第二話 鎮守の森
「薫は特別に紫と呼んでも構わぬ」
何だか上から目線の幼女だな…。
でも、それが似合うのだから仕方ない…。
「じゃあ、お言葉に甘えて紫ちゃんって呼ぶね」
「紫ちゃん…?初めて聞く呼び名だが、薫に言われると何だか良いのう」
美幼女が花が綻ぶように微笑むと、破壊力が半端ない…。
思わず、目が眩んでよろけそうになった。
それは周りにも、様々な波紋を呼んだようで…
「竜子姫が微笑まれた…?」
「なんて神々しい…家族に報告しないと…」
「初めて見た…信じられない…」
「美幼女の微笑みいただきました…たぎる…」
何か、犯罪者も混じっていたようだけれど…。
「紫、いい加減にしろ。お前が普段と異なる行動をすると、皆が懸念する。
あまり周りを動揺させるな」
長谷川君は、相変わらず無表情のままだ。
どちらかと言うと、少し怒りを感じるくらいだ。
彼も微笑んだら、さぞかし魅力的だろうに…。
「蒼は怒ってばかりで…ほんに、つまらぬ男よのう…。
でも、久しぶりに動いたら疲れたゆえ、妾はしばし眠る…運んでたもれ…」
「あっ!!寝るな紫!!せめて、教室に着くまでは我慢してくれ!!
お前、眠ると本来の重さに戻るから、すごく重いんだよ~!!」
紫ちゃんは長谷川君のお願いなど、右から左へ聞き流し、眠ってしまった…。
天使の寝顔、可愛い!!
長谷川くんは、本当に重そうな顔をしている。
確かに眠った人を運ぶのは、起きている人を運ぶより重いと言うけれど、あんな幼い子を運ぶのがそんなに大変なのだろうか?
教室の席は、何故か後ろに3席だけポツンと並んだうちの窓側の席が私の席で、その隣が紫ちゃん、そのまた隣が長谷川君だった。
今は紫ちゃんが眠っているので、長谷川君に抱えられた状態だ。
紫ちゃんが眠っていて、それを長谷川君が抱っこしていても、特に誰も何も言わない。
後々分かったことだが、このクラスのみんなにとって、その光景は通常仕様だった。
教室に戻ってからは、明日からの授業の流れ、学校での決まり事などが話され、早々に解散となった。
紫ちゃんはまだ眠っていて、長谷川君が嫌そうな顔をしている。
明日は新入生オリエンテーションということで、クラブ紹介などが行われるらしい。
私は短期なのと、おばあちゃんのお世話があるので、帰宅部の予定だ。
長谷川くんと紫ちゃんも帰宅部だそうだ。
二人は、今までクラブ活動などしたことがないとのことだった…。
私が通っていた中学校では、強制的にどこかの部に所属しないと駄目だったけれど、この村の中学校は良かったらしい…。
「長谷川君はまだ帰らないの? 両手ふさがっているし、帰る用意するの手伝うけれど…」
みんなとっくに帰ったのに、全く動こうとしない長谷川君に声を掛けた。
ちなみに、私はある意味転校生のようなものだけれど、この2人と一緒だったためか遠巻きに見られ、挨拶以外話しかけられなかった…。
ちょっと寂しい…。
せめて途中まででも、この二人と一緒に帰ろうと声を掛けた。
「こいつが起きてからでないと…さすがに寝た状態で抱えて帰るのは無理かな…」
長谷川君は、嫌そうな顔をしたけれど、紫ちゃんを無理矢理起こそうとはしなかった。
口は悪いけれど、幼ない子を気遣う優しさはあるようだ…。
「紫ちゃんのお家、遠いの?」
「俺と一緒。ここから歩いたら15分くらいだな」
「何となく似ているけれど、二人は親戚か何か?」
二人とも無表情だけれど規格外の美形だし、琥珀色の瞳がよく似ている。
「いいや、紫は両親と離れて暮らしているから、うちで預かっているだけだ。
もともと長谷川家は紫に仕えるための家だからな…」
…紫に仕える?鬼龍院家に仕えるという意味だろうか?
この辺の地域の歴史について特に調べてこなかったけれど、鬼龍院家は、ここのお殿様か何かなのかしら?
村長さん家が仕えるとなると、そんな感じよね…。
「うう~ん…終わったかえ?」
長谷川君と話ししているうちに、紫ちゃんが起きたようだ。
「ああ、起きたなら帰るぞ」
長谷川君が、2人分のカバンを持って、紫ちゃんを抱え直そうとすると…
「薫も一緒に帰ろう」
紫ちゃんが、私に向かって手を伸ばしてきた。
実は、長谷川君があまりに重そうにするから、どれくらいの重さなのか気になっていたのだ。
私も手を伸ばし、紫ちゃんを抱えると…。
「えっ…!!」
思わず自分の腕の中の天使を二度見した。
「全然重さを感じないんですけど…何で?
