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第7話 登録


「今日は、街に行く」


 朝の支度をしながら、ラルヴィクはそう告げた。


「ギルドだ」


 サリアは一瞬迷うようにしてから、控えめに尋ねる。


「……私も、ついて行ってよろしいでしょうか?」


「構わん」


 即答だった。


 城に残す理由もない。


 街へ向かう道すがら、サリアは周囲を見回している。

 以前のような虚ろさは、もうない。


「ギルドには、何をしに行くのですか?」


「ヘルハウンドの素材の売却金を受け取りに行く」


 その言葉に、サリアが足を止めかけた。


「……ヘルハウンド……!!」


 驚きは隠しきれていない。


「それに、王宮魔道士なのに

 ギルドに入れたのですか?」


「ああ。問題ない」


 ラルヴィクは淡々と続ける。


「左遷されてな。

 研究費も出ない」


「……なるほど」


 短いが、納得した声だった。


 そうこうしているうちに、

 二人は冒険者ギルドに到着した。


 中に入ると、すぐに受付嬢が気づく。


「お待ちしておりました、ラルヴィクさん」


 笑顔で声をかけ、

 奥のカウンターへ案内する。


「こちらになります」


 差し出されたのは、

 革袋一つ。


「金貨、二十枚です」


 袋の中で、金属音が重なった。


 隣で、サリアが目を輝かせる。


「……!」


「相場が分からないが」


 ラルヴィクは袋を受け取りながら言う。


「しばらく、生活には困らなさそうだな」


「はい」


 受付嬢が頷く。


「素材に一切傷がありませんでしたので、

 最高価格で買い取らせていただきました」


「ありがたいな」


 素直な感想だった。


 ラルヴィクは、少し考えてから続ける。


「ちなみに、依頼も今日受けたいのだが……」


「可能です」


 受付嬢は書類をめくる。


「ラルヴィクさんが受けられるのは、

 現在Eランクになりますので……

 薬草採取などがありますね」


「……討伐依頼は?」


「討伐依頼は、Dランクからになります」


 受付嬢は申し訳なさそうに言った。


「ヘルハウンド討伐の実績からすると、

 適正なランクではないことは承知していますが……」


 ラルヴィクは、思わず小さく呟く。


「……誤魔化した弊害か」


 悩む沈黙。


 そのとき、

 サリアが一歩前に出た。


「……私も、冒険者登録は可能でしょうか?」


「ん?」


 ラルヴィクは、少し意外そうに見る。


「好きにしていいぞ」


「ありがとうございます」


 サリアは小さく頷いた。


「以前から、少し興味がありましたので」


「では」


 受付嬢が、水晶を差し出す。


「こちらに、手をかざしてください」


 サリアが、そっと手を伸ばす。


 次の瞬間――

 水晶が、強く輝いた。


「……!」


 ギルド内が、ざわつく。


「おい、見たか?」


「最弱の魔道士より、明らかに強いぞ」


「こんな輝き、初めてだ……」


 受付嬢も、目を見開いていた。


「魔力が非常に高いです……!

 才能があります」


 すぐに判断が下される。


「サリアさんは、

 Cランクからのスタートになります」


「……!」


 サリアは驚きながらも、

 すぐに表情を引き締めた。


 そして、ラルヴィクの方を見る。


「これで……」


 少しだけ、嬉しそうに言う。


「討伐依頼は、

 パーティーとして受けることが出来ますよね?」


 ラルヴィクは、サリアと水晶、

 そして周囲の冒険者たちを見回し――


 静かに息を吐いた。


「……そうなるな」


 思っていたよりも、

 話は早く進みそうだった。


 受付嬢は、依頼板の前で書類を確認した。


「では、Cランクの討伐依頼になりますね……」


 指先で紙をめくり、

 一枚を抜き出す。


「フォレストウルフの討伐依頼が出ていますが……」


「それにしよう」


 ラルヴィクは、即答した。


 難易度も場所も、

 今の状況にはちょうどいい。


 手続きを終え、

 二人はギルドを出る。


 街路を歩きながら、

 ラルヴィクはサリアを一瞥した。


(……装備がないな)


 討伐に出る以上、

 武器と防具は必要だ。


「防具屋に寄る」


 そう告げる。


 サリアは、一瞬きょとんとした。


「……私の、武器と防具ですか?」


「ああ」


 当然のように答える。


「冒険者だからな」


 サリアは、少し驚いたあと、

 小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 防具屋に入ると、

 店主がすぐに気づいた。


「おう。

 ……お嬢さん、整った顔に似合わない服装だな」


 からかうような声だが、

 悪意はない。


 サリアは、少し困ったように微笑む。


「服に、こだわりはありませんので」


 そのやり取りを聞きながら、

 ラルヴィクは、改めてサリアの姿を見る。


 ――その瞬間、気づいた。


 麻で編まれた粗い布を、

 身体に巻き付けただけの服。


 装飾も、調整もない。


 典型的な奴隷の服装だった。


(……そうか)


