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PROMISED ANJEL  作者: 栗宮
第一章
10/11

逃亡者④

次の日、夜が明けて暫くしてジェドは「明日には街を出るから準備をする」と言って、再びリアを残して部屋を出た。

エスペラントでの日々も長いようで短かった。リアにとっては何もかもが新鮮に見え、次はどんな景色が待っているのだろうと、楽しみで心が膨らんでいた。

勿論、街で出会った人々との別れが寂しくもある。滞在していたこの宿屋の老婆や、食べ物を売る屋台で仲良くなった店主。そして_____サラ。

食事をした以来、音沙汰も無くどこに居るかさえも分からない。せめて別れを言えたらと思うが、それは叶わない願いなのだろうか。

その時、コンと誰かが部屋の扉を叩く音がした。

ジェドであれば、何も言わずに部屋に入ってくるはずだ。リアは少し警戒しながらも扉に近づいた。


「………誰?」

「リア、私よ………。」


リアが扉に向かって声をかけると、返ってきたのは弱弱しく掠れた声。

しかしそれが誰のものなのかすぐに分かった。

リアはすぐに扉を開けた。


「サラ!」


目の前には、不自然なほほ笑みを浮かべたサラが立っていた。どこか硬直したような表情__けれど、懐かしさと再会できた喜びに胸が和らぐ。


「会いにきてくれたんだね!どうしてここが分かって………。


 サラ、どうしたの?」


聞きたいことがたくさんあった。しかしそれよりも気になってしまう。

サラの様子に違和感を感じる。彼女は常に気丈で力強いオーラを纏っていたはずが、今はどこか生気がない。以前よりも衰弱しているようにも感じる。まるで立っていることさえままならないような。

サラはリアの手を取り、告げた。


「……話したいことがあるの。少し、外に出ない?」

「え……でも、ジェドがまだ帰っていなくて……。」

「彼にはもう伝えたわ。少しだけリアを貸してって……。」


嘘だ、と気づいた。

それと同時に、なぜそんな嘘をつくのか、どうしてそんなに辛そうなのか、サラの身に一体何があったのか__知らなくてはならないと思った。

リアはサラのことを何も知らない。しかし彼女が、正義感の強い慈愛に満ちた少女であることを知っている。そんな彼女と友達になりたいと思った。

それは何故__?

たった少しの短い時間の関わりが、リアが外の世界を見て、初めて築いた大切な縁だったのだ。それだけで、彼女を大切に思う理由として十分だった。だから、困っているなら助けなくてはならない。もう一度以前会った時のように笑ってほしい。今のような虚ろな瞳でなく、彼女の本来持つ真昼の太陽のような瞳で。


こくり、と頷いて、夜の暗い街へと、リアはさらに手を引かれるまま歩き出した。



___郊外・廃教会


かつて’’祈りの場’’だったであろうその教会は、もはやその名残を留めていなかった。外壁は崩れかけ、風化した石の隙間から草が生い茂っている。それでも内部に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

中は驚くほど静かで、音という音が吸い込まれるように沈黙していた。天井は抜け落ち、夜空に星々が瞬いている。

けれど、光は不思議と届かない。まるでこの場所そのものが、外界と切り離された結界の中にあるかのようだった。

リアは不安げに辺りを見回す。


「サラ、ここって………?」

「すぐに分かるわ。」


サラはリアの方を見ない。相変わらず虚ろに前を見つめるだけだ。


「サラ、何かあったなら話してよ!

 私が力になれるか分からないけれど、きっとサラは今苦しんでいるんだよね?

 困っているなら、絶対に助ける!それが友達でしょ?」


『友達がどういうものか分かって言っているのか?』

あの時、ジェドに問われたことに今なら自信を持って答えられる。

サラから返事は無い。隣にいるのに、彼女の心はどこか遠くにあるような感じだった。


「素晴らしい……。なんという美しい友情でしょうか。」


その時、声とともに廃教会の奥から黒い影が姿を現す


「あなた、誰……?」


リアは警戒の色を見せる。

やせ細った身体に黒い衣服を纏うその男の空気は、とてつもなく異様で恐怖を感じさせられた。

窪んだ眼がリアを捉え、感動するかのように見開いた。


「あぁ、その御姿!やはり貴方様こそ我々が待ち望んでいた神の意志を継ぐもの。

永きに渡りお待ちしておりました。」

「な……なんのこと?」

「おっと。私としたことが、名乗るのを失念しておりました。私はラザロ・アルマと申します。教会本部より派遣されました。」


男は胸に手を添えて丁寧に一礼した。


「貴方はまだ目覚めたばかり……。本来であれば我々が保護すべきでしたが、貴方の居場所が特定できず、捜索が難航していたのです。斯様な街を彷徨っておられたとは、なんとお労しい…。ですが、彼女の協力のおかげで貴方を我々教会の元へ導くことができます。」


