新観祭・1
冬華たちから解放された後、翔は疲れた様子で教室へ向かった。
「……おはよう」
「あ、おはよー……て、どうしたの?」
「なにか、あったんですか?」
自分の席に着くと、響子と日向が歩み寄ってきた。二人とも不思議そうな表情をしている。
「いや、朝から生徒会室に連れて行かれた」
「連れて行かれたって、何か悪いことでもしたの?」
案の定、響子が聞いてきた。翔はだらしなく答える。
「ちがうよ、そこで風紀委員会にスカウトされて、仕方なくやる羽目になった」
「うあ、お……おつかれさまです」
「断れなかったんですか?」
「残念ながら」
首を横に振って答える。そこでふと視線を感じたので顔を上げてみると、前の席の男子生徒が興味深そうにこちらを見ていた。
「……別に気にはしないが、盗み聞きみたいで格好悪いぞ」
「いやスマン、なんか面白そうな話だったんでな。それにしても風紀委員にスカウトされるなんて、ある意味才能だぜ? おっと、一応自己紹介してこうか。井之原徹也だ、テツでいいぜ」
一方的な自己紹介だったが、礼儀として翔も挨拶をする。
「ふぅ、大空翔。俺のことも翔でいい」
「水野響子。名前で呼んでいいわ」
「舞園日向です。わたしのことも、名前で呼んでもらっても構いません」
二人も翔に続く様に名乗る。
「翔に響子に日向な。OK、つーわけでこれからもよろしくな」
なんか話の進みが早いなと思いつつ、テツを含めて風紀委員について会話を再開する。
「で、今日から一応は委員会の仕事も入ってくるだろうから、少し帰りが遅くなるかもしれない。もしそうだった場合は、連絡入れるから」
「でもよ、具体的にどんな仕事をするんだ?」
椅子の背もたれに腕を組みながらテツが聞いてきた。
「聞いたところでは校内の巡回や違反者の取り締まり、だったかな」
「ふーん。あ、でも新観祭のときはどうすんだ? 翔も一年だから、歓迎される側なのか?」
「どうだろうな。直感からすると、委員会のほうから招集がくるかも」
いつの時代になっても、ほとんどの学校は新入生のためのイベントを催している。それはここ、魔科学校も同じだ。しかし一般の学校と違うところもある。魔科学校は新観祭(新入生歓迎祭)と部活動勧誘会を同じ日に執り行うのだ。それは一種の大規模な祭りのようなものなので、例年を通して違反者が出ることがある。
それを防ぐためにこの合同イベントが行われる三日間は、風紀委員や生徒会がフル稼働するのだ、と退室際に麻理が言ってたことを思い出す。
「ハードな仕事になりそうだね……とりあえず、ガンバ」
響子が引き攣った笑みで応援する。日向も似たような表情で小首を傾げる。
「とりあえず、疲労で倒れないことを祈っていてくれ」
微妙な表情を浮かべている友人たちに向かって、翔はそんなことを言った。
午前の授業がすべて終わり、昼休みになった。疲れを解消するために大きく伸びをしていると、テツが声を掛けてきた。
「翔、昼メシどこで食う?」
「うーん…どうしようかなぁ」
この魔科学校において、教室の机で昼を摂るということは皆無だった。その理由は、各机に個別の情報端末があるからだ。精密な機械である端末のあるところで、うっかり汁物を零してしまうと、場合によっては多額の弁償代が発生してしまう。そのため昼食を食べる場所は、大食堂かフリーの飲食スペース、屋上か中庭の四つに絞られる。
二人で昼食場所を考えていると、響子と日向がこちらへ寄ってきた。
「ねぇ二人とも、今日のお昼ドコで食べるか決めた?」
「ちょうどいいタイミングだ。俺たちもいま考えてるところ」
途端に響子の表情が明るくなる。
「じゃあさ、一緒に大食堂に行かない?」
「別にいいけど、なんでそんなに喜んでるんだ?」
テツも不思議そうな顔をする。それに答えたのは日向だった。
「わたしたちだけだと、場所取りが難しいので」
「ああ、なるほど。そういうことならイイよ。テツもいいか?
「もちろん」
行き先が決まったところで、翔は席を立ち、三人と一緒に大食堂へ向かった。