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明日があることは決して証明できない

作者: KAZUKI.K

明日があることは決して証明できない。誰かがそう言ったが、じゃあ明日がないことを証明できるだろうか。

無知な人間が言っても仕方のないこと。

ベッドから目が覚めた瞬間から彼の今日始まる。それは証明の仕様がない紛れもない事実だ。

階段を下りると、リビングがあって、机があって、朝食が置いてあって、父親が本を読んでいる。

テレビをつけると先日から京都大学のある教授が失踪している事件が報道されている。教授が1週間たっても大学に姿を現さないので、学院生が自宅まで行ってみると、そこには何もなかった。一家全員居なくなってしまったのだ。大学側はすぐさま警察に連絡したが依然として足跡ひとつ見つからない。


「物騒な事件ね」

「ああ、京都大学なんて言ったら国立だし夜逃げってことはないだろ。そういえば・・・」

「なあに?」

「その教授って何かを今日発表しようとしてたんだろ・・・なんだっけ?」


何を発表しようとしていたのかはちょっと気になったが、早く学校に行かなきゃいけないし、どうせ帰ってくるころには興味はなくなっているだろう。今興味を持ったことは今調べないと大体はそのまま忘れ去ってしまう。彼の悪いところだ。


「ねえ本当に知らないの?」

「分かんねえな。ほらこの前テレビにも出てたし、あれだよあれ」


そこまで出てきて何で思い出せないのか。


「もういいよ。そろそろ学校に行かないといけないし」


コーヒーを一杯飲み干すと彼は家を後にした。

家を出て行こうとした瞬間、ニュース速報らしき音楽が聞こえてきたが聞き流した。


「思い出したぞ。核兵器の……」


何か父親が言っていたが聞こえなかった。

学校に行くといっても特に楽しみはない、今までだって実益のあることなど何一つしていない。恋人を作ったり、学問に精進したり、スポーツをやって肉体を鍛錬させたりなど、一応一通りやってみたもののどれも中途半端に終わってしまっている。

空でさえ今日も中途半端な色をしている。何故にそんな色をしているのか、彼は空に問いただしてみたかった。だが問いただしてみたところで空から答えが返ってくるはずもない、返ってきたらそれはそれで怖い。

彼はポケットから取り出した今はあまり見ないインスタントカメラで青空の写真を一枚撮った。





  ○





「おはよう」

「おはよう、ねえ知ってる?今日から新しい担任の先生が来るんだって」


クラスメイトから開口一番に聞かされたその一言は、一概に驚かなった。

なぜなら昨日のホームルーム終了時、担任の女教師は急に泣き出したからである。ひざから崩れて泣いていると、急に扉が開き校長先生が現れて担任の肩をたたいた。そしてどこかに連れて行かれてしあった。その普通ではない行為に誰もが不思議を感じた。それで今日、別の担任が来る。合点が一致する。

チャイムと同時に教室の扉が開き現れたのは、スラット足の長い女のヒトであった。そのヒトは、教団の前に立つとにっこりと笑顔を浮かべる。


「みなさん、おはようございます」


女のヒトは大きな段ボールをもって、この学校の制服に似ている真っ黒なスーツを着ている。彼女は出席簿も開かないで、僕たちの名前を呼んでいった。クラスの中に難しい名前の人もいる。


「なんで僕たちの名前を知っているんですか?」


彼はつい手を挙げて聞いてしまった。

どうやらその女のヒトは、ここに来る前に僕たちの名前と顔を徹底的に覚えてきたみたいだ。趣味や、学校でどんな人と仲がいいか、しかも住所まで頭に入れているらしい。


「すげえ」

「お前の頭じゃ覚えられないだろ」

「あったりまえじゃん」


その荒業にクラス内のざわめきは大きくなる。因みにだが、前の担任は名前はおろか苗字すらたまに間違える。

そうだ。

実は僕、この教室に入ってからなにか違和感に襲われていたんだが、その違和感が今分かった。黒板の上にある大きな掛け軸の教訓がとりはがされていた。


『すべてはある一人のために』


そういえばこの頃、街中で平和について街頭演説している人が減った気がする。このままでは日本は危ないとか、今こそ政府を倒す時だとかどこぞの宗教団体しか聞き入れないことを街中で大声で言っている人。