ラザロと名乗った男は、悲壮感を出しながら抑揚のある声色で話をする。リアは自分のことを話していることを理解しつつも、話が掴めていなかった。

ただ一つ、サラが自分をここへ連れてきたのは、この男と会わせる為なのだということを覗いては。


「サラ、一体どういうことなの……?」


聞きながら、背中越しに後方を確認する。

ここは安全ではない。あのラザロという男に対し、明確に嫌な予感がしていた。そして何より今はジェドが一緒ではない。リアは自分で抵抗することができない。


「逃げないで、リア。貴方はここに来なければならなかった。そうでしょ?」

「サラ……?」


その時、リアはようやく気付いた。

サラの首元__わずかに覗いた刺青のような紋様と、それが魔力を帯びていることに。

精神誘導の魔術式。対象の潜在意識や記憶層に入り込み、特定の命令や行動を’’自身の意思’’と錯覚させる強力な精神操作魔術である。


(操られてる……!?)


ラザロは優雅に歩み寄った。


「ご安心ください。彼女には導きを施しただけです。彼女の精神は損なってはいませんよ。

ただ、この魔術には発動条件がありましてね。強靭な精神の上では弾かれ、反対に極限まで追い詰められた精神状態ではかけやすい。彼女のような誇り高き戦士に魔術をかけるのは難しいのです。ですから、自我を砕く工程が必要でした。」

「自我を砕く……?」

「ええ。簡単な話ですよ。肉体と精神、どちらも極限の状態にするのが拷問というものです。運のよいことに、こちらにはそういったものが得意な協力者がいらっしゃいましたから。」


息を飲む。と同時にリアの細い指が小さく震える。感情を乱されまいと、何度も口を結びなおす。

隣に佇むサラの姿はよく見ると傷や青あざで多い尽くされていた。足は覚束ない様子で、立っているのもやっとなのだ。しかし彼女がここで立っているのは精神操作魔術によるもの。本来であれば、この場で気絶してもおかしくない状態だ。

サラがどれだけの苦痛に苛まれてきたのか。それを考える胸の奥がきゅうっと締め付けられるような痛みに襲われた。あの日、共に時間を過ごし笑いあっていたその人が、今は精神を握られ縛り付けられている。


「サラ、ここを離れよう。」


震える足を抑えながらリアはサラの手を取った。あの男から逃げなければ。

不安・怒り・悲しみ__色んな感情が混ざりあい、正常な判断ができない。しかし確かに言えるのはここが危険だということだ。

サラの手を引き、出口の方を向かう。すると、反対にサラは手に力を込めて踏みとどまった。


「できないわ。ここを立ち去るというのなら、貴方の足を切り落としてでも止めるわ。」


その発言と共に、リアの眼前に向けられる銀色の剣先。目にも止まらぬ早さで抜かれた剣に、リアは硬直する。その様子にラザロは楽し気な様子だった。


「良いですね。彼女は傀儡として完璧な逸材です。余程、抱えているものが大きかったのでしょう。強靭な精神ほど、壊れた時は戻らないものです。

 さて、ようやく見つけた’’器’’に逃げられてしまってはたまりませんからね。心が痛みますが、あの御方を拘束なさい。本部に連れていきます。」


ラザロがそう命じて指を鳴らすと同時に、教会の柱から無数の影達が音もなく現れる。ラザロと同じ黒い衣服に身を包んだ彼らはリアに近づいてくる。恐怖で体は全く動かない。指の一本さえもだ。

リアに向かって手が伸ばされる。


___刹那。


教会の壁が爆ぜた。

聖堂に走る石の壁、その中央が共に吹き飛び、白い粉塵が空を裂くように舞い上がる。

破片が宙を舞い、闇の中に鋭く煌めく剣の輪郭が浮かび上がった。

現れたのは、黒い外套を翻す男__ジェドだった。


「……そこから離れろ。」


その声は、冷たく怒りに満ちていた。

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