9話 プリン
放課後、校門前で羽依さんが待っている。
用がない時は大抵一緒に帰る。
なんか恋人みたいだと思うけど、羽依さんは全くその気がないようだ。
恋人ってなんだっけ?
エッチしたら恋人なの?
いや、一緒に下校してるだけの恋人だっているだろう。
「羽依さん、本当にモテるね。モテ分、分けてほしいよ。」
「嬉しくないよ? 一緒にいたいと思えない人とは、友達にもなりたくないの。」
あら、わりと辛辣だ。
ガードが緩そうに見えてしまうのは、普段の雰囲気のせいか。
確かに男友達はいなさそうだ。俺以外の男と話してるのは、見たことないかも。
「私ね、中学の時にしつこく付き合おうって言われてたことがあってね。」
何か深刻な話なのかな。話す表情がちょっとだけ暗くなっている。
「やっぱり好きじゃない人と付き合うことなんてできなくてさ、何度もごめんなさいって言ったの。そしたらさ、『だったらなんで気のある素振りしてたんだよ』って。そんなつもりなかったのに…」
羽依さんの声が少し詰まる。思い出しちゃったんだな。
「羽依さん、今日お暇? 昨日プリン作ったんだ。よかったら食べに来ない?」
「いく!」
ぎゅっと腕を組んでくる羽依。存在感のある胸がぎゅーっと押し付けられる。
この感触を味わえるのは、きっと今のところ俺だけの特権かな。
嬉しいけども、彼女にしてみたら友達の距離感なんだろうな。男として見られてないのかも。負けるもんか。
入学初日以来の我が家へのご招待。
「そーまの部屋、すっごい片付いたね。男の子っぽくてカッコいい!」
羽依さんは目をキラキラさせている。俺の趣味全開なアイテムは、すべて実家に置いてある。
部屋の中だけでも高校デビューだ。狭いからこそ、必要最低限のものだけにしておきたい。
「エッチな本ないの?」
「ないよ!?」
「な~んだ。」
健全な男子は、みんなそういうものを持っているに違いない、という偏見が彼女にはあるようで。
「見たかったの?」
「ううん? あ、うーん……ううん?」
自分の中で葛藤があるらしい。しばらく悩んだ末、結局「いらない」という結論に至ったようだ。
「飲み物は何が良い? 色々あるよ。コーヒーに紅茶、ココアなんかも。」
「コーヒーが良いな。」
てっきり甘党だと思っていたから、ココア一択かなと思ってた。コーヒー好きなら、ドリップの良いやつを入れてあげよう。
自家製プリンにホイップクリームをトッピング。カラメルは失敗すると苦くなるけど、今回はうまくできた。
「さあ、プリンをお食べよ!」
「いただきまーす!」
反応にドキドキする。羽依さんはまたもや大きい目を更に大きくして──
「おーいしー!」
もう満面の笑みでニッコニコ。昨日プリンを作った俺、超偉い!
「甘いの食べた後は、しょっぱいのも欲しくなるよね。」
クラッカーも出してみた。
「そーまは気が利くね。そーまの彼女になる子は幸せだねえ~。」
ニコニコしながら食べる羽依。その言葉は、『自分は含まれていない』という解釈をしちゃうのは、ひねくれすぎかな。
「プリンで幸せになれるなら、毎日作っちゃうよ。」
あえて適当に流す。やっぱり気がないのかなと感じちゃうよね……。
***
「まだ時間あるならゲームでもやる? 新しいのはあまりないけど。」
中学2年よりも前のゲームしかない。でも楽しめるから十分だ。
「やるけど、私強いよ?」
またまた~。強がってるわりに、今度こそポンコツムーブしちゃうんでしょ? わかってるわかってる。
──K O !!
……うん。勝てないね。こりゃダメだ。
格闘ゲームは全敗。対戦落ちゲーも勝負にならない。レースゲームも大差をつけられる。俺、弱すぎ!?
「なんでそんなに強いの!?」
「ん~なんかね、勝ち筋が見えちゃうの。」
どうやら羽依さんは、能力者のようです。
「あ、勝てた。」
格闘ゲームでついに1勝。羽依さん、手心を加えてくれたのかな。
ちょっと屈辱だけど、羽依さんの優しさと解釈しておこう。
「…そーま。今のなに? ハメ技? ちょっともう一回勝負しなさいよ。」
「え……あ、はい。」
ゲームで負けるのが絶対許せない女子だった。口調まで変わって怖っ!
そこから羽依さんの圧勝が続いた。でも、たまに勝てるようにもなってきた。
そのたびに新しい扉をどんどん開く羽依さん。
ぽやぽや天然ちゃんかと思ってたけど、実は負けず嫌いだったのね。
でも負けるたびに「オマエコロスビーム」を出すのはやめたほうがいいな!
***
「楽しかった~!」
辺りが段々と暗くなってくる時間だ。
「そろそろ帰る?」
「うん。そーま、今日さ、うちにこない? お母さんが、この前のご飯のお礼がしたいって。」
「え、キッチン雪代でご飯ってこと?」
羽依さんはこくこくと頷く。一度行ってみたいと思っていたから、これは嬉しい!
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
「じゃあ行こう~!」
羽依さんは満面の笑みで俺の腕を引っ張った。
恋人の距離感でも、彼女の場合は「親愛の距離感」なんだろうな。
俺もやっと慣れてきたよ。