白亜の塔
_____その塔は、時を忘れた静寂の籠。
銀の霧に包まれ、風の音すら届かぬ場所に、それは静かにそびえていた。
世界が変わっても。崩れても、ただ一つだけ残される祈りのように。
誰も辿り着くことのできない白亜の塔。
いつからあるのか、誰が造ったのかはおろか、その存在さえも知る者はいない。
その不確かな塔の中でただ一人、眠りにつく少女がいる。
澄み切った肌と、この世のものとは思えないほど艶やかで雪のように白い髪。その身体の全てから人とはかけ離れた神聖さを持つ少女は、夢の底で時の波に身を委ねていた。
溶けてしまいそうなほどに、静かで穏やかな夜。この白亜の塔は一切の汚れを知らない世界。
そこへ、白い光を切り裂くような闇よりも静かな黒い影が現れる。ひび割れた静寂に、ひとしずくの音が落ちた。この空間では異色の存在。完成された塔の中に許されざる来訪者がやってきた。
足音一つすらこの空間の洗練された秩序を壊す。止まっていた時間が動き出したかのように、空気が変わる。足音の主は、黒いローブを羽織った男。
その音に呼応するように、少女の白い指がかすかに動く。
ゆっくりと瞼が開き、深紅の瞳が男の姿を捉える。
記憶という名の扉は閉ざされたまま。ただ目覚めたという事実だけを抱きしめながら、少女は男に問うた。
「……あなたは、誰?」
男は少しの間だけ黙していた。
その沈黙の奥で、言葉にならない感情が息を吐く。
けれど、口から出た言葉は無機質なほどに静かだった。
「お前を____迎えに来た。」
身じろぎもせず彼はただ一言、そう告げた。まるでそれが当然の責務であるかのように。
その低い声が塔の空気を震わせた。
少女は自分が誰かも分からない。何故ここにいるのか、どうして眠っていたのか。そのはずなのに、男の声はまるで魂の奥底を撫でられたかのように、穏やかに心に染み入った。
男は背を向け、扉の向こうへ歩き出す。無感情なその背中が告げる。
「選ぶのはお前だ。俺が道を作る。」
少女には何のことか分からなかったが、男が外へ出ようとしているのに気付いた。
少女の足が自然と動いた。銀の足音が塔の中に響き、夜の中へと染み込んでいく。目覚めたばかりの星のように、心許ない光が二人を照らしていた。
この時、一つの物語がその歯車を動かし始めた。
長い眠りの終わり。
少女は出会う。自身の運命と。
世界は廻る。彼らの願いとは裏腹に、全てを飲み込んでいく。
それは後に続く長い旅の始まり。神の息吹を残した世界で彼らを待つのは、安寧か絶望か。
これは、未来を掴み取る物語。