第29話 アクリルとエウリ
交流会を楽しんでほしい。
という、ルスティの言葉が既に懐かしく思える。
その理由は、今俺たちの目の前にいる魔物が原因だろう。
門の中は創作物でイメージするダンジョンのようなものだった。
以前の修練と似ているが、違うのは魔物が明らかに強いことだ。
初めは弱くて小さな魔物だった。そこから徐々に魔狼やオークといった馴染のある魔物が増えていった。
今は、明らかに巨大すぎる牛の魔物が、道のど真ん中でここは通さないと言わんばかりに座り込んでいる。
「ったく、めんどくさい魔物ばっかりだな」
「……あなたが単独で突っ込むからですよ」
「それの何が悪いんだ? 私が一番多く倒してるだろ」
「私の魔法を待ってくれれば、もっと楽に、早く倒してます」
「あぁ!?」
ただそれより問題なのは、足並みがまったく揃っていないことだ。
アクリルは単独で攻撃を開始するし、エウリはじっくりと敵を見ている。
今のところ問題はないが、今目の前にいる牛の魔物の魔力は明らかに異常だ。
といっても、それがわかっているからこそアクリルも止まっているのだろう。
闇雲に突っ込んでいるように見えたが、そうではないということがわかった。
「ぐるぅ」
「おもち、ちょっと待ってね。――二人とも、いいから落ち着いてくれ。これは交流会で試練じゃない」
「そんな甘い――」
「アクリル、最後まで聞いてくれ」
俺の言葉に、アクリルが口を挟もうとするが強く制止する。
聞き分けはいいらしい。
「俺はアクリルの言う通り一位を目指すことには賛成だ。おてて繋いで仲良くしたところで、今後の為になるとは思えない」
「……わかってんじゃねえか」
「ああ。けど、その為には力を合わせないといけない。それだけは譲れないよ。もし、アクリルが今後も単独行動をするなら、俺は手を貸さない」
ここに来るまではほとんどアクリルの独壇場だった。
けど、あの魔物はそうもいかないだろう。
それがわからないほど、この子は無鉄砲じゃない。
「……じゃあどうすんだよ」
「エウリ、君は魔法使いだ。俺たちよりも魔力感知に長けている。あの牛魔物は見たところ防御も強い。考えがあったら教えてくれないか?」
「…………」
俺の問いかけに、エウリは答えない。
アクリルが無視するなよと言いそうになるが、強く睨んだ。
エウリはこの門に入って来てから、絶えず後ろや左右を警戒してくれている。
物静かではあるが、何もしていないわけじゃない。
ただ静かに自身のやるべきことをやってくれているのだ。
「……頭部の2本の角から魔力を強く感じます。魔物の多くは弱点があります。私たちの心臓のように。おそらく、あれがそうです」
「よし。なら角を狙おう」
「わかったって、それだけで信じるのか?」
「ああ。考えてみてくれ。俺たちの組み合わせは先生たちが決めた。だったら、みんなの能力も理解しているはずだ。普通に考えれば三人の能力を合わせて勝てる魔物だと思う」
俺の答えにアクリルはふんと鼻を鳴らして答えた。
否定はしないらしい。短い時間だが、二人のことがようやくわかってきた。
俺が一番大人なんだ。しっかりしないと。
「おもちがまず攻撃を仕掛ける。そこに俺とアクリルで牛魔物を追撃。いきなり角は狙わない。手足から順当に」
「……私が二人を補助します。攻撃は回避しなくても大丈夫です」
「それは、防御もしなくていいってこと?」
「……はい」
正直、その提案には賛成できなかった。
さっき自分が言った言葉を前言撤回することになるが、足並みはまだ揃っていないからだ。
「ならそれでいこう。私は絶対に一位獲りたいんだ」
「……わかった。アクリルが賛成ならそれでいい。――おもち、頼んだよ」
「ぐるぅ」
しかしアクリルは即答で答えた。
意外だった。
俺の掛け声で、おもちがビュンッと飛び出していく。