「どうしたの?」


猫なで声で話しかけてくる教師。


「いや、どうしてあの掛け軸を変えたのかな」

「あれ?君はあの掛け軸に意味があると思ってたの?」

「えっ?」

「先生は意味のないことはあまり好きじゃないの。君もそうでしょ?」

「そうですが」

「でしょ。意味のないものだったら、ないほうがいいじゃない。だから外したの」


確かに理にかなっている。


「じゃああの掛け軸に書いてある『すべてはある一人のために』っていうのは」

「そうね……」


意見を言った彼の肩を力強く握る。そしてまた柔らかな笑顔を浮かべる。


「私たちは誰かに守られて生きてるの。お父さんお母さん先生。そして……」

「そして?」

「だから今度は私たちがその人を守ってあげるのよ」

「その人って?」

「大事な人よ。あなたもいずれわかるわ。その人はどんな人よりも尊ばないといけないの。あなたの『両親』よりもね」


目を大きく見開いて彼のほうを見るその教師。


「さ、今日はみんなに渡したいものがあるの」


今度は段ボールから制服を取り出した。柄は同じだが黒みがかかって、襟元に見たことのないマークが刺繍されていた。明日からは今の制服に変わってこの制服を着用するらしい。

すると。


「ふざけんじゃねえ」


隣の席の男子が急に席を立って怒鳴った。女教師の胸ぐらをつかんでなおも興奮している様子。冷静さを取り戻しつつも、怒りは収まらない。


「俺の親父たちはお前らに連れていかれたんだよ」


教室内に異様な雰囲気が流れる。


「あらそれはどういうこと?」

「しらばっくれるなよ。お前らもあいつらの仲間なんだろ」

「あなたもあの人たちと同じなのね」

「そうだよ。でも俺は騙されないぞ」

「騙すなんてとんでもないわ。それにあなたのご両親ももうじき帰ってくるわ。正しいになっているわよ」

「正しい人だ?ふざけんな。お前らもよく聞け、こいつらな……!」


彼は僕たちのほうを向いてこう叫んだ。いや叫ぼうとした。

何かを叫ぼうとした瞬間、彼は急に倒れこんでしまったんだ。女教師は彼が急に興奮したので貧血を起こして倒れてしまったのだとみんなに説明するが彼は妙に納得はできなかった。でもみんなは納得していたので無理やり納得させる。彼はそのままどこかに連れて行かれてしまった。

騒ぎが収まると今度は別の段ボール箱から教科書一式とをり出した。

明日からはこの教科書を使用するらしい。今までの教科書は破棄してかまわないと。

僕がその教科書の一つである歴史の分野を開くと、そこには今までの字ばかりの教科書より格段にわかりやすい内容がだった。だが、ところどころに今の総理大臣についての批判と、別の人物に対しての肯定文が記されていた。その人物をこの教科書は正しき者と呼んでいた。


「正しき者ってなんですか?」


僕はまたも気になって質問してしまった。


「いい質問だわ。正しき者の意味を知る前に、あなたたちは神様はいると思う?」


神様っていう存在に関してはよく分からないけど、僕はどちらかといえば信じるほうだ。クラス内の意見もちょうど半分ぐらいに分かれた。


「神様はね信じている人には悪いけど存在しないわ。でもねこの教科書に書いてある正しき者は存在するわ」


正しき者。みんなを正しい場所に導いてくれる存在。この教科書に載っている人物はまさにそうなのだと女教師は言う。今の政府は国民の意見を聞かないで自分たちだけが正しいと思っている。でも正しき者はみんなの意見を聞き、本来あるべき姿に戻してくれる。


「正しき者はみんなのリーダーなの。だからね、困ったことがあれば何でも正しき者に聞きなさい」


でもいきなり正しき者なんて言われてもそう簡単にわかる話ではない。普通の頭じゃ何のことかさっぱりわからない。


「じゃあこうしましょう。私が正しき者に頼んで、テストを廃止してもらいましょう」


テストを廃止?


