第五話 夏祭り
これで完結です。
主人公が何者なのかは、最後の会話をヒントにご想像ください。
「そう言えば、夏休み中は薫ちゃん、まだこっちにいるよね?
夏祭りは参加するの?」
この村では、お盆に学校の校庭で夏祭りが行われる。
村の寄り合いで出す屋台を楽しんだり、ダンス部の披露や和太鼓部の演舞があったりして、最後にはみんなで盆踊りを踊る。
「うん、そのつもり。みんなとの最後の思い出だし…。
美香ちゃんは、ダンス部の発表あったよね。必ず見に行くね!!」
分かれ道で美香ちゃんとバイバイして、家に向かう途中、長谷川君と高城さんがバス停に向かうのを見かけた…。
買い物すると言ってたから、駅に向かうのかな…?
そのまま家に帰ろうと思ったけれど、やっぱり何か引っかかる…。
こういう時の第六感は、今までの経験から従った方が良いので、こっそり後をつけることにした。
バスに乗るのかと思ったけれど、二人はバスに乗ることなく、バス停近くの喫茶店に入っていった。
そこは村に唯一の喫茶店で、昔からあるお店だ。
二人は一番奥のソファー席へと向かったので、声が聞こえるように、衝立を隔ててその裏になるテーブル席に座った。
何か、二人以外に年配の男の人の声も聞こえる…?
「だから…竜の子……なんだって」
「それじゃあ……夏祭り……わかった」
「長谷川君が………でしょ?」
「……紫は……するな」
声をひそめて話ししているので、途切れ途切れにしか聞こえないけれど、揉めているようだ…。
紫ちゃんの名前も出て来たし、何だか物騒な予感がする…。
話が終わり、奥の席の人達が出て行く気配がしたので、メニューで顔を隠し、みんなが通り過ぎるのを待った。
足音が過ぎ去り、会計を済ます声が聞こえたので、もう良いかな~とメニューを下げると…目が合った…。
「何でお前がここにいる?」
綺麗な顔が、凍てつきそうな冷たい目で睨んでくる。
「コーヒーが飲みたくなって…?」
呆れたような、思い切り冷めた目で見られた…。
「薫は何もするな。お前が傷つくと、紫が悲しむ。
あれは俺が何とかする」
立ったままだと目立つので、向かいに腰掛けた長谷川君は、あきらめたように話し始めた。
「彼女に何か弱みでも握られて…脅されているの?」
「いいや。勝手に動かれるよりは、中に入り込んで話を聞いたほうが、向こうの動きが分かると思って、相手しているだけだ。
いくら諦めろと言っても、ああいう輩は、聞きやしないからな…」
「そうだったんだ…」
まあ、彼が紫ちゃん以外を優先させることはないと思ったけれど…。
「彼女達は何をするつもりなの?」
「あれがオカルト系ユーチューバーとか名乗って、様々な伝説や怪奇現象などを暴く動画を流しているのは知っているだろう?」
「らしいね…。私、そういうのは苦手で見ないけれど…」
「俺も興味はないが、どういう手を取るのか知るために、いくつか視聴してみた…」
「どうだった?」
よっぽどつまらなかったのか、彼はすごく疲れた…というため息をついた。
「ほとんどが作り物のヤラセ映像ばかり…酷いものだった…。
しかも、その後が更に悲惨で、奴らが動画配信した後は、それを信じたり面白がった奴らがその地を訪れて、禁域だろうが私有地だろうが構わずに、同じように荒らしまくる…。
この土地を…あの紫龍の滝を、あんな奴らに踏み荒らさせるわけにはいかない」
「…で、長谷川君はどうするの?」
長谷川君の覚悟を確認するように、その琥珀色の瞳を見つめた。
「あいつらは、夏祭りの日…みんなが学校に集まる日に、鎮守の森に入るつもりだ…」
「分かった。私も大切な紫ちゃんとの思い出の地を守る」
「お前は何もするなよ!!あいつらぐらい、俺が何とかするから…」
何か仕出かしそうな不穏な空気を感じたのか、長谷川君が念の為、釘を刺してきた…。
「ねえ、何で紫ちゃんに相談してあげないの?彼女、長谷川君がこそこそ動くから不安に感じているよ」
「おいっ、紫にだけは言うな!!」
どんな時も冷めた長谷川君にしては珍しく、焦った様子で止めてきた。
「何で、彼女ならあれぐらい自分で片付けられるよ」
「紫は駄目だ…あいつを目覚めさせたら…」
長谷川君は、何か言いかけて、グッと言葉を飲み込んだ。
「とにかく、あのユーチューバーは俺が片付けるから、お前は紫に付いていてくれ。
終わったら、俺も祭りに駆けつけるから…」
長谷川君は、これ以上何も話すことはないという感じで、口を閉ざした。
「分かった…。でも…どうしても見過ごせないと思ったら、私も動くからね。
ごちそうさまでした~」
私はお会計の紙を長谷川君に渡し、席を立った。
「おい、何、会計をしっかり人に押しつけてるんだよ!!
