旅人②
闘技場での試合は月に2.3回の頻度で定期的に行われる。トーナメント形式で優勝者には賞金が与えられる。参加資格等は特に無い。参加者に戦闘できる力があろうがあるまいが関係なく誰であれ出場可能だ。
武器は扱えるものであれば何を使うも自由で、魔術の行使は禁止されている。
ただ、身の安全の保証は無い。身の危険を感じれば降参することができる。
サラは今回で3度目の出場であり、前回・前々回と晴れやかな優勝を誇った。彼女の図り知る所ではないが、闘技場に現れた謎の女剣士として噂が流れている。女性が闘技場に参加するなどありえない事で、観客達の中にはその噂を聞きつけて足を運んだ者も多い。
ただ、サラはそんなことには気にも留めていない。
彼女の目的は賞金と、剣の技術を落とさない為の腕試し程度だ。自分に勝てる者等、この国にはいないとさえ思っていた。
____本日の2試合目で、あの男に出会うまでは。
彼女の次の対戦相手は、黒い外套を羽織り、背丈と同じくらいの大剣を背中に携えた男だった。黒と灰の入り交じったような色の逆立った髪に、静かで鋭い眼差し。その立ち姿はどこにも隙がなく、まるで研ぎ澄まされた獣のように思えた。
闘技場で彼のような男は見かけたことがない。恐らく初出場なのだろう。
だが関係ない。自分はいつも通り剣を振るうだけだ。
サラは浅い呼吸を1つ置き、試合開始の鐘の音と共に地を蹴り上げた。
踏み込みと同時に斬りかかる鋭い太刀筋。
だが男はそれを、まるで歩くような自然な動作で受け流した。
キィィン____
金属が軋む音が、闘技場の空に高く響く。サラは二撃目、三撃目と連撃を仕掛けた。刃が閃き、闘技場に風が走る。だが男はそれらすべてを受け流し、あるいは躱していた。
(受け流された……!?)
サラの眉がわずかに動いた。
力任せではない。型でもない。まるで剣を知り尽くした者だけが持つ、静かな圧がそこにはあった。剣と剣が再び交差するたび、火花が咲いた。砂塵を踏みしめ、二人は互いの間合いを試す。サラの動きは速く、正確だった。その剣には訓練の積み重ねと、何より「生き延びてきた者の矜持」があった。
しかし、男の剣は、それを上回っていた。それは力の差ではなかった。鋭さの差でも、技術の優劣でもない。ただ、“殺し合い”を幾度も潜り抜けてきた者だけが持つ、剣の本能だった。
一瞬の虚を突いて、男が踏み込む。
構えの隙間を斬り裂くように、その剣がサラの肩に触れた。
「……ッ!」
鮮やかな音とともに、サラの剣が弾かれ、遠くへ飛んでいった。気づけばサラの体は後方に崩れ落ちていた。顔の前には男の大剣の剣先が向けられている。
____何が起こった?
サラは理解が出来ず、唖然としていた。息は乱れ、額から汗が滴る。観客席からはざわめきが起こった。
男は黙って剣を下ろす。
その時に自分が敗北したことを痛感する。
「あなた…一体何者なの?」
サラは、自信の剣技に圧倒的な自信を持っていた。それが驕りではなく、正当な評価であると信じてきた。しかしたった今それがこうもあっさりと打ち砕かれた。彼女の瞳の奥に、悔しさと驚き…そして僅かな敬意が揺れている。
彼女の問いかけに男は勝利の喜びすら感じさせない程落ち着いた様子で答えた。
「ただの旅人だ。」