ええ。我が国はそもそも王族が男系女系問わず、第一子が王位を継ぐことになっておりますので……そのせいか、性別の違いで差別されるということはありませんわ。もちろん、力の強い弱いを揶揄する輩というのはどこにでもいますけど」
「わかりました……ではそういったことを念頭に置いて従者を選びます……さて、今日のところはお疲れでしょう。部屋を用意いたしましたので、宿泊していってください。近衛騎士の皆さんの武具につきましては、明日出発のときにお渡ししますので……」
そう言って、今日のところはお開きとなった。
◆◇◆◇◆
エドワードとの食事の後、エスメラルダは客室に案内された。
案内された部屋は非常に広く、また見るからに高価そうな家具が小物が無造作に配置されていて、怖くなってくるほどだ。
それに、その中にはいくつか用途のわからないものもあり、客室に案内してくれた侍女風の女性に説明を受けている。
その中でも精緻な彫刻の施された柔らかい木目の小さな木箱のようなものを見つけたエスメラルダは、侍女に聞いた。
「これは小物入れかしら?」
その質問に、侍女は開けてみればお分かりになられるかと、と言った。
エスメラルダはそのもったいぶった言い方に首をかしげながらも、ゆっくりと木箱を開いた。
すると、
「……あら、かわいい……」
木箱を開くと同時に、中から不思議な音色が聞こえてくる。
非常に高く、キラキラと輝く星のような音色だ。
エドワードの演奏のような驚きはないが、なんだか不思議と心が静まっていくような落ち着く音だった。
しかし、その音色もしばらく聞いていると停止してしまう。
残念そうな表情を浮かべながらエスメラルダは言う。
「あら? 止まってしまったわ……これは何? もう動かないの?」
そんなエスメラルダの疑問に侍女は答える。
「それはオルゴール、という機械仕掛けの楽器の一つです。横につまみがありますでしょう? それを巻けば……」
言われて、エスメラルダはゼンマイを巻いた。
すると先ほどなっていた音と寸分たがわない音色が部屋に広がる。
「素敵……いつでも好きな時にこの音色が聴けるのね……」
「差し上げましょうか?」
「えっ?」
侍女の申し出にエスメラルダは驚く。
これほど美しい音色を自動的に奏でる楽器だ。
おそらくはいくら出しても買えない一品物、そういうものではないかと考えていたからだ。
しかし侍女は恥ずかしそうに意外なセリフを言った。
「実は……それは私が作ったものです。もし欲しいと思っていただけるのでしたら、差し上げますが」
「まぁ! あなたが! 素晴らしいわ……このおるごーる、というものの職人さんなのかしら?」
「オルゴールに限らず、楽器全般を……この館に住む者は、皆そうです」
「ではノクターンさんも?」
「あの方がオルゴールを作ったら、それは大作になるでしょうね。大きさもその木箱程度では収まらないでしょうが……きっと美しいものを作られると思います。もちろん、小さなものを作られても私のものとは比べ物にならない音色を奏でるでしょうが」
侍女はその音色を想ってか、幸せそうな表情を浮かべていた。
王女はそれを見て微笑ましい気持ちになる。
「では、遠慮なくいただくわ。本当にいいのかしら?」
「ええ。殿下にもらっていただけるのでしたら、うれしいです」
その日、王女はオルゴールの音色に身を任せながら眠った。
柔らかな音色を聴きながら落ちた眠り、それはこんな気持ちはいったい何年振りか、そう思えるほどに安らかなものだったという。




