召喚
その日もいつもと変わらない始まりだった。
朝は布団と格闘して、遅刻ギリギリに登校する。
途中居眠りをしながら授業受けて、友達とお昼ご飯を食べた。
学校の先生にバレないように、寄り道をするのが習慣になっていた。
日が暮れ始めたため、家への帰路についた。
いつもと変わらない通学路を通り、そこの角を曲がれば家が見えてくるというところで、ふと足を止めた。
何かに引っ張られたような気がして、後ろを振り返ってみる。
けれど、後ろには何もない。
もちろん、引っ張られているなんてこともない。
何だか気味が悪い。
急いで帰ろうとした時、足が動かないことに気がついた。
冷や汗をかきながら、足元を恐る恐る見てみると、足に黒い手が絡みついていた。
「ひっ……」
恐ろしくて、悲鳴を上げられない。
身体を動かしてみるけど、足は一切動くことなく、それどころか地面に飲み込まれている。
「だ……誰か……」
あたりを見渡しても、誰もいない。
いつもなら帰宅途中の学生や大人がいて、全く無人になるなんてことはないのに。
どうして、こんな時に……
「いや……いや……」
ズブズブと足が飲み込まれ、腰まで引き摺り込まれている。
こうなったら、身体すらまともに動かせない。
「誰か……たす、けて……」
その言葉を最後に、完全に飲み込まれてしまった。
誰にも知られずに、1人の人間が、この世界から姿を消した。
時間が再び動き出したかのように、何事もなくその通学路を通り抜ける人々。
人1人が消えても、世界は何も変わらなかった。
『ようこそ、我が世界へ。哀れな贄よ。お前はこれから、こちらの世界で過ごすことになる。よって、お前の表す名を剥奪しよう。あちらの世界での名は、もう二度と思い出すことはないだろう。これからお前がどうやって生きるのか、楽しみにしている。』
そんな声が、頭の中に響いた。
文句を言いたくても、身体が一切動かない。
瞼すら重くて、目が開けられなかった。
ふざけるな!
私の大切な名前を返して!
私の大切な世界を返して!
私の心の叫びに答えるものは、どこにもいなかった。
どれくらい、知らない空間で揺蕩っていたのだろうか。
気がついたら、私は石造りの部屋の中心で目を覚ました。
重い身体を起こせば、聞こえる歓声。
耳が痛い。
頭が痛い。
「ようこそお越しくださいました。神子様!」
ああ、頭の中に響いてきた誰かの言葉は、夢でも何でもなく、本当のことだったのか。
酷い焦燥と混乱と絶望の中、私はそれを理解してしまった。
私は、もう二度と元の世界には帰れないんだって。




