8話 先客
俺に新しいあだ名が出来たようです。
「先客~。」
「あいつが先客?」
「先客め…!」
だあああああ! ケッタイなあだ名つけやがって!
「よう先客。ご機嫌斜めだな!」
そう声をかけてきたのは前の席の 高峰 隼。今のところ、この学校では一番仲が良い。
「お前までそんな呼び方するな。」
「ははっ、悪い悪い。でも役得じゃね? 約束された彼氏みたいなものじゃないか」
「全くそんな気配ない。」
「どんまーい!」
背中をバンバン叩いて楽しそうにする高峰を、恨めしそうに見つめておこう。
入学して 10日ほど経過 した。
進学校の授業の難易度はベリーハード。ついていけるか正直微妙なところ。ただ、先生たちは突き放す感じではなく、丁寧な指導を心がけてるように感じる。
学校に悪い印象はないね。
雪代羽依は隣の席で ぼーっとしている。だいたいこんな感じがデフォ。
クラスで浮いてる感じでもなく、仲のいい友達も出来てる様子。ただ、一番仲が良いのはきっと俺なんだろうな。
羽依さんが申し訳無さそうに制服を引っ張ってくる。
「そーま。またラブレター来ちゃった。ごめんね。またアレ言ってもいいかな…」
「いいよ~。全然おっけい。」
アレというのは、羽依さんの告白タイム お断りの定番。
「羽依ちゃんかわいいよね! ちょっとお試しでいいからさ! 付き合って! ね! 嫌だったらすぐ別れていいからさ!」
とまあ、こんな感じで同級生やら上級生やらが 見境なく告白してくる。
そこで——
「ごめんなさい。先客がいるので。」
こう言えば、今のところ一応引き下がってくれているようだ。
もっとも、その 先客さんとは、付き合ってはいない。俺なんだから。
羽依さんへの 告白第一号 がどうやら俺ということが、共通認識になっている様子。
手の早いチャラい男め!って感じにも見られている。
まあ学院の人気者を目指しているわけでもないし、羽依さんが助かっているなら 全然良いでしょう。
当然、他の女子からはちょっと引かれている。それが少しだけ辛い。
「藤崎くん、ちょっとした話題になってるわね。」
同じ中学の元生徒会長の結城真桜が、ちょっと心配そうに声をかけてきた。
「女子の間でも話題になってたりするの?」
「うん。歩く淫獣とか、話すと妊娠する鮭男とか」
「なにそれひどい!」
「冗談よ。」
結城さんは、ぷーくすくす と笑っている。
ちくしょう。からかわれたけど 可愛いって思っちゃう。
「でも、そんな いきなり誰彼構わず告白するようには見えないよ?原因あるなら、よかったら話してくれる?」
休憩時間がまだあるので、自販機の方に移動する。
パックジュースを飲みながら二人でしゃがみこみ、事の顛末を結城さんに伝える。
「ぷーくすくす」
「笑われたっ!?」
「だって! ちゃんと誤解を解かない貴方にも責任あるんじゃない? 彼女、わりと思い込みが激しいのね。」
「うん~。告白と取られてしまって困ることも無かったからね。虫よけにもなって丁度いいみたいだし。てか、この学校の人達ってお盛んだよね。結城さんも 告白祭りとかされちゃってるんじゃない?」
「いいえ? 誰一人来てないわよ。来たとしても断るし。」
ちょっとだけブリザードが吹く。
「あーね……でも、だったらなんでだろうね?」
「言い方悪いけどね、彼女、ガード甘そうだからじゃないかな?」
ちょっとドキッとする。
そりゃ知り合った男の家にいきなり来ちゃうぐらいだし。ノーガード戦法もいいところだ。
「でもそれだったら、藤崎くんはまだフリーなのね?」
「確認するまでもないね。ピュアピュアだよ。」
「そっかー。何かあったら相談にのるわよ。」
「さすがは元生徒会長。結城さんのこと 会長って呼んで良い?」
「まだだめ。というか駄目。同じ中学なんだから、もっと仲良くしましょう。名前呼びでいいわよ。」
「まお」
「いきなり呼び捨ては駄目。」
なぜか耳まで 真っ赤になる真桜。
「まーさん。」
「却下」
「まおさん」
「妥当ね。蒼真」
「ちょ、なんで俺は呼び捨てなの!?」
「元生徒会長だから? 良いじゃないの別に。」
いや良いんだけどさ。
こんな綺麗な子に 呼び捨てにされるとゾクゾクしちゃう。
「なんだか顔がいやらしいわね。私を妊娠させるつもり? この鮭男」
「ちょっ酷すぎる! ていうか、まおさんがその噂広めようとしてるんじゃないの!?」
ぷーくすくすと笑いながら去っていく真桜さん。
なんだかんだ心配してくれたみたい。
良い子だな~。好感度ポイント1あげちゃう。