そのまま炎の玉を放ち、牛魔物の気を引いてくれた。
間髪入れずに俺とアクリルが飛び出す。
だがそののとき部下――小さな魔物がどこからともなく現れた。
小回りの利く魔犬、魔狼たちだ。
「――魔結界」
「――水結界」
しかし同時に俺とアクリルが二本指を立てる。
彼女の結界は水で形成されている。座学でも知ったが、血液遺伝で魔結界は異なるらしい。
魔結界と違って魔力は多く使うらしいが、その分防御力が高い。
何せ水だ。魔物が攻撃しても破壊するどころが壊すことができないのだろう。
想像通り魔物が脱出しようとすると、水壁に身体が挟まって身動きが取れなくなる。
そのまま魔滅で二体の魔物を処理した。
次に、近づいてきた牛魔物がこん棒をアクリルに振りかぶる。
俺は急いで魔結界を形成しようとするが、アクリルは回避、防御どころか見てもいなかった。
その直後、後ろから「防御」とエウリの声がする。
魔結界でも水結界でもなく、透明な六角形の小さなシールドが出現。
それは驚いたことにデカいこん棒を防いだ。
凄い……。これが、宮廷魔法使い候補の実力なのか。
だがなによりも驚いたのは、アクリルのエウリへの信頼だ。
さっきまで単独行動をしていたのに、さっきの話し合いだけで?
……なるほど。
「アクリル、右腕を頼む。俺は――残りを」
「はっ、頼んだよ最凶!」
水壁が右腕を囲む。
俺は左腕、両足、2本の角を囲んだ。
直後、魔滅。
黒い壁が覆われ、まるで消失したかのように両手足が消える。
だが角はまだ残っていた。
想像以上の防御力。
おもちが攻撃を仕掛けるひるんだところにアクリルが水結界を形成して覆う。
「クライン――とどめを――」
アクリルの読唇術で理解した俺は、水壁の中にふたたび魔滅。
次の瞬間、牛魔物が倒れこんで消失した。
「――よし」
すると後ろからエウリがやって来る。
やっぱり左右や回りを確認していた。
敵を倒しても油断しない。物静かで縁の下の魔法使い。
そして――。
「アクリル、ありがとう」
「……何がだ?」
「一番年上だから、先導しようとしてくれてたんでしょ?」
聞けば彼女は、年齢が一つ上だった。といっても、ある意味では俺より下だが。
さっきの言葉の掛け合いでも思ったが、アクリルは不器用なだけだ。
誰よりも前に出ていたのは、一番危険な前衛をこなしたかったんだろう。
その証拠に、頬をめちゃくちゃ赤らめている。
「ち、違うし! 私が前に出たら一位が獲れると思ったから!」
「その割にはみんなで協力しようって話をしたら、すぐにしてくれたじゃん」
「そ、それが一番早いと思ったからだ!」
「……なるほど、案外カワイイタイプだったんですね」
「ば、バカ! 何いってんだエウリ!」
「水魔法、凄かったですよ」
「……ありがと。――でも、一番凄いのはクラインだろ。あんな魔法、初めてみた。この面子で絶対一位獲らないと先生に怒られる。ほら、いこうぜ」
「ふふふ、ありがとアクリル」
「お、お礼はいらない……」
「……ありがとうアクリル」
「し、しつこいぞ!?」
初めはどうなるかと思ったが、案外いい子たちだ。
それに警戒していただけなのだろう。
俺たちと同じで不合格になるかもしれないと思っているのだから、不愛想になるのも仕方がない。
でも二人ともわかっている。同じ境遇だということも。
ルージュとミリシアも、上手くやってるといいな。
「……クライン」
するとそのとき、エウリが俺の服の袖を掴んだ。「どうしたの?」と訊ねて待っていると――。
「……私は昔から喋るのが苦手です。でも……ちゃんと話を聞いてくれてありがとう」
エウリは、そう言いながらニコリと微笑んだ。
「二人とも早く行こうよ。また変な道だよ」
「ああすぐ行く。――行こうエウリ」
「……はい」