「それは本当ですか!?」


クラス全員が驚きの声を上げる。テストなんて言ったら彼ら学生にとって最も憎むべき存在であり、同時に最も避けられない存在である。もしも、テストがなければその期間分、どれだけ有意義な時間を過ごすことができるだろか。


「ええ。だってテストって要は先生方が無能だからやるものなのよ」

「どういうことですか?」

「今まで私はテストの意味について考えてみたの。テストっていうのは先生方が知識・理解を深めるためのあるのよ。もしテストがなければ成績をつける要素が減り、公正な成績が付けられなくなるわ。でもそれって、先生方があなたたちのことをよく見ていないからだと思うの。先生方があなたたちをよく見ていればそれだけで公正な評価はできる。指導者は先生を新しく教育するといっていたわ」

「正しき者っていうのは先生の先生なの?」

「違うわ。正しき者はみんなの先生なのよ。それでね、正しき者はみんなを公平に評価できるような教育をしてくれるわ。だから、テストなんて必要なくなるの」


みんなの声から正しき者の歓喜の声が上がった。


「じゃああいつの両親っていうのもその正しき者の学校に行ってるの?」

「そうよ、だからすぐに帰ってくるわ」


一通りの話が終わると授業が始まった。その日の授業は楽しかった。前の担任よりわかりやすい授業、分からないところがあればその顔ですぐに察してくれて教えてくれる気配りさ。こんな学校にいるなんて惜しい存在だ。


「新しい先生良いよな。前の、名前なんだっけ、忘れちまったな」

「俺も忘れた。けどあいつより全然いいよな」

「そうよね。みんなあの先生みたいになってくれればいいのに」

「でもさ、その正しき者ってやつがみんな教育してくれるんだろ」

「そうか。なんか学校が楽しくなってきたね」

「じゃあお前もう寝るなよ」

「私は寝ないわよ。あんたでしょ」


そんな会話を僕は聞きながら思った。

正しき者って誰なんだ?

それと先生に掴みかかった男子が戻ってくることはなかった。

僕は教室の写真を一枚撮った。




  ○




この日は担任が変わったこと、クラスメイトが教師に掴みかかって連れていかれること、この国に正しき者という新たな存在が生まれたこと。それ以外は何も変なことは起きない平和な一日だった。

だがなんなのだろうか、この得体のしれない恐怖は。

帰り道を歩いていると、近所で何か事件があったのかパトカーが集まって、人だかりも多くできていた。こんな閑静な街中でも事件が起きる・彼は近くにいた中年の女性に何があったのか聞いてみた。こういう人は事のありさまをぺらぺら話してくれる。


「ここの人たちがいなくなっちまったんだよ」


また失踪か。

今日は失踪の話題ばかりだ。この頃は失踪ブームなのだろうか。


「どうやら、中はもぬけの殻みたいなのよ。いったい何があったのかしらね」


ふと、僕は塀のわきに何かが書いてあるのを見つけた。しゃがみこんでみてみるとそこには『正しき者』と書かれてあった。何のことかわからない、だがわかってもいけない。僕はそう感じた。すると、後ろに細身の警察官が真顔で立っていた。


「何をやっているのかな?」

「いえ、別に」


警察官は笑顔のままその『正しき者』と書かれた文字を消した。もしかしたらこの事件に深く関係するものかもしれないのに。


「ダメだよ。落書きなんかしちゃ」

「いや、これは僕じゃ」

「ダメだよ」

「ですから」

「ダメだよ」

「はぁ」


この警察官はそれの一点張りであった。仕方なく、その場を離れることにした。警察は家の中をちょっと一回りしただけですぐにパトカーで帰って行った。




 ○




彼が過ぎ去りゆくパトカーをじっと見ていると携帯電話が鳴った。画面を見るとどうやら非通知のよう。


「もしもし」

「お前正しき者って信じるか」


唐突に妙なことを言い出してきた。電話は男の声だった。。


「どちら様」

「俺の質問に答えろ。正しき者を信じるかって聞いてんだよ」

「信じるも何も僕は」

「信じていないんだな」


確かに、どちらかといえば信じていない。


「俺たちのところに来い。このままではとんでもないことになる」

「そんなの急に言われても」

「じゃあお前は一体何を悟っているんだ」


人生で初めて言われたその言葉。僕は何も答えなかった。


「郵便受けに場所が書いてある手紙を入れておいた」


それだけ言うと電話の主は一方的に切れてしまった。結局誰だったのだろう。声だけではさすがに誰かは分からない。今日は変なことなんて起きない日だと思ったが意外と違ったようだ。でも周りを見ればいつも通りの街並みが見て取れる。

ベビーカーを弾いている母親の顔は見るからに幸せそうだ、あのランドセルを背負った少年の表情は今の生活に満足も不満もない顔で無意義な生活を楽しんでいる。みんなそうだ。今の生活が壊れないと確信しているからそんな顔をできるんだ。そりゃそうだよな、例の教授やあの一家のように急に失踪しなければならない理由なんて普通ない。