 今まで、

 そこまで意識していなかった。


 ラルヴィクは、防具屋の店主に向き直る。


「……また来る」


「あ?」


 店主が怪訝な顔をするが、

 説明はしない。


 ラルヴィクは、サリアに向かって言った。


「先に、服だ」


「え?」


 サリアの目が、大きく開く。


 そして、

 次の瞬間――


「服を、買っても良いんですか!?」


 声が、弾んだ。


 防具屋の時よりも、

 明らかに嬉しそうだ。


「……ああ」


 ラルヴィクは、短く答える。


 服屋へ向かう途中、

 サリアは落ち着かない様子で歩いている。


「……さっき、防具屋では

 服にこだわりはない、と言っていたな」


 ラルヴィクが言うと、

 サリアは、ぴたりと止まった。


 少し視線を逸らし、

 小さく言う。


「……嘘では、ありません」


 だが、

 声音は明らかに揺れている。


「ただ……

 選んでいい、と言われたことがなかっただけです」


 ラルヴィクは、納得した。


(……そういうことか)


 それ以上、追及しない。


「好きなものを選べ」


 それだけで、

 サリアの表情が、ぱっと明るくなった。


 討伐前の準備としては、

 少し遠回りかもしれない。


 だが――

 冒険者になる、というのは、

 こういうことでもある。


 ラルヴィクは、

 そう結論づけることにした。


 フォレストウルフ討伐は、

 もう少し先でも構わない。


 今はまず――

 サリアが、サリアとして街を歩く準備だ。



 服屋は、市場通りの一角にあった。


 冒険者向けの粗雑な店ではなく、

 街の住人が普段着を求めて立ち寄る、小さな仕立て屋だ。


「……好きなものを選べ」


 ラルヴィクがそう言うと、

 サリアは一瞬、戸惑ったように立ち止まった。


「……本当に、私が?」


「ああ」


 短い返事だったが、

 それで十分だったらしい。


 サリアは、ゆっくりと店内を見回した。


 吊るされた服はどれも実用的だ。

 派手な装飾はないが、

 布地はしっかりしている。


 彼女が最初に手に取ったのは、

 淡い生成り色のチュニックだった。


 柔らかい麻と綿の混紡で、

 風通しが良さそうな生地だ。

 首元は詰まりすぎず、

 動きやすさを重視した作りになっている。


 次に選んだのは、

 濃い茶色のロングスカート。


 膝下まであるが、

 裾に浅いスリットが入っており、

 歩きづらさはない。


「……これと、これ」


 声はまだ控えめだが、

 迷いは少ない。


「試着なさいますか?」


 店主に促され、

 サリアは小さく頷いて奥へ向かった。


 しばらくして――

 カーテンが静かに開く。


「……ど、どうでしょうか」


 出てきたサリアを見て、

 ラルヴィクは一瞬、言葉を失った。


 チュニックは身体に合っている。

 過度に体の線を強調することはないが、

 だらしなくも見えない。


 腰には細い革のベルトが巻かれ、

 動きやすさと実用性を両立していた。


 足元は、

 素朴な革製のショートブーツ。


 奴隷の履いていた粗末な草履とは、

 まるで別物だ。


 何より――

 服が変わっただけで、

 彼女の立ち姿が変わっている。


 背筋が、少しだけ伸びている。


「……問題ない」


 しばらくして、ラルヴィクはそう言った。


 サリアは、少し肩を落とす。


「……それだけ、ですか」


 店主が、苦笑しながら口を挟む。


「お客さん、

 その反応は薄すぎだ」


「?」


「似合ってる、くらいは言ってやれ」


 ラルヴィクは、観念したように息を吐き――

 改めて、サリアを見る。


 落ち着いた色合い。

 派手さはない。

 だが、彼女に合っている。


「……似合っている」


 その一言で、

 サリアの表情が一変した。


 目が見開かれ、

 次の瞬間、花が咲くように笑う。


「……ありがとうございます」


 その笑顔は、

 奴隷だった頃には見せなかったものだ。


 結局、同じ系統の服を数着選んだ。


 替えのチュニック。

 作業用の厚手の服。

 夜用の簡素な部屋着。


 どれも、

 「生きるための服」だった。


「……こんなに、いいんですか」


「必要だ」


 それだけで、話は終わる。


 店を出ると、

 サリアは無意識のうちに歩幅を広げていた。


 新しい服に慣れていないのか、

 それとも――

 気持ちの問題か。


「……次は、防具屋ですね」


「そうだな」


 振り返ったサリアの服は、

 もう“奴隷のそれ”ではなかった。


 それだけで、

 ラルヴィクには十分だった。


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