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第14話 gewalttatigkeit~激しく~

「わぁ~。すごいねぇ、お姫様!」


 ゆっくりと走る馬車の中から外の景色を見ながら、舌足らずな声でそう言ったのは暗黒色のドレスを着た少女だ。

 エドワードから遣わされた案内役、のはずなのだがどう見てもただの子供にしか見えない反応や動きに、エスメラルダから自然と笑みがこぼれる。


「ええ、そうですわね。乙女さんはあまりこう言ったところに来たことはありませんの?」


 エスメラルダの質問に少女――乙女はうーん、と考え込んで答えた。


「前いたところはねぇ、街のなかだったの。わたしのあるじはあんまりお出かけしないひとだったから、森とか湖とか、ほとんどいかなかったの」


「エドワードさんは出不精なのですの?」


「ちがうよう。エドワードさまはいまのあるじ。外にお出かけしなかったのは、まえのあるじなの」


 エスメラルダはその言葉から、少女の境遇を想像した。

 おそらく以前、少女は奴隷か何かだったのだろうと。

 前の主、というのが亡くなるか何かして、エドワードに買われることになったのではないか。

 これほど幼いのにそう言った環境に置かれる者がいることを、エスメラルダは知っていた。

 しかし、実際のところ乙女の主であるテクラはIMMが終了したためにログインが不可能になっただけなのだが、エスメラルダには知る由もない。

 勘違いをそのままに、目の端に涙をにじませつつ彼女は言う。


「そうなのですか……。それはたいへんでしたわね……。エドワードさんは、いい主ですか?」


「うんっ! あるじ、やさしいし、すっごくつよいしねぇ! なんでもできるんだよ」


「そうですか……」


 そんな二人のやりとりを何か噛みあってないような……、という気分で見ているのはレド侯爵である。

 乙女の案内でモリトー村を出て三時間ほど経った。

 彼女が言うにはエドワードの屋敷はモリトー村から続く街道の途切れるところ、モリトー村の西方に広がる魔物の巣窟として知られるイミリダ大森林の奥にあるらしく、入口までは馬車で進んでいるのである。

 そこから先は徒歩で進むしかないため、エスメラルダ王女はもともと着ていたドレスではなく、動きやすい乗馬服姿だ。

 髪も結い上げ、ドレス姿とはまた違った気品が溢れている。


「レド侯爵! イミリダ大森林の入り口に到着しました!」


 ゆっくりと馬車が停止すると同時に、外からフィシストがそう呼びかける声が聞こえた。

 ここからは徒歩だ。

 レド侯爵はまず自分が降り、エスメラルダ王女の降車の手助けをした。

 乙女にも同じようにしようとしたが、彼女はそんなレド侯爵を放っておいて飛び降りてしまう。

 そしてにっこり笑って「ふふーん」と自慢げな顔をした。

 なんとも愛らしく、レド侯爵は孫を見ているような気持ちになり、心が温かくなる。

 それはエスメラルダ王女も同様のようで、ぶつぶつと「妹にほしいですわ……」などと呟いていた。


 イミリダ大森林は多くの魔物が住み、あまり人の入り込むことのない森である。

 ここに至るまでの街道に殆ど魔物が出現しないのは、イミリダ大森林に原因があるとされているが、辺境ゆえにあまり理由の解明には至っていない。

 また、森林と森林の外では大幅に魔物の出現率、強力さが異なるため、おいそれと立ち入ることができない、というのもある。

 レド侯爵はエスメラルダ王女の身の安全を第一に進まなければと気を引き締める。

 近衛騎士たちにもそれを心得るように告げ、自分が先頭になって森に入ろうとした。

 すると、不思議そうな目で自分を見つめている視線に気づく。

 見下ろすと、少女がレド侯爵の甲冑の端を引っ張っていた。


「……乙女殿。どうされた」


 むっつりとした顔で少女に尋ねると、彼女は事もなげに言う。


「あのね、あるじから伝言があるの」


「エドワード殿か?」


「うん」


「聞きましょう。なんですかな?」


「"この街道、屋敷まで延ばしてもいいですか?"って」


「む……」


 それを聞いて、レド侯爵は考える。

 確かに、エドワードからすれば、常に森を歩いていかなければならないというのは不便だろう。

 馬車も通らなければ物資を運ぶこともできない。

 それならば街道を引きたい、と考えるのはもっともなことだった。

 イミリダ大森林も含めて、レド侯爵の領地であるから、その許可を出すことも可能である。

 問題は街道を敷くための資金源だ。

 レド侯爵は領民からそれほど多くの租税を徴収しておらず、必要以上に貯えがあるわけではない。

 どうしようかと考え込むレド侯爵に少女が言った。


「あ、そうだ。お金のしんぱいはいりませんっていってたの。自分たちで敷きますからって」


「……そうなのですか? とは言いましても、森の中まで街道を敷くと魔物なども出ますのでな。その対策等も……」


「それもだいじょうぶなの。森の魔物は言い聞かせておくからって」


 レド侯爵は顔をひきつらせる。

 しかしよく考えてみればエドワードは飛竜ワイバーンを手懐ける人だ。

 森の魔物程度、簡単に言うことを聞かせられるのかもしれないと無理矢理自分の心を納得させる。


「……そうですか。でしたら、許可いたしましょう。工事はいつごろからする予定ですかな?」


 その点については聞いておくべきだった。

 いくら資金は出せないとは言っても、多少の人出くらいなら融通できる。

 その程度には便宜を図るべきだろうという至極当たり前の気遣いだった。

 しかし乙女は首を傾げて言う。


「……いまからだよ?」


「は?」


 呆けるレド侯爵を尻目に乙女はイミリダ大森林の入り口の前にいる近衛騎士たちに「危ないからさがってー」と一言言って、どこから取り出したのか巨大な斧を取り出しイミルダ森林の入口、街道の途切れている場所に立った。

 そして慣れた手つきで斧を構えると、それほど力を込めていないような様子で、軽く振った。

 レド侯爵も、また近衛騎士たちも、乙女の仕草からは大した力を感じなかった。

 にも拘らず、その後に起こったのは恐るべき現象だった。

 乙女が斧を振った直後、


 ――ドゴオオオオオオン!!!!!!


 と、辺りに巨大な音が響く。

 乙女を中心として強い風が支配し、レド侯爵たちにも嵐のように吹きつけた。

 同時に、もくもくと砂煙がのぼり、森の中にいたであろう動物たちの鳴き声が聞こえ、鳥たちが空へと逃げ去った。

 天変地異の前触れかと思うような衝撃。

 エスメラルダは驚きのあまり尻もちをついてしまいそうになり、レド侯爵は鍛え上げた体でもって必死に踏ん張りながら王女を支えた。


 しばらく時間が立つと、煙が晴れていく。

 レド侯爵は何があったのか見極めようと森の入口を見た。

 そして、そこにあった光景に、レド侯爵は絶句する。


「なんだこれは……」


 そこにあったはずの木々が、完全に消滅していた。

 地面が長く抉られて道のようになっている。


「わたしが街道つくるの。舗装はカノンがやるんだよ」


 振り返った乙女と、呟いた台詞に、レド侯爵は恐れを抱く。

 こんな存在が他にもまだいるのかと。

 そう思ったゆえのことだった。

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