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第11話 unschuldig~単純に~

 目の前の騎士二人――老騎士とその副官らしき男――は非常に怪訝そうな表情でこちらを見つめている。

 出来ることならもっと違う表情をしてほしいものだが、僕がいまこの場でやったことを考えればそれは難しい相談だろう。

 まず蘇生についてはIMMでは比較的ありふれた、コスト消費も少ないスキルだったのだが、ここが現実世界である以上、それは神の御技に近いものであってもおかしくない。

 ゲームにおいてプレイヤーが戦闘不能になった場合にそれを回復させる手段と言うのはRPGでは必要不可欠なものだが、それはあくまでゲームの世界だから実現できることなのだ。

 現実世界では当然、"必要不可欠だから"という理由で実現できることであるはずがない。

 この世界には先ほど見たアンデッド魔物モンスターのような魔術的存在や、老騎士が使った魔法など、地球には存在しなかった技術があることは確かだが、人の生命を操る術まであることは期待すべきでないだろう。

 それに、おそらく存在しないことは、目の前の二人の表情からも推して知るべし、というところではないだろうか。


 とは言っても、あの場面で蘇生を使わない、という選択肢は僕にはとれなかった。

 後のこと――たとえばこの世界に住む権力者に利用される可能性とか、異物として魔物同様に扱われて排除される可能性も予測はできたが、それでも、彼らを見捨てると言うことは僕には出来なかった。

