第一話 竜子姫
こちらの小説はアルファポリス様には『竜子姫』のタイトルで投稿しております。
五話完結
『眠る竜の子を起こしてはならない。
眠る竜の子は、五穀豊穣をもたらし、村を繁栄させるだろう。
ただし、決してその眠りをさまたげてはいけない…目覚めた竜の子は…』
「じゃあ薫、おばあちゃんのこと、頼んだわよ」
「了解。私のことは心配しなくても大丈夫だから、お父さんと第二の新婚生活を楽しんで」
父のニューヨーク転勤が決まったタイミングで、祖母が腰を痛め、介護が必要となった。
ただ幸いなことに、半年程で完治するらしく、私はその間だけ、祖母のお世話をしながら山の学校に通うことになった。
元は両親と一緒にニューヨークに行って慣らしてから、9月スタートの地元の高校に行く予定だった。
まあ人見知りとかしないタイプなので、入学式までに間に合えば良いし、ギリギリだけど、おばあちゃんのお世話が出来て運が良かったと思う。
両親を見送った後、私はそのまますぐに三重の山奥にある祖母の家へと向かった。
何せ、新幹線、ローカル線、ローカルバスを乗り継ぎ、更にそこからかなり歩くので、早めに出ないと、暗くなった山道を歩かなければならなくなる。
荷物は、既に送ってあるので、身一つで行けば良い。
早めの行動を心掛けたので、祖母の家の最寄りのバス停に、四時までに着くことが出来た。
さあ、歩くぞ!と気合を入れたところで、プップーと車のクラクションが鳴った。
「君、千代子さんところのお孫さんでしょ?
私はこの村の村長の長谷川です。
千代子さんに、孫が来るから迎えに行って欲しいと頼まれたんだ。送るから乗って」
そう言って声を掛けてくれた人の良さそうなお爺さんの隣には、見たことないような綺麗な男の子が座っていた。
サラサラの青みがかった黒髪に、透きとおるように白い肌。
色白だから、左目の下にある泣きぼくろがよく目立つ。
瞳は珍しい琥珀色をしていた。
一瞬瞳孔が縦長に見えた気がしたけれど…気のせいだろう…。
「あっ、この子はうちの孫の蒼。
無愛想だけど、良い子なんで仲良くしてやってね。
君と同じ高校で…うちは各学年1クラスしかないから、必然的に同級生だね」
長谷川さんは朗らかに笑いながら紹介してくれたけれど、お孫さんは少し首をすくめただけで、声を発することもなく目を逸らされた。
ちょっと、とっつきにくい感じだな…。
おばあちゃんの知人だし、安心だと思ったので、家までは、長谷川さんの車で送ってもらうことにした。
別に危機管理能力なく、適当に言っているわけではなくて、私は昔から第六感というのが働く。
昔と言っても、生まれつきではなく、子供の頃、ここで…おばあちゃんの所に遊びに来ていた時に、滝壺に落ちてからだ…。
その時の記憶は曖昧だけれど、たぶんそこで誰かに会って、助けてもらった気がする…。
それから何故か、危険を事前に察知する能力がついたようだ…。
例えば…どうしても朝から気分が優れなくて休んだ日に限って、給食で食中毒が出たり、何となく違う道から帰りたくなって、他の道から帰ったら、いつもの帰り道に変質者が出ていたり、何となく嫌な予感がして電車の時間をずらしたら、乗る予定だった電車が事故にあったりという感じだ…。
今回、おばあちゃんが腰を痛めた時も、本当はお母さんが残るはずだった。
でも、何となくここに呼ばれている気がして、私が残ることにした。
「薫ちゃん、遠い所よく来てくれたね。
茂さん、送ってくれてありがとうね」
おばあちゃんは腰を痛めているのに、玄関前で待っていてくれた。
「千代さんのお願いを聞かないわけにはいかないからね。薫ちゃんも、またね」
「長谷川さん、送っていただきありがとうございました」
長谷川さんは笑顔で手を振り帰って行った。
となりの男の子は席に座って前を向いたまま、結局一言も発さなかった…。
春休み中は、おばあちゃんの家事を手伝ったり、家の近くを散策したりして過ごした。
子供の時に落ちた滝壺も気になったけれど、何となく今はまだその時じゃない気がして、そこまでは足を延ばさなかった。
そして迎えた入学式。
この高校の子達は、幼い頃からずっと持ち上がりで来ている子がほとんどだ。
ワイワイと久しぶりの再会にみんなが盛り上がる中、1人部外者なため視線が集まりちょっと緊張した。
でも、そんな緊張をもぶち壊す光景が、ここにはあった。
でも、みんな何も言わない。えっ…何で普通に話しているの?
