翔のMTD
新観祭の話にまた入る前に、これだけは出しておきます。
「た、ただいま」
夕方になり、翔はようやく自宅に着いた。中に入りリビングに向かうと、うつ伏せのままその場に倒れこんだ。
「うあ、兄ちゃんどーしたんだよ?」
ソファーでくつろいでいた舞が聞いてくる。
「今日、学校でいろいろあって疲れたんだ。舞、すまないが寝かせてくれ」
「なんだか分かんないけど、とりあえずわかったよ。愛ちゃーん、なんか飲み物持ってきてー」
「はぁい」
もう一人の妹にさらりと頼んでから、舞は倒れこんだ翔の身体を抱え上げ、ソファーに寝かせてくれた。それから程なくして、二人目の妹である愛が、ジュースの入ったコップを持って現れた。
「はいはい舞ちゃん、お待ち同様…て、えぇ!? どうしたのお兄ちゃん!?」
「なんか疲れ過ぎみたいで倒れたんだよ。ほら兄ちゃん、飲め」
愛からコップを受け取り、舞が翔に飲ませた。
そして一口飲み下した翔は、いきなり顔を青ざめさせる。ガバリとソファーから起き、口を押えながら小さい方の妹を見る。
「……なあ、愛。ナニ注いできた?」
「え? なにって、冷蔵庫にあった大きなボトルに入っていたヤツだけど?」
「これは酢だ!」
「でも一応飲む人もいるって聞いたよ」
「できれば水で薄めてくれれば、飲みやすいと思うが…まあいいや」
小さい方の妹である愛の天然性は知っていたので、あまりツッコまないでおく。ちなみに余談ではあるが、この姉妹も自分と共に鑢の道場で修業をしている門下生である。
「今帰ったぞー」
父親みたいな報告が、リビングに聞こえてきた。声の主が、まっすぐリビングに入ってくる。
「やあハーネスト。バイト、お疲れ様」
「ん? 翔か、今日はいつにもまして疲れてるな」
入ってきたのは、唯一の同居人であるハーネストだった。彼はここ最近、駅前のコンビニでアルバイトを始めていた。そのため遅い日が多いので、こうして直接会う方が、たまにしかない。
「どうしたよ、覇気のない表情して」
「あんまり同じことを説明するのは好きじゃないんだ。できれば察してくれ」
「ふーん……あ、そういや明日はお前の学校、なんかイベントがあるんだっけか?」
何日か前、たまたま家に居たときに話題を出したのを覚えていたのだろう、ハーネストが軽い口調で言った。
「覚えてたのか。まぁ、そうだよ。でも一般の人が来ることはできないからな。絶対来るなよ」
「安心しろ、明日もバイトだ。売れ残り貰えたら譲ってやる。もちろん、ダブル妹たちにも分けてやるよ」
その言葉を聞いた舞と愛は、爛々と目を輝かせながらハーネストに詰め寄った。
「ホント!? ありがとうー! マクさん最高!」
「どこかの誰かさんにも見習ってもらいたいよー、マクさんの優しさを」
愛が言ったことは聞かなかったことにしよう、と翔は一人で納得した。ちなみに二人が言っているマクさんというのは、誰であろう、ハーネストのことだ。
そこでふと、翔は思いついた。
「そうだハーネスト、後で俺の部屋に来てくれないか。見てほしいのがあるんだ」
「ん、おう。別にいいぜ」
「助かるよ。じゃあ俺は先に部屋に行ってるから」
「わかった」
ハーネストに要件を伝えた翔は、鞄を取りに玄関に寄ってから、自分の部屋へ向かっていった。
ドアノブを捻り、翔は自分の部屋に入った。彼の部屋は、高校生の部屋といことを錯覚させるような空間だった。魔法分野と科学分野の本が収められている本棚、机の上に置かれた最新型の大型端末、その端末の端にはケーブルが刺さっており、繋がれた先には円盤型の装置がある。そしてたくさんのファイルが入っている棚も部屋の隅に置かれており、それらはまるで、研究室のような雰囲気を醸し出していた。
「入るぞー」
数回のノック音と共に、ハーネストの声が聞こえた。返事をするとドアが開き、ハーネストが入ってくる。
「ほぉ、すごいな…一体何をしてるんだ?」
部屋の中を見渡しながら呟いている彼に、翔は軽い口調で答えた。
「まぁ色々とな。とりあえず明日までに"コレ"を完成させようと思ってな。見てくれ」
そう言うと、翔は円盤型の装置―実際は測定器の役割を果たすもの―に乗せられていた物を、ハーネストに見せた。それは一見すると黒革の手袋だが、二の腕までを覆うソレは手甲のようにも見える物だった。
「これは?」
「前にハーネストのMTDの構造を見て、俺なりのやり方で作ってみた、俺専用の特化型MTDだ」
「お前専用の、MTD」
今後も強化していく予定だが、現段階で魔法の効果を付加が可能なことも伝えると、ハーネストは感嘆の口笛を吹いた。
「なるほど。少し雑な部分もあるが、前みたいな組織の連中を相手にしなければ問題はないだろう」
「そうか。お前にそう言ってもらえれば安心だ。もっとも、もう変な奴らとは会いたくないがな」
「ちがいねぇ」
自嘲気味に笑うハーネスト。翔も頷いた。
「じゃあ、これ明日の新観祭で使うためにこれからメンテナンスをするから。わざわざすまなかったな」
「いや、俺もいいもん見せてもらったからな。じゃ、お休み」
「ああ。お休み」
一人しかいなくなった部屋で、翔は明日のための最終作業に取り掛かった。