疑心
嶺南実業のエースと四番は、中学時代から犬猿の仲だった。
調べるのに三日かかった。SNS、掲示板、中学時代のチームメイトの投稿を遡り、関係図を描いた。エースの石川と四番の大林。同じ少年野球チーム出身で、レギュラー争いをしていた頃から折り合いが悪い。高校で同じチームになったのは監督の方針で、本人たちが望んだわけではない。
表面上は問題ない。だが練習動画を見ると、石川が投げた後に大林が一度も声をかけていない。小さな亀裂がある。
小さな亀裂を、致命傷にする。それが俺の仕事だ。
試合前夜。匿名掲示板に書き込んだ。
「嶺南のエース石川が、四番大林の彼女と密会してるの目撃した。写真あり」
添付した写真は生成AIで作った。石川に似た男と、大林の彼女に似た女が、ファミレスで向かい合っている画像。顔は微妙にぼかしてある。「確実に本人とは言い切れないが、限りなく似ている」程度の精度。
それで十分だ。人間は、疑いたい相手の証拠は粗くても信じる。
◇
準々決勝。広島県営球場。
灰谷ベンチからは、嶺南のブルペンが見えた。石川がキャッチボールをしている。大林がその横を通った。二人の距離が、普段より広い。
効いている。
試合が始まると、嶺南の空気が異様だった。石川のストレートにキレがない。球速は出ているが、指にかかっていない。打たれるたびに大林がファーストミットを叩く。苛立っている。
三回表、石川が連打を浴びた。大林がタイムをとってマウンドに行った。だが二人の間に会話が成立していない。石川が何か言い、大林が背を向けた。
ベンチが凍った。
土岐が俺の隣で呟いた。
「なんだあれ。内輪揉めか」
「さあな。ありがたいけど」
「試合中にやるかよ、普通」
土岐は首を振った。純粋な疑問だ。こいつは、チームメイト同士が試合中に崩れることが理解できない。自分ならそうしないから。その真っ直ぐさが、俺には便利だった。
五回、嶺南の守備が崩れた。大林がファーストのゴロを後逸。石川がカバーに走らず、マウンドに立ったまま大林を睨んだ。
失点。4-2。
最終的に6-4で灰谷が勝った。実力では嶺南が上だった。だが試合をするのはチームで、チームは人間関係で動く。人間関係を壊せば、実力差はひっくり返る。
◇
試合後の帰りのバスで、土岐が言った。
「相手、なんか今日バラバラだったな」
「運がよかった」
俺は窓の外を見ながら答えた。土岐は頷いた。
「次は誰だ」
「準決勝。錦城学園」
「錦城か。キツいな」
「なんとかなるさ」
左手の薬指を、親指で擦った。なんとかなる、ではない。なんとかする。
バスの最後列で、園田杏がスマホを見ていた。
俺はそれに気づいていなかった。
◇
その夜、杏は自室でスマホと向かい合っていた。
匿名掲示板のスレッドを見つけたのは試合の二時間前だった。「嶺南のエースと四番の彼女」。投稿時刻は昨夜の二十三時十二分。
試合中、嶺南の空気を見て、掲示板の書き込みを思い出した。偶然かもしれない。だが、偶然にしてはタイミングが良すぎる。
ノートを開いた。新しいページ。タイトルを書く。
「黒鉄零――不審点リスト」
ペンが動く。
一、回復剤βの成分表が存在しない。黒鉄ファーマのHPに該当製品なし。
二、チーム全体の身体能力向上が急激すぎる。回復剤導入後のデータ推移が異常。
三、練習試合の対戦相手に、試合前の異変が目立つ。
四、柿沼投手の球速低下(初回から平均7km/h減)。体調不良では説明がつかない。
五、嶺南のエースと四番の試合中の関係崩壊。前日の掲示板投稿との相関。
六、黒鉄先輩の株式投資(ロッカーで証券アプリの通知を見た)。高校生の投資額ではない。
七、黒鉄先輩の「笑顔」。目が笑っていない。
七つ目を書いた後、杏はペンを止めた。確証は一つもない。全部、偶然で説明できる。だが、偶然が七つ重なることを、偶然とは呼ばない。
ノートを閉じて胸に抱え、天井を見上げた。