「はい、ではこれから入学式を始めます。と言っても、みんなよく知る顔ばかりなので、長い話は無しにして、みんな高校でもしっかりと学び、楽しい高校生活を送るように。
じゃあ、内田さん、挨拶をお願いします」
校長先生も村の人なので…適当だ…。
あらかじめ、今日みんなに挨拶することは言われていたから、準備しているので良いけれど。
でも…どうしても目の前の2人が気になる…。
この村に引っ越して来た時に会った長谷川君が、無表情のまま着物を着た美幼女を抱っこしている…。
なぜ、高校の入学式に幼女がいるの?とか、なぜ、彼が抱っこしてるの?とか疑問が次々浮かぶ。
でも誰もその事を突っ込まないので、見て見ぬふりをするのが、この村では正解なのだろう…。
古典柄の濃い紫の着物を着た幼女は、紫がかった長い黒髪を背に流し、前髪は眉にかからないくらいで真っ直ぐに切り揃えられている。
その瞳は長谷川君と同じ、綺麗な琥珀色をしていた。
この村、本当に人間離れした美形が多いな。
何故か無表情だけれど…。
「え~っ、内田薫です。訳あって夏休みが終わるまでの短い間ですが天岩戸高校に通うことになりました。
皆さんと一緒に高校生活を楽しみたいと思います。よろしくお願いいたします」
無難に挨拶をして頭を下げ、再び上げると、目の前に美幼女が立っていて…驚きのあまり仰け反りそうになった…!!
いつの間に来たの?音しなかったよね???
謎の美幼女は無言で、手で私に屈むよう指示した。
とりあえず、それに従って腰を低くすると、両側から頬を抱えるように手を添えられた。
その冷たさに、反射的に引こうとしたけれど、そんな強いわけではないのに、しっかりと掴まれていて、彼女の手を外すことは叶わなかった。
「薫は相変わらずセルロイドのようで愛いのう」
幼女とは思えない、おばあちゃんのような話し方?
でも、このセリフ、昔にどこかで聞いたことがあるような…?
確か…セルロイドの意味が分からず、お父さんに聞いた覚えがある。
「紫いきなり動くな。皆が驚くだろう」
長谷川君が、呆れた様子で、こちらに向かって来た。
美幼女の名前はは紫ちゃんというらしい…。
「せっかく薫が来てくれたのに…一番に挨拶せねばならぬだろ?」
何故…?彼女は生徒会長か何かなのだろうか?
「会った時から、何か臭いと思っていたら、お前のお手つきか?」
えっ…私、あんな車の中に居ても分かるくらい、臭かったの?
いったい、どんな匂いがするの?
臭いから、最初から避けられていたの??
「蒼が要らぬことを言うから、薫が混乱しておるわ。
他の者には匂わぬから安心するが良い。妾の香りがするだけぞ」
どうして私から紫ちゃんの匂いがするの?
私達、初対面よね。
それって、どんな匂いなの?
一人困惑した状態のまま、入学式は終わり、みんな教室へと移動した。
私の隣には、何故か長谷川君と長谷川君に抱っこされた紫ちゃんがいる…。
「まだ腑に落ちぬ顔をしておるのう。何か妾に聞きたいことがあれば、何でも聞くが良い」
「では、まず…お名前を聞いても?」
「そう言えば、薫に名乗るのは初めてかえ?
妾は鬼龍院紫。皆は竜子姫と呼ぶ。」
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
竜子姫の話し方は、何となくの感覚で書いております。
違和感を覚えられたら、ご指摘ください。
よろしくお願いいたします。