 地球ではどこでだって教えている。

 『ひとの命は地球より重い』と。

 それは血塗られた長い人の歴史の中でやっと辿り着いた真理なのだと、僕は思っている。

 実現が難しい考え方でも、それが真実とは言い難い虚構なのだとしても、そう考え、それを信じることで人は人を大切にできる――そういう考え方なのだと僕は信じている。

 だから、後悔はしていない。

 あれは為すべきことで、僕はそれを自分の心に従って行ったに過ぎないのだから。


 魔物の討伐についても同様だ。

 騎士たちが非常に苦戦していたことから彼らにとってはおそらく強力な魔物だったのだろうということは分かる。

 死霊王バロウワイト死骸竜ドラゴンゾンビはIMMにも存在した魔物だったが、ノーマルモンスターとしてはそれなりに強力な部類に入るものだった。

 ただボスモンスターやネームドモンスターだった訳でもないので、ある程度のレベル帯に至った者にとってはただの雑魚に過ぎない。

 アンデッドであるため、蘇生で一撃死が可能である点からいい経験値稼ぎとして有名だったのを記憶している。

 だからこそ、今回もいつも通り、蘇生で殲滅したのであるが、少々やりすぎだったのだろう。

 老騎士と副官の男は冷静な目で僕のことを観察しているが、他の騎士たちを見るとどうにもその瞳に尊敬と畏怖の色が見える。

 このままだと事態は色々と間違った方向に進みかねない気がする。


 考えれば考えるほど、今すぐこの場からさるべきのように思われるが、そうもいかない。

 彼らは身なりからしてかなり身分の高い人々であると思われ、さらに彼らの後ろに控えている馬車の装飾もおそろしく豪華だ。

 ≪フォーンの音楽堂≫にある物品と比べれば実際、大したことはないのだが、もしこれが地球にあったら国宝級と言ってもよさそうな代物に見える。

 そして、そんな彼らが進んでいた方向には≪フォーンの音楽堂≫がある。

 僕らにとって、音楽堂は突然、この世界に移動したように感じているが、彼らにしてみれば、突然、巨大な建造物がこの世界に出現したように見えているはずだ。

 音楽堂があらわれてから数日経っているわけだから、ここに、この世界のどこかの国が視察に来てもおかしくないのである。

 つまり、彼らはそのために来たのではないか、という気がするのだ。

 そうだとすれば、ここで逃げ帰ってもそのうち彼らとは出くわすことになる。

 そんなことになるくらいなら、今この場で、出来る限り話をしておくべきだった。

 だから、僕は微妙な表情をしている二人に、再度口を開く。


「あの……ここは、どこですか?」


 僕の呟きともしれぬ自信なさげな台詞に二人は虚をつかれたような顔をして、顔を見合わせた。

 そして、老騎士の方がどういったものかと口をもごもごさせていたが、覚悟を決めたように背筋を伸ばして僕に言った。


「その前に……あなたは一体、何者なのですかな?」


 その質問に、僕は迷う。

 別に答えたくない、という訳ではなく、答えそのものが浮かばないのだ。IMMのプレイヤーです、と言ってもこれは通じるはずがない。

 旅の音楽家です、と言えばそれは嘘になるだろう。

 突然この世界に出現した異世界人です、というのはいかにも嘘くさい。

 どうしたものかと首を傾げていると、副官の男の方がおそるおそる、と言った感じで聞いてきた。


「答えられないところを見ると……もしや、あなたは闇の……住人なのですか? それならなぜ我々を助けたのです?」


 彼の顔を見れば、かなり青い。絶望を塗りたくったような表情だ。

 しかしそれにしても、闇の住人とはなんだろう。

 その口調や言葉のニュアンスから、おそらくは彼らのような人間と敵対するものを指すのだろう、とは思うが、僕はそんなものではない。

 確かに音楽堂の住人たちを見れば、僕や彼らは闇の住人という単語がまさに似つかわしい存在と言えるかもしれないが、少なくとも人類に危害を加えようとかそういう存在ではないのである。

 僕は即座に否定することにした。


「違います。僕は、ええと……この国にある職業かどうかは分かりかねますが、音楽家ミュージシャンです。魔物……この飛竜ワイバーンは確かに僕に従っていますが、僕は闇の住人と言う訳ではありませんよ。音楽が好きらしくて、付いてきてしまったんです。助けたのはたまたま通りがかったからですが……」


 嘘は言ってない。音楽で調教テイムしたのだから。

 僕の答えに、老騎士も副官の男もあからさまにほっとしているのが分かった。

 先ほどからの妙な緊張は、どうやら僕が魔物に類するものと疑っていたかららしい。

 その誤解が解けた以上は、まともに会話してくれるだろう。


「その答えに、安心しました。私もフィシスト……この男も、あなたが魔に属するモノ――闇の住人ではないかと恐れていましてな。助けていただいたのに、失礼な物言い、お許しください。私はピュイサンス王国近衛騎士団団長レド、そしてこやつは副団長フィシストです」


「あ、これはご丁寧に……僕は、音楽家ミュージシャンのエドワード。どこかの国に属している訳ではないのですが……生まれはブロードヒースです」


 丁寧な名乗りに、僕の方が恐縮してしまい、あわてて答えた。

 あまりきっちりした挨拶などこれまでしたことがなかったから、粗相がないか不安になる。

 ブロードヒースはIMMにおける僕の生まれの設定だ。

 実際は地球は東京都八王子市が出身地なのだが、まぁそれはいいだろう。

 どうせ体はIMMのものなのだから、設定は最後まで貫き通す。


「ブロードヒース……ですか。聞いたことのない場所ですな。海向こうの国なのですかな?」


「どうでしょう……僕にもよく分かってはいないのですが……」


「分からないとは……?」


 僕はもうこの時点で、僕がなぜここにいるか、この二人には正直に話そうと決めていた。

 あの魔物との戦いを見てれば、彼らが高潔な精神を持っていることは理解できたからだ。

 国の事情は彼らの人格とは異なるかもしれないが、近衛騎士として働いている人間が高潔なのであれば、その主にも似たような精神を期待しても構わないのではないだろうか。

 それに、馬車を見るに、貴族が所有する製品の品質があのレベルにあるならば、僕らは――≪楽団≫はまず間違いなく、この国の人間が喉から手が出るほど欲しくなるものを提供することが出来る。

