第四話 女子高生ユーチューバー莉依奈
桜の花が散り、藤の季節も終わり、今は紫陽花が美しい。
何だかんだで、天岩戸高校に来て2か月半が過ぎた。
その間には、親睦を深めるための遠足などもあった。
もちろん、紫ちゃんと長谷川君は遠足でも色々やらかしたけれど、通常運転だ。
あの二人とつるむことが多いせいで、多少引かれてはいるが、それでもクラスのみんなとは普通に話せるようになった。
今は昼休憩の時間、紫ちゃんを膝に乗せ、みんなとお弁当を食べている。
最初は、みんなから敬遠されていたため、3人で食べていたけれど、せっかく短い期間でもクラスメイトになったのだ。
他のみんなとも仲良くなりたい!!
と言うことで、遠足で打ち解けたのをキッカケに、他の子達とも一緒にお弁当を食べるようになった。
長谷川君は加わる時もあれば、ふらっと一人何処かに行ってしまうこともある。
紫ちゃんは会話には加わらないけれど、私の膝にちょこんと座り、私が作ったお弁当を黙々と食べている。
私のお弁当を、あまりにも紫ちゃんが見るので、「食べる?」って聞いたら、嬉しそうに『コクン』と頷いた。
そして卵焼きを頬張った後の笑顔があまりにも可愛くて…それ以来、紫ちゃんのお弁当も作っていくようになったのだ。
「知ってる?今度有名な女子高生ユーチューバーの莉依奈が転校してくるらしいよ」
「え~っ!!莉依奈って、あの美少女ユーチューバーの?
うちの学校、人数少ないのに顔面偏差値が高すぎない!?」
「また中途半端な時期に突然だね。何で、転校して来るんだろう?」
「何でも、うちの村に伝わる伝説を調べるために本腰を入れて、わざわざ転校して来るらしいよ…」
「伝説って…?」
「薫ちゃんは、外から来たから知らないか…。
この村にはね、昔から言い伝えられる龍神伝説があるの。
この村の龍神様は、子供の姿でずっと眠っておられて、その間、村は五穀豊穣に恵まれ、繁栄するという伝説」
「もし起きてしまったら、どうなるの?」
「それは、私も聞いたことがないな…。
たぶん、あのお話には続きがあると思うんだけれど…。
ただ、眠る竜の子を、決して起こしてはならいとは、昔から言い伝えられているよ」
「そうなんだ…紫ちゃんは知ってる?」
「さあ…」
紫ちゃんは生返事をしただけで、食べるのに夢中で…話を聞いていなかった…。
「初めまして、今日から皆さんのクラスメイトになる高城莉依奈です。
オカルト系ユーチューバーやってます。
みんな仲良くしてください!!」
転校してきた高城さんは、確かに都会の学校から来たという感じで、何かあか抜けていると言うか…騒々しかった…。
まず、派手なピンクの髪を、上の方でツインテールにして、急だったからか、前の学校の制服なのだろう…アニメに出てきそうな感じの制服をミニスカートで着こなしていた。
ちなみに天岩戸高校の制服は、女子は昔ながらのセーラー服で、男子は詰襟だ。
私は、短期間なので購入はせず、学校で卒業生の制服を貸してもらっている。
『ユーチューバーだって…』
『俺、見たことあるよ。オカルト系のユーチューバーやってる子だよ。実物の方が可愛い!!』
『都会の有名人が何で、こんな山奥の高校に?』
「私、あの後ろのイケメンの隣の席が良いです!!って…何なの!?
何で、高校生のクラスに着物来た美幼女がいるの!?
しかも金髪青い目の美少女留学生もいる!? 私、こんな髪型してるのに、あの中に混じったら全然目立たないじゃない??」
もう、クラスのみんなには見慣れた光景なので、騒ぎ立てるほどの事ではない。
そのため、初っ端から転校生の騒々しさに、ちょっと引いてしまった。
「あの…高城さん。あなたの席はこっちに用意してあるので、大人しく着席してくれるかな。
それと今日は良いけれど、明日からはちゃんとうちの制服を着てくるように。
あと、うちの高校、毛染めは校則違反だから…」
「え~っ、前の席なんて嫌だな。
それに、この髪も服装も私のトレードマークなのに…。
先生、あの人達は良いんですか?」
転校生がぶちぶち不満を述べながら、私達の方を指差してきた。
「彼等の髪や目の色は天然だし、竜子姫の着物登校は、村で許可されています」
「彼女、竜子姫と言うんですか??