長谷川君、これで重いと言っていたの?」
高校生男子のくせに…と思わず侮るような目で見てしまった…。
「違う!!こいつ人を見て重さを変えてくるんだよ!!
俺相手だと手加減しないから、すごく重いんだ!!」
「すごく重いって、どのくらい?」
人によって重さを変えるなんて、そんな器用なこと出来るわけないじゃない。
胡散臭く思いながらも、一応聞いてみる。
「少なくとも象よりは重い」
相変わらずの無表情で、真剣に答える長谷川君。
「こんな可愛い女の子がそんなわけないでしょう!!」
「蒼は自分が軟弱なのを妾のせいにして、ひどいのう」
紫ちゃんが甘えるように、私に抱きつくけれど、本当に羽根のような軽さだ。
逆にこんなに軽くて大丈夫かと、心配になるくらい…。
結局、私が紫ちゃんを抱っこしたまま長谷川君の家まで送り、長谷川君は3人分のカバンを持って帰ることになった。
「いつも長谷川君が抱っこして登校しているの?」
ちょっと疑問に思ったので、聞いてみた。
「そんな事はない」
「普段は飛んで帰るからのう」
???飛んで帰る…?
「紫は、地面を歩きたがらない…。
だから、普段は祖父が車で送り迎えしているだけだ。
…紫の言う事は…気にするな」
「どうして?歩くの嫌い?あまり歩かないと筋肉が衰えちゃうよ」
こんな幼いうちから、歩かずに抱っこばかりで移動しているのは、ちょっと問題だ…。
「大丈夫。地を歩くと穢れるからしないだけ…。
本来の姿で身体は動かしているので、心配いらぬ」
腕の中の紫ちゃんが、微笑んで見上げて来た。
本当に天使だ。普段無表情なので、ギャップが凄い。
「お前、本当に俺に対する扱いとの差が酷いな」
長谷川君が不貞腐れた顔で言う。
「薫は、蒼と違って可愛いからのう」
紫ちゃんがコロコロと笑いながら答えた。
幼女に可愛いと言われるのも微妙な感じだけれど、紫ちゃんだと気にならない…と言うか、見た目は幼いのに、中身が…たぶん私よりだいぶ上な気がする…。
紫ちゃんを家まで送り、門の所で長谷川君に預け、代わりに自分のカバンを受け取った。
長谷川君の家は、裏に『鎮守の森』と呼ばれる大きな森が広がる場所に立つ、とても大きな日本家屋だった。
昔ながらの庄屋さんのお家といった感じだ。
門構えも立派で、門から玄関までに広い庭があったのだけれど…そこは何故か建物とは不釣り合いの何もない白砂だけだった。
そして、そこには何かの足跡のような…でも鳥にしてはデカすぎるし、熊にしては鋭い鉤爪で引っ掻いたような…微妙な跡があった…。
今日は式だけだったので、まだ時間が早い…。
おばあちゃんは今日はリハビリで病院に行ってるので、帰って来る夕方までは、まだ時間がある。
私は、おばあちゃん家に向かおうした足を止め、裏の森の方へと向かった。
何故か、あの場所を訪ねてみたくなったのだ。
私が幼い頃に落ちた滝壺。
確か鳥居をくぐり、この森の中を真っ直ぐ奥に入っていった所にあったはず…。
水の落ちる音が聞こえるから、この道で合っていると思うけれど…。
まだ昼間なのに、森の中は少し薄暗く、ちょっと肌寒く感じた。
水の音がする方に近づいて行くと、一気に視界が開け、結構勢いのある滝が見えてきた。
週末、大雨が降ったので水量が増えているようだ。
水が太陽の光に反射して綺麗。
まだ、水遊びするには早いけれど、夏場になったら気持ち良いだろうな~。
たぶん、幼い頃の私もそうやって水に惹かれ近づいて…滝壺に落ちたのだろう…。
あれは、まだ5歳の夏休みのことだった…。
神社があるわけでもないのに、村の人達から『鎮守の森』と呼ばれている森。
大人達に「あそこは神様がおいでになるところだから、勝手に入ってはいけないよ」と言われていたのに、遊び相手もおらず、退屈した私は行ってしまったのだ。
親にも止められていた、『鎮守の森』に…。
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