 ここでパイプを作っておけば、のちのち交渉することもできるだろうという打算もあった。

 だから僕は言うことにした。


「ええ。お二人はご存知でしょうか」


「何をですかな?」


 老騎士が目をきらりと光らせて尋ね返した。


「この道の先……そこに、最近、突然屋敷が現れた、ということを」


 言いながら、きっとすでに掴んでいるだろうという確信があった。

 飛竜ワイバーンで飛び回って分かっていることだが、この周りには殆どなにもないのである。

 道がある以上は、宿場町程度なら存在するだろうが、それほど重要な施設がこの周辺には存在しないことは容易に想像ができた。

 にもかかわらず彼らがここに来た理由。

 それはやはり≪フォーンの音楽堂≫が見つかったからだということにならないだろうか。

 かなり穴だらけの推理だが、勘というのはこういうときに妙に冴えわたるものだ。

 老騎士に、ご存知でしょうか、と聞いた時の目の光、そして目線が一瞬向いた方向を見れば、その推理がほとんど正解なのだと僕には分かった。

 老騎士は数秒黙考して、答える。


「……それは、まだ一般には流布していない情報なのですがな。なぜ、あなたは知っておられるのですかな?」


「それは、僕が……」


「あなたが?」


「僕があの館の主だからです」


「……なんと!それは誠ですか!?」


 フィシストが目を見開いて叫んだ。

 今にも僕の胸倉を掴みかかりそうな勢いだったが、老騎士が腕で止める。


「フィシスト、これ。落ち着け。……しかし、本当なのですかな?」


「ええ」


「命の恩人にこんなことを言うのは気が引けるのですが……我が国の国土に勝手に建造物を作ることは、違法ですぞ」


「そうでしょうね」


「……分かっていて、建てたと?」


 瞬間、老騎士の目が鋭く僕を射抜いた。

 長年騎士として務めているのだろう男の目は刺すように尖っている。

 平凡に生きてきた僕にはきついものがあったが、ここで目をそらす訳にはいかない。

 僕はまっすぐ彼の目を見つめて言う。


「違います」


「……? 何が、違うのです?」


 老騎士の視線は未だに厳しいが、若干緩む。話を聞いてくれる気にはなったようだ。


「建てた訳ではなく、突然、あの場所に来てしまった、と言ったら信じますか?」


「……信じます」


「そうですよね、信じませんよね……って、え」


 正直信じてくれないだろうな、と思って言っていたので、予想外の老騎士の台詞に驚いてしまった。

 僕が驚くのを見て、老騎士は笑う。

 どうやらかなり茶目っ気のある人らしく、髭を伸ばしながら答える。


「信じる、と申しております。国土、と申しましたが、この辺りは私の領地でしてな。田舎とは言えそれなりに目は行き届いている自信があります。にもかかわらず、ある日突然、モリトー村の――この先にしばらく進んだところにある宿場町の近くに館が出現したという話が伝わりましてな。そんなことは、どう考えても、ありえないことです。その館の規模や、建っている場所……街道を使わずに、また人足も雇わずにそのようなものを建てることはたとえどのような権力を持っていたとしても不可能だと言うことは、私にはよく分かっております。ですから、最も説得力のある答えは、いまエドワード殿が言われたこと、突然現れた、ということなのです。それ以外に説明などつかない。私はそう思っておりました。ですから信じると申しております」


「でも……嘘くさいとは思わないのですか?」


「思います。思いますが……蘇生やSS級ダブルエスランク魔物モンスター二体の単独討伐というのも嘘くさいことですしな……いまさら何があっても驚くようなことではないような気がしているのです。それに……」


「それに?」


「私は立場上、これまでに様々な人間と相対してきました。その中には非常にうまく嘘をつく人間もおりましたが……エドワード殿にはそのような人間特有の空気を感じませぬのでな。少なくとも嘘はついていない、と感じております」

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