そもそも、何故幼女が高校の教室にいるんですか?」
それは私も初めはそう思っていたけれど、この教室で過ごしているうちに気にならなくなった。
「幼く見えるかもしれませんが、竜子姫は高校生ですよ」
先生がそう言うと、他のクラスメイト達も助け舟を出すように、彼女を口撃した。
「そうそう、私達、みんな幼稚園からずっとクラスメイトだもの。
確かに、竜子姫は昔からこの姿で全然変わらないけれど…ずっと一緒のクラスにいたよ」
「見た目は幼女のように見えるかもしれないけれど、私達は仲間なのに…酷い…」
「人には、それぞれ他の人には聞かれたくない事情もあるのに…」
「幼女だなんて言って、誠に申し訳ありませんでした」
散々みんなからの冷たい視線に晒された高城さんは、結局、紫ちゃんに謝り、翌日からは髪の色も普通に戻して、セーラー服で登校して来た。
それから、一ヶ月経った現在…。学校は今日で一学期が終わり、これから夏休みに入る。
「長谷川君、今日帰りに買い物行くの付き合って!!」
「蒼は妾を送るという役目があるから、そなたとは帰らぬ」
「竜子姫には、内田さんがいるからいいじゃない。
いくら許嫁といっても、まだ学生なんだから自由にさせてあげなよ。
そもそも今時、許嫁なんて時代遅れだと思う。自由恋愛の時代だよ」
高城さんは、余程自分に自信があるのか、長谷川君に積極的にアピールしていた。
私もつい最近まで知らなかったけれど、実は紫ちゃんと長谷川君は許嫁の間柄らしい。
どう見ても、単なる主従関係だけど…。
「紫、薫と帰っておいて。俺はこいつと帰るから」
不思議なのは、あの長谷川君が、高城さんに従っていることだ。
どう見ても、好意で付き合っているようには見えないんだけれどな…。
確かに彼女は、有名人なだけあって可愛いけれど…紫ちゃんの規格外の美しさを見慣れている彼が、そんなものに靡くとは思えないし…。
「紫ちゃん、帰ろうか」
私が紫ちゃんを抱えると、クラスメイトの美香ちゃんが荷物を持ってくれた。
「私、同じ方向だから、薫ちゃんの荷物持つよ」
紫ちゃんの荷物は、長谷川くんが既に持って帰っていた。
紫ちゃんは地面を歩くのを嫌がるのと同じように、自分の持ち物に他人が触れることを好まない。
長谷川君は、それが分かっていて紫ちゃんの荷物だけ持って帰ったのだろう…。
そういう気遣いは出来るのに、置いていかれた紫ちゃんが、こんな不安そうな顔をしていることには気付けないのだろうか?
「薫ちゃんもせっかくこのクラスに馴染んだのに、あと一ヶ月でニューヨークに行っちゃうんだね…」
3人で帰りながら話ししていると、美香ちゃんがしみじみと寂しげに呟いた。
「うん、でもおばあちゃんも住んでいるし、また遊びに来るよ。
私、日本人なのに、この見た目でしょ?
昔は、英語も全然喋れなかったから、勝手に期待されて、がっかりされて…結構辛かったんだ…。
お父さんの転勤はちょうどいい機会だから、向こうの学校でしっかり勉強して、ペラペラになって帰ってこようと思うの」
私の見た目は金髪に青い目と、見るからに日本人ではない。
お父さん、お母さんは黒髪黒目の日本人で、私と似ているところは、欠片もない。
それもそのはずで、私は赤ん坊の頃に施設の前に置かれていたそうだ。
赤ん坊の養子縁組を望む人は、自分達の子供として育てたい人が多いため、明らかに血の繋がりがないと分かる金髪青い目の赤ん坊の私は、なかなか養父母が見つからなかったと思う…。
そんな中、私を引き取ってくれた両親や、孫として可愛がってくれた祖父母には、本当に感謝している。
この優しい人達に守られた世界はとても安心できて平和だった。
でも世間の目は厳しくて…小さい頃は、幼くて分からないと思ったのか、周囲の関係ない人達に、色々言われたし傷つきもした。
家族に守られてるだけでは駄目だ!!自分でも対抗できる力をつけなきゃ!!と思って、必死に英語を勉強しだしたら、お父さんのニューヨーク転勤が決まった。
もしかしたら、私の葛藤に気付いていたのかもしれない…。
まあ、この村に来てからは、ぶっ飛んだ人が多すぎて、私ぐらいの容姿では、特に誰も何も言わないけれど…。
「竜子姫はこんなに薫ちゃんと仲良しなのに、離れても寂しくないんですか?」
美香ちゃんが尋ねると、紫ちゃんは私に抱っこされたまま、不思議そうに首を傾げた。
「離れると言っても、飛んで行けばすぐ会えるじゃろうし、瞬きをする間に帰って来るのじゃろ?
この前も、遊びに来るよう誘ってから、来るまでに少し間があいたが、薫は来てくれたからのう…」
紫ちゃんの飛ぶは、飛行機のことなんだろうか…?
それに入学式の後に、滝壺の前で会って以降は、学校以外で会っていないんだけれど…。この前って、いつのことを指して言っているのだろう…?
「う~ん、竜子姫のお家は裕福だから、私達庶民と違ってニューヨークにも夏休みとかに気軽に行けちゃうのかな~。羨ましい」
そんな話をしている間に、長谷川家に着いた。
今日は長谷川君がいないので、お爺さんが代わりに出迎えてくれた。
たぶん長谷川君が連絡を入れておいたのだろう。
実は紫ちゃん、長谷川君か、私、そして長谷川君のお爺さんにしか抱っこされたがらない。
紫ちゃんに聞いたところ、長谷川君のお爺さんが今の爺なのだそうだ。
紫ちゃんを長谷川君のお爺さんに預け、美香ちゃんから荷物を受け取ると、私達は長谷川家を後にした。
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