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PROMISED ANJEL  作者: 栗宮
第一章
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旅人③

 夕陽が、都市エスペラントの赤茶けた屋根を琥珀色に染めていた。石畳の大通りには影が長く伸び、行き交う人々の足音が淡い残響となって路地に消えてゆく。

闘技場での試合後サラは一人、大通りを歩いていた。彼女を負かしたあの男のことが頭から離れない。

どうして自分は負けたのだろうか。攻めのタイミングを見誤ったのか、それとも踏み込みが弱かったのか。

自分の剣筋に甘いところは無かったと願いたいが、結果は一目瞭然、敗北を喫したのである。


「はぁ……。負けちゃったのかぁ。」


サラは元来、とても負けず嫌いな性格だ。

闘技場に参加していたのは賞金を稼ぐという事が主な理由であり、勝敗に深い意味など見出していない。

しかし勝負は勝負である。幼い頃から剣の鍛錬を続けてきたのだ。負けた事に対しては少なからずも悔しさが残る。


「……仕方ないか。美味しい物でも食べて、元気出そ!」


気持ちの切り替えは早いに限る。

サラはこの街で行きつけの酒場へ向かう為、歩を進めた。大通りの一角にある「三日月の皿」という名前の酒場にある羊乳のシチューとライ麦パンが絶品なのだ。エスペラントに来て色んな酒場に立ち寄っているが、そこがサラの1番のお気に入りである。


香辛料の匂いと焼き肉の煙が通りから漂ってきて、腹を空かせた旅人たちの足を止めさせる。屋台の料理人たちは声を張り上げ、塩漬けの魚や蜜入りの果実を売り捌いていた。歯の抜けた老人が唄う古謡に、子どもたちが笑い声を重ね、耳の長い異種族の商人たちが値段の交渉で手を振り上げる。

荷車を押す農夫、剣を携えた傭兵、華やかな衣装を纏った旅芸人__あらゆる者がこの道を歩く。

それぞれの目的を胸に、交わり、すれ違い、そしてまた進んでいく。富める者も、貧しき者も、過去を逃れようとする者も、この夕暮れのエスペラントの雑踏に溶け込んでいた。

そんな中、サラは目に止まった小さな騒ぎに足を止めた。


「あのなぁ嬢ちゃん、冗談はよせってんだ。

金が無きゃ売れねぇよ!」


声の主は、焼き菓子を扱う小太りの屋台店主。怒鳴られていたのは、深紅の外套にフードを被っている人物だ。背丈からして10代くらいに見える。


「えと、あの、''お金''って……?」


困惑したように首を傾げ、手にした焼き菓子をじっと見つめている。


「だぁかぁらぁ、買うのはいいけどよ!金を払えって言ってんだよ!」


店主の語気が強まり、フードの人物はビクッと肩を震わせた。周囲の通行人達もチラチラと視線を向けだした時、サラはため息をついて一歩踏み出した。


「悪いけど、代わりに払うわ。いくら?」

「30セルンだよ。」


腰の袋から素早く硬貨を取り出し、店主の手の平に落とす。店主はぶつぶつ言いながらも、納得して他の客の対応を始めた。


「あの、ありがとうございます!」


鈴の音のような透き通った声色で、少女はサラに礼を告げた。フードの隙間から僅かに見える肌は白く、紅い瞳は一切の穢れも知らないような純真な印象を受ける。


「あなた、お金を持っていないの?」

「お金って何ですか?」


何という衝撃発言。驚きを隠せず一瞬固まる身体。少女はきょとんとした顔でこちらを見つめている。

冗談でも言っているのかと思ったが、そんなことはなさそうだ。


「物を食べたり買ったりするのにはお金が要るのよ。あなた、どこか遠方の僻地から来たとか…?」

「うーん、そう…かも?」


なんだか無防備で的を得ないような言葉に、サラは小さくため息をついた。


(まったく……何なんだ、この子は)


世間知らずで、でも悪意のかけらもないような少女。その目には、何か言葉では形容しがたい、静かな光が宿っている。少女の視線は手元の焼き菓子にある。目を輝かせ、今にもヨダレの垂れそうな表情だ。

面倒事は避けたいが、この少女はどこか放っておけない。


「………移動しましょうか。」


大通りを進むと、小さな広場がある。広場の中央には噴水があり、子どもたちの笑い声と水音が混じり合い、行き交う人々のざわめきが穏やかに空気を満たしている。小さなベンチに腰を下ろした2人。


「ん……甘い」


リアが頬をほころばせて、焼き菓子に小さくかぶりつく。その目はきらきらと輝いていて、まるで世界で初めて“味”というものを知ったかのような無垢な表情だった。サラは隣でその様子を見つめながら、ふと小さく笑った。


「そんなに美味しい? それ、ただのハチミツ煮のナッツパイよ」

「凄く美味しいよ!あの、お姉さん!さっきは本当にありがとう。わたし、お礼ができるようなもの、何も持っていなくて…。」


少女は少し悲しそうな顔をする。自分とそこまで歳は変わらないように見えるが、コロコロと変わる表情が幼さを感じさせる。


「気にしないで。困ってる人を見てると放っておけなくて。私はサラよ。あなたは?」

「私の名前は、リア。」

「リア…素敵な名前ね。」


そう言うと、リアは嬉しそうな顔をする。


「ジェドが付けてくれた名前なの。」

「ジェド…?」

「大通りではぐれちゃって…。」


どうやら彼女には連れがいるらしい。1人でここに来たわけではないことに少し安堵する。

再び焼き菓子を嬉しそうに頬張るリアに、サラは思わず笑みを漏らした。まるで迷い込んだ子猫にでも餌をあげたような気分だった。

するとその時___


「探したぞ、リア。」


低い声と共に背後に只ならぬ気配を感じ、サラは思わず立ち上がって振り返り、腰の剣の柄に手を添えた。

後ろに立っているのは背の高い男。黒い外套に大剣を背負っている。

殺意に近しい敵意のようなものを感じ取ったが、男は戦闘態勢を取っているわけでも、サラに気を留めている様子も無かった。しかし、どこか見覚えのある顔だ。


(あれ、この人……!?)


「ジェド!」

「急に居なくなったと思ったら、こんな所で何して……


お前は…?」


男がこちらに視線を向ける。

見違える筈もない。今日の闘技場でサラを負かしたあの大剣使いの男。その男が今、目の前に立っていた。

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