しかも何で、あの短時間でしっかりパフェまで食ってるんだ!?」
長谷川君が支払いを済ませている間に、遠慮なく私は先に店を出た。
ーそして、夏祭り当日ー
私はおばあちゃんに着せてもらった、紺地に朱色の鬼灯模様の浴衣を着て、夏祭りに参加した。
紫ちゃんは、いつもと同じ紫色だけれど、夏らしく朝顔柄の木綿の浴衣を着ていた。
いつもは垂らしたままの髪を、ポニーテールにしているのもかわいい。
紫ちゃんを抱っこしたまま、二人でクラスメイトの発表を見て回ったり、屋台巡りをして楽しんだ。
もうすぐ祭りのフィナーレの盆踊りが始まるという時間になっても、長谷川君と高城さんは現れなかった…。
「薫、せっかくの夏祭りだが、妾には行かねばならぬところがある…」
「うん、そう言うかな~と思ってた。
長谷川君は、ちょっと私達を見くびりすぎよね」
私は申し訳なさそうにする紫ちゃんに、ウインクし、紫ちゃんを抱え直した。
「じゃあ、行こうか」
軽い浮遊感の後、私達は滝壺の前にいた。
そこには、ある意味想像通りの…そして、一部想像を超えたものが存在した…。
恐怖に青褪めた顔をした高城さんと、腰を抜かしたのか、カメラやマイクなどの機材を持ったまま動けなくなったオジサン達。
それに明らかにハリボテと分かる紫の龍。
暗闇の中、映像を加工すれば誤魔化せるのかもしれないが…実際に見れば明らかに作り物だと分かる、お粗末な出来だ…。
そして、その前には、本物の青い龍がいた…。
「あれ…もしかして妾のつもりかえ?
あまりにも…酷いのう…」
紫ちゃんがその場の緊迫感に合わない、呆れた声をあげると、それでみんな意識を取り戻したようだ。
「竜子姫、助けて!!私達、それらしい映像が撮れたら、それで良かったのに…本物の龍が出てきて…」
撮影用なのだろう…また転校してきた時のように、ピンク頭に戻った高城さんが、助けを求めてきた。
「それを妾に言うのかえ?
勝手に人の住処に立ち入っておいて…」
「ごめんなさい。私有地に勝手に入ってごめんなさい。
もう2度としないから、助けて!!」
紫ちゃんは、彼等には全く興味がないようだ。
高城さんの嘆願は無視して、真っ直ぐ青い龍を見た。
「全く、いらぬ心配を掛けおって…。
そなたらに興味はないゆえ、さっさとこの地から去ね」
高城さん達は、紫ちゃんに言われるままに、その場から立ち去ったけれど、何かカメラマンのオジサンがこちらをチラッと振り返っていたのが気になった…。
「蒼、何故妾に相談せなんだ?
しかも、その美しい姿を、あのような者達に見せるとは…」
青い龍は申し訳なさそうに、キュッと丸まった。
「最初は、適当にらしき映像を撮らせてから、機材を破損して使えなくするだけのつもりだったんだ…。
でも、あいつらそれだけじゃ物足りず、紫のことを動画に上げて晒そうとか言い出して…。
だから殺してやろうと思った…。
あんな奴らに、紫が虚仮にされるのは…どうしても我慢できなかった…」
ポツポツと説明しながら、許しをこうように、紫ちゃんに体を擦り付ける。
「ごめん…紫の手を煩わせて…。
紫の眠りを妨げたくなかったんだ…」
シュンっとなる青龍にため息を付きながら、あきらめたように紫ちゃんは呟いた。
「とりあえず…一旦解き放ったが、まずはあれらの口止めをせねばならぬな…」
「あの~っ」
何だか2人の世界に入って忘れられているようなので、声を掛けてみた。
「ああ、薫…放置して済まぬのう。
見ての通り、いまちょっと取り込んでおるゆえ、ちょっと待っていてたもれ」
紫ちゃんが申し訳なさそうに謝る横で、青い龍はフンっと鼻息を鳴らして、目を逸らした。
「いいえ、早いうちに話しといた方が良いと思ったので声を掛けたのだけど…さっきのカメラマンの人、ここに隠しカメラを仕掛けて行ったよ」
「「なに!?」」
二人はすぐに周りを見回し、仕掛けられたカメラを見つけた。
「あっ、それはそのままで。私に良い案があるから…」
それから、しばらくして夏休みは終わり、私はニューヨークへと旅立った。
もちろん残りの夏休みは、紫ちゃんや長谷川君、クラスのみんなとも出掛けて最後の思い出作りをした。
おばあちゃんの腰も完治して、今では無理のない範囲で農作業も行っている。
高城さんは、もともと天岩戸高校には一学期の間だけいる予定だったらしく、夏休み明けには既に転校していた。
彼女達がこの村で撮った『伝説の眠る竜』の映像には、何故か彼女達がヤラセを仕組んでいる様子が映されており、今までの配信映像も作られたものだったのでは?と炎上した。
そして、これまでに彼女達の動画によって被害を被った人達からの訴訟も起こされ、いま彼女達は大変な状態のようだ…。
ーあの後の3人の会話ー
「どうやって、カメラの映像を取り替えるんだ?」
「それは企業秘密です」
「そう言えば、薫はどうやってここまで妾を連れて来たのじゃ?」
「それも企業秘密です」
「何で、お前、俺の龍体を見ても平気な顔をしてるんだ?」
「ある意味、龍は見慣れているから…?」
「薫は不思議な存在じゃのう…何より、薫からは、この世界に住む人間の匂いがしないからのう…」
「うっ…、それも企業秘密です…」
「それにしても、薫。
あのユーチューバーのピンク頭見て、嫌そうな顔をしていたな…」
「ピンク頭に、いい思い出がないので…」
「そう言えば、眠る竜の子を起こしたら、どうなるの?」
「藪から棒に、なんじゃ…?
薫、都合が悪くなったから、急に話を変えたのかのう?」
「・・・・」
「こいつ…寝起きはすごく機嫌が悪いんだ…。
それこそ無理矢理起こしたりなんかしたら、村1つ崩壊させるくらい…。
だから煩いハエが寄ってきたら、俺が払うようにしている」
「今回は、払えてなかったがのう…」
「ごめん…」
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