彼は外に出て郵便受けを開け、手紙を確認してみた。


「今日の夜9時に晴海埠頭の第3コンテナ前か」


行く気にはなれなかった。行ったところでどうする。何をするかなんて予想はできないが、関わってもろくなことにならないことぐらいは分かっている。

家に帰って手紙を捨てようとしたとき、背筋がゾクッと凍るような気がした。

恐る恐る後ろを向いてみるとそこには、あの女教師が立っていた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは。どうしたんですかこんなところで」

「今日は初めてみんなと会ったでしょ。だから一人一人の家を確認しておこうと思って」

「それはどうも」

「ところで」


風が強く吹き手に持った手紙が吹き飛ばされそうになる。それと同時に女教師の口元が緩んだ気がした。そして、ゆっくりとその細い指を使って僕の手から手紙を奪う。


「これはどうしたの?」

「いえ、その」

「これ、先生にくれるかしら?」

「それは」

「くれるわね」


女教師の威圧感に言葉を失った僕はそのまま頷くことしかできなかった。


「ありがとう、じゃあまた明日ね」

「それどうするんですか」

「これはね。教材に使うのよ。悪い生徒を正しく導くための教材に使うのよ」


それ以上は僕が何を聞いてもあのヒトは唇に指を当てて答えなかった。風が強く吹く中、僕はぽつんと立ちすくんでいた。すでにあたりは藍色の夕闇の没している。

僕は夕日の写真を一枚撮った。




 ○




翌日の新聞にはこう書かれてあった。晴海埠頭で謎の火災発生。コンテナの焼け跡から10人の遺体を発見。だけど、その火災について詳しいことはよく分からなかった。中からはライターやマッチの使った跡が残されていたので、何らかの拍子に火の手が回ってしまったという結果に基づいた。公式の見解とは別に、僕自身もこの件に関しては警察にも口出ししないことに決めた。どうせ無駄だろうから。




 ○




学校内はもうすでに正しき者についての話ばかり出ていた。何もかもが謎に包まれた正しき者にみんなが尊敬している。


「みなさんおはようございます」


反射的に顔を隠してしまった。でも確実の彼のほうを見て笑った。その笑みの向こう側には何かとてつもない黒の闇が覆い隠されているような気がする。

もうじき3泊4日のクラス旅行がこのクラスである。内容は至って平凡な実習のようであるが、その最終日にあの正しき者と会うことができるという日程が記されてあった。


「これって」

「そうよ。この旅行はみんなが会いたがっている正しき者のお話が聞けるのよ」

「いったいその正しき者はどんなお話を」

「いい質問ね。そう、正しき者はこれからたくさんの年月をかけて日本を世界にするのよ」

「日本を世界?」

「正しき者のもとに日本を拡大して、世界にするの。まあ、そのためには何年もの歳月が必要なんだけど。みんなはどうする」


クラスメイトはもちろん協力するといわんばかりに、歓声の声が上がった。こいつらはその正しき者の目的のために何年もの日々を削ろうというのだ。

その声を聞いた彼は何かが吹っ切れる音がした。


「くだらないね」

「うん?」

「正しき者正しき者正しき者、僕にはその正しき者の主張したいことが何もわからない。暇人の遊びに過ぎない」

「暇人ってそれはどういうことかしら?」


僕は数枚の写真を女に見せた。


「僕のとった青空の写真」

「ええきれいな青空ね。それがどうかしたの?」

「こんな下らない茶番劇をやってる中でも終わりっていうのは刻々と近付いてきているんですよ」

「何を言ってるの?終わりなどしないわ始まるのよ。正しき者によってね」

「では正しき者というのは分かっているんですか?今から1分後の未来を」

「1分後?」

「1分後。1分後に何が起こっているかなんて誰が想像できます?あなた方の言う正しき者は未来を見据えているかのような力を持っているのかもしれませんが、1分後の未来でさえ見ることができない史上最大の愚か者ですよ。」


そういった彼は青空を見た。どこまでも広がる青空。


「どうして人間は同じことを繰り返すんですか!」

「あなた……何を言って……」


その時、東京の上空をよぎった円筒状の物体、核ミサイルだった。

最期の瞬間、青空にはなぜか虹が出ていた。

それはすべてが正しいと思い込んでいる腐りきった人間への神様の最後のご褒美だったのかもしれない。


なぜ僕は知っていたのか……それは分からない。

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