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PROMISED ANJEL  作者: 栗宮
第一章
11/11

覆す者①

現れたのは、黒い外套を纏い背に大剣を背負った一人の男__ジェドだった。割れた石片を踏みしめながら、まるで死地に舞い降りた影のように、静かにそこに立っていた。粉塵が晴れ、剣の柄に添えられた彼の右手がきつく握られているのが見える。


「……そこから離れろ。」


鋭い声でラザロの手下達を牽制するように威圧する。

視線はリアとサラへ、そして奥に佇むラザロ・アルマへ。


「お前は、誰だ?」


ジェドはリアと彼女を囲む敵から視線を外さずにラザロへ問う。

対するラザロは思わぬ来訪者に目を細めた。


「……こちらのセリフですね。我々の情報に貴方のような存在は無かった。一体何者ですか?」

「…さぁな。俺はただ、こいつを守る為に来た。」

「守る?我々は彼女をあるべき姿へ昇華させようとしているのですよ。むしろ彼女を放置することこそ、身の安全からは程遠い。」


ラザロはまるでジェドを追求するように告げた。

聞いているリアには何の話をしているのか、さっぱり分からない。


「あるべき姿…ね。悪いが俺にはお前らの教義なんて関係が無い。リアに近づくなら殺す。」

「ふっ。どうやら我々の邪魔をしたいようですね。連れて帰るのは’’器’’だけで十分です。彼は異端者として排除なさい。」


ラザロが命じると手下の影と、そしてサラが殺意と共にジェドに向き直る。

剣を抜くサラを見て、ジェドは彼女を凍てつく瞳で睨みつける。


「お前……俺達に近づいたのはリアをこいつらに差し出す為か?」

「ち、違うのジェド!サラはあいつに操られているのよ!首元に魔術痕が……!」

 

リアが言い終わる前にサラが地を蹴り、ジェドに向かって高く飛び上がった。

風を切る音と共にサラの剣が真っすぐに振り下ろされる。ジェドは反射的に身を引き、大剣でそれを受け止めた。金属が火花を散らす。


「おい、本気か……?」


サラは虚ろな目をしたまま何も言わない。だがその剣には迷いが無く致命を狙う動きだ。

鋭く、早く、重い__まるで戦場に立つ殺しの剣。

ジェドは歯を食いしばる。


「……ったく。まるで別人じゃねぇか。」


二撃、三撃。サラの剣が怒涛のように押し寄せる。長剣を駆使した足捌きはまるで舞うようでありながら、殺気に満ちていた。ジェドは防戦に回りながらも、完全には剣を振るわない。


なんともやりづらい。

ジェドからすれば、彼女の命などどうでもよい話だ。闘技場で戦った時の彼女との戦力差を考えれば、腕の一本くらいであれば簡単に吹き飛ばせる。しかし、リアは絶対にそれを許さない。リアはサラのことを大切に思っている。逆に気絶させようにも、それを許すような甘い動きではない。

つまり、ジェド自ら攻撃を仕掛けることはできない。

操られている肝心のサラの体はよく観察してみるとボロボロで、今にも糸が切れて倒れこんでしまいそうだ。彼女の攻撃を受け流して動きが止まるのを待つか__しかしそれではリアの身に危険が及ぶ。あまり時間はかけられない。


「サラ、目を覚まして……!」


リアは二人の剣戟を見守りながら、必死に祈る。祈ることしかできない自分を心の底から呪った。

悔しさを瞳に滲ませながら、握った拳に一層強く力を込めた。

その様子を見てラザロ・アルマは不気味な笑顔で笑っていた。


「なんと愉快なことでしょう。この精神操作魔術はかけられた本人が魔術を解くことはほぼ不可能…。肉体が許す限り、命令に従って行動する呪いです。残された選択肢は動けないように手足を切り落とすか、彼女を殺すことのみです。」

「なんて酷いことを……!」

「酷い……?何が酷いと言うのです。我らの行動は全て神の御名の元にある。神から与えられし神聖なる試練を残酷だという人間がどこにいるのですか?」


ラザロは天を仰ぐように腕を広げた。

神の名を語るその姿は狂気そのもの。リアはその様子に理解しがたい恐怖を覚えた。

信仰を理由に人を操り悪行を為す等、許される行為ではない。


「あなた達の目的は、私を連れていくことなの…?」

「左様です。我々の悲願を達成する為には貴方の存在が必要不可欠なのです。」

「じゃあ、代わりにサラの洗脳を解いてくれる?」


リアがそう言うとラザロは目を細めて不気味に笑った。


「ええ、勿論です。」


その時サラの攻撃が止み、二人は剣を構えたまま互いを睨み合う。サラは小さく肩で息をしているが、対するジェドは少しも消耗している様子は無い。


「リア、絶対に変なことは考えるなよ。」


先程の会話が聞こえていたのか、聞こえずともリアが何を考えているか察したのか、ジェドはリアに牽制するように言葉をかけた。


「でも…!」

「この女は、会ったばかりの他人だろ。お前を犠牲にさせてたまるか。どうしても邪魔をするというなら、こいつを切る。」

「他人じゃないよ……。」


リアのその言葉に、ジェドは苛立ちを隠せないようだった。その苛立ちは恐らく、身を危険にさらす可能性があるにも関わらず他人と関わろうとするリアの無警戒心に対するものだ。それはリアも理解している。


「話した時間じゃない。危険があるかないかじゃないの。私がサラを好きだから。だから助けたいの。」


記憶も無く、生きる意味も術も知らない。そんな中で出会った彼女__サラという存在を知りたいと思ったのだ。

リアはサラの元へ歩み寄った。サラは無表情にリアのことを見つめている。


「おいリア……!何を…。」


その様子を見たジェドは止めようとするが、リアが微笑んでそれを制止した。

サラの目前に立ち、向かい合う。


「サラ。私はあなたのことを全然知らない。あなたがどんな過去を背負ってきたのか、私には分からない。でもきっと、色んな人を守るために剣を振るってきたんだろうね。」


サラの表情が揺るがない。


「闘技場でのサラの戦いはわたしも見てたんだよ。強くて、優しくて、とても温かい。サラのそんな所が大好きなの。だから、返ってきて。あなたがあなたであることを忘れないで!」


リアはそのまま。サラの胸に寄り添うようにして、両腕で抱きしめた。


「改めて言わせてほしいの。私と友達になって。」


その時、リアとサラの体をぼうっと柔らかな光が包み込む。まるで淡い朝霧のように温かく優しい輝き。リアの胸元から静かに金の光が広がってゆく。同時に、サラの首元の魔術痕が薄くなり、跡形も無くなった。


「リア………?」


からん、とサラが握っていた剣が地面に落ちる。

サラの瞳がかすかに見開かれた。その瞳には確かに彼女自身の色が戻っていた。


「サラ……!良かった、戻ってきてくれた!」


リアはサラを強く抱きしめたまま、涙を流す。


「私……何てことを……。ごめん、ごめんなさい、リア……!」


操られていた時のことを夢のように振り返りながら、サラはリアを強く抱き返した。


「リア、ありがとう……貴方が助けてくれたのね。」

「戻ってきてくれるって信じてたよ。」

「……信じてくれて、ありがとう。私も貴方と友達になりたいわ。」


穏やかな声色で言葉を交わす二人。

その様子を見たジェドはため息をついて剣を下ろす。


「……まったく。世話が焼ける。」


小さく、だが安堵のこもった声でそう呟いた。

やがて、淡い光がすっと消えていき、廃教会の空気がひと時だけ柔らかな静けさに包まれた。

しかし、まだ終わっていない。ジェドは周囲を囲む教会の手先達の動きに目を離さない。あまりにも不気味なほどに彼らには動きが無い。こちらを襲ってくる気配も無い。

そして、先ほどから傍観していたラザロという男に目を向け___


瞬間、ジェドは息を飲んだ。

いない。先ほどまで教会の中の奥側に立っていた筈の男の姿が無い。目を離したわけではなかった。

影となって意識の隅を潜り抜けたように、煙にまかれて姿を消している。判断するより先に体を動かした。狙われるのは一人しかいない。


「リア!!」


サラと向き合っているリアの腕を力強く引いた。リアの体が後方に倒れ、サラと体が離れる。


「あ____。」


リアの視界がぐらつく。サラの顔が遠ざかる。

手を伸ばそうとした次の瞬間。


鋭い金属の突き刺さる音が、空気を裂いた。リアの目の前で、サラの体がぐらりと揺れる。

その胸元を、黒い刀身の大きな刃が貫いていた。

紅い血が刃を伝って溺れ落ち、教会の古びた床板にぽたぽたと水たまりを作る。


「ぅ……ぁ……。」


サラの口からかすれた息が漏れる。目を見開いたまま、崩れるように倒れこんだ。


「さ……ラ……?」


サラの背後には、黒衣の男__ラザロ・アルマが静かに立っていた。

ジェドがラザロを睨みつけ、再び剣を構える。


「お前………!」

「とても残念です、サラ嬢。せっかく貴方の宿命から解放して差し上げたというのに。」


ラザロはまるで深く傷ついているかのように、窪んだ眼で地面に倒れ伏したサラの体を見つめていた。


「しかし、収穫はありました。精神操作魔術をああも簡単に打ち破るとは……。どうやら一刻も早く我々の庇護下に置かなくてはならない。」


ラザロの視線はリアへ。

リアは動かないサラを見つめている。


「サラ……?どうして起きないの?」


サラの体から広がり、どんどん大きくなっていく血だまり。サラの瞳は光を失い、貫かれた心臓はその動きを止めていた。’’それ’’が何なのか分からない。分かろうとすることを頭が拒否している。

動かないサラの体を抱きかかえ頬に触れる。腕が、サラの胸から流れる温かい血で濡れていく。


「いや……嫌だよ……。」


引き裂かれるような痛みがリアの胸を襲う。腕を伝う血の量が、すでに手遅れだということを実感させられる。


「嫌……なの!もっともっと、話したいことがあるの……!一緒に歩いて、笑って……!どうして……どうしてこんな……あああああああ!!」


感情が暴れだす。内から溢れる何かが、血よりも熱く心を焼く。

これは一体何__?得体の知れない力が、身体中を巡っていくのが分かった。


「返して……返して!!!」


大量の涙と共に、リアの体から溢れる魔力の渦。膨張した力が教会の空気を満たしていく。

リアの瞳が、淡く光を帯びていく。


「こんなの、間違ってる__!神さまがいるなら……どうして!!


 お願い、誰でもいい。サラを……返して……ううん。私が___。」


サラの手を握り、体を抱きしめた瞬間。光が__爆ぜた。

リアを中心に目に見える程の膨大な魔力の波があふれ出し、力の行き場を求めて渦を巻いた。

静かに、そして確かに、奇跡の兆しが空間を包んでいく。


ジェドが、驚愕の目でその光景を見つめていた。


「リア、お前……!」


ラザロもまた、一歩後ずさる。その顔には初めて畏怖の影が差した。


光は天井を突き抜け、朽ちた礼拝堂に差し込む月光と交差する。

その祈りは、世界の理を揺るがす絶対の禁忌。今は失われた奇跡の片鱗。

少女の絶望と叫びが破滅の扉を開いた瞬